循環型農業「ク」を守り、森の民として生きるーディープヌーさん
- ナマケモノ事務局 
- 7月27日
- 読了時間: 11分
ーーコミュニティと生態系の再生に取り組む人びとに出会い、 その暮らしや文化を体験しよう。この旅を通じて、自分の中に眠っていた可能性を再発見し、世界を見る新しい視点を見出し、これからの生き方に活かしていこう。ナマケモノ俱楽部ーー
2025年2月中旬、4泊5日の「リジェネラティブ&ローカル・ツアー in 北部タイ~ 森の民が紡ぎ出す“懐かしい未来”を体験する旅」を実施しました(旅程はこちら)。北は青森から南は神戸と日本全国から職種も年齢(20代~70代)、そしてツアー参加の目的も人それぞれの19名が集いました。濃厚な旅から日本に戻って4カ月。参加者から募った編集チームの尽力により報告集が完成しました。インタビューを中心に「ナマケモノしんぶん」で旅の記録と感想をシェアしていきます。
>>episode1「伝統に学び、つくる工程を楽しむー北部タイ、自然染色家・アティさん」
>>episode2「お米の神様とお金の神様、どちらも私たちに惜しみなく分け与えてくれる」
>>episode3「小規模だからこそ信頼と顔の見える関係が続くースウェさんとコーヒーの森を歩く」
>>episode4「37の精霊でできた私たち人間ージョニさんの世界観と招魂の儀式」

ドイチャン・パペ村へ
チェンマイから高速道路を使って南に30キロ、ランプーン県バンホーンのP’aka Coffeeで休憩をとったあと、3台のピックアップトラックに乗り換え、未舗装の細い道を40分ほどのぼったところにドイチャン・パペ村はありました。乾燥した道から車がカーブするごとに土埃が舞いあがり、雨季が待たれます。
トラックを降りると、カレン民族の伝統的な高床式の住居が建ち並び、入口付近に立っていたカトリックに関する看板と教会が目に留まりました。カレン族の宗教は仏教が中心で、次いでアニミズム、カトリック、プロテスタントと続くそうですが、この村ではカトリックの影響が特に強く感じられました。ドイチャン・パぺ村の由来は、「象が伏せている山」。今回私たちは登る時間がとれませんでしたが、この山はカレン民族にとって神聖な山なのだそうです。
ディープヌーさん、村人たちとの宴
夕食をそれぞれのホストファミリー宅でいただいた後、メンバー全員と、男女ほぼ同数の村人たち10数名が集会所に集まりました。リーダーのディープヌーさんは、カレン族の伝統的な弦楽器テーナ(手作り)の演奏で素敵な歌を披露してくれました。その歌を日本語にすると次のようになります。
「あるとき、先祖はこう警告しました。
『いつか人間は自然や大地を壊し、争い、戦争を起こす。そして、やがてそのことを悔いるときが来るだろう』。
『生命の再生を望むならば、“母なるもの”を大切にしなさい。それは作物の種であり、人間そのものでもあります。そして、大地を大切にしなさい。』
解決策は、自分自身の内面をよく見つめること。答えは外ではなく、自分の内にあるのです。
そして、自分たちがすでに持っているものに満足しなさい。それは、個人、コミュニティ、国、そして世界レベルにおいても同じです」
ディープヌーさんのお話
ドイチャン・パペ村は、戦いを好まず、争いを避けて山奥へと移動したカレン族の先祖たちが定住してできた村です。220年の歴史がありますが、タイ政府や英国政府の資料では、160年前に定住と誤って記されています。現在、人口278人、78世帯が6つの集落に分かれて暮らしています。集落が分かれているのは水源が少ないことが理由です。ノンタオ村に比べて人口は少ないですが、ノンタオ村の約3倍の広さをもつ森に囲まれています。
村では稲作と循環型畑作を中心に、水牛やコーヒー、養蜂を換金作物として育てています。村人の多くは、水や木を買う必要はなく、扇風機やエアコンもいりません。タネを買う必要もありません。村人の中にはバンホーンの町に通勤している人もいます。現金が必要なのは、塩と砂糖、調理油、また、本や電子機器の購入などです。現金収入のみで暮らしている人はいません。
森に住む私たちパガニョ(彼らの自称。「人間」の意)にはタイ市民としての登録がないままです。私たちは、ドイチャン・パペ村を文化特別区(cultural preserved area)にしたい、カレン民族の自治によって、「ク」で森を守っていく保護区のモデルを作りたいと考えています。様々な数値データの資料は政府との交渉においてとても重要です。データがないと、話を聞いてもらうことすら叶いません。
私たちが循環型農業の「ク」で運用するのは、森全体の1割にすぎません。近年ではさらに利用が減って、2年前のデータでは0.5%しか焼き畑に使っていないのですが、タイ政府は、全体像を見ずに、焼いている瞬間だけを見て私たちを批判します。
チェンマイ大学との共同研究によると、かつては200種類以上の食用植物が1つの「ク」に植わっていた。今では50種類程度になってしまい、作物の多様性が減ってしまっています。



森の中で行われる循環型農業「ク」
翌朝、ホストファミリーが作ってくれたバナナの葉っぱに包んだお弁当を持って、循環型農業(=移動型焼畑農業、ローテーションファーミング)「ク」を行っている森に、ディープヌーさんが案内してくれました。畑の栽培をしている女性たちや子どもも一緒です。
循環型農業また移動型焼畑農業と言われる理由は、森のある区画を焼き畑にし、その畑を1年だけ栽培に使った後、7年から8年という長い休耕期間を設けることで、森林がしっかり回復するのを待つ農法を、区画を移動して(ローテーション)行うからです。1つの区画に火入れをするのは1時間以内と短く、1回ごとの区画の面積も限られているため、環境への影響は非常に限定的になります。
それにも関わらずタイ政府は、循環型農業と一般的な焼畑農業の違いを理解できずに、森林を伐採し焼いている瞬間だけを捉えて、私たちを非難し、圧力をかけ続けています。木を伐るときは、膝より下の高さでは切らないよう先祖から教わってきました。つまり、焼いているのは表面だけで、土中の木の根っこは生き続け、灰の下から植物は再生し、切り株から脇芽も育ち、再び森へと蘇ります。
カレン族の新年の始まりは2月です。「ク」をはじめる前に、その区画の1本の木を伐って家に持ち帰り、その晩の夢が良ければ作業を続け、悪い夢ならそこでの「ク」はやめます。
<カレンの暦>
2月はキヘ(火入れをするエリアの木を伐る月)
3月はキク(周辺の土地の日差しを遮るような大樹を伐る月)
4月はラサー(火入れをする月)すべての村が協力して1か月の間に畑の準備を終えます
5月はレニャ(花の名前が5月という意味で、種をまく月)
この後、植物の成長にあわせ2回ほど草刈りをします。9月頃からナス、キュウリ、トウガラシなどの収穫が始まり、11月に稲刈り、1月までにカボチャやタロイモを収穫します。木を伐る時、火を入れる時、雑草を刈る時、収穫をする時には、村人総出で協力します。



森の様子は一様ではなく、区画によって焼き畑を終えてからの休耕期間が異なるために、休耕期間が2年、3年、それ以上と木の高さが区画ごとに異なります。1年前に木を切ってから焼き畑にして収穫を終えた畑に到着して、収穫後の畑を見て回りました。
畑には陸稲のほか様々な種類の作物を栽培したとのことでしたが、陸稲を収穫して切ったあとが多く残っていました。この畑はこれから7年以上森が元に戻るまで休ませます。
その畑の栽培を担当した女性からも話を聞きました。収穫したお米は袋に詰めて、原付バイクで村まで運ぶそうです。村の女性たちは、実にたくましかったです。
「ク」は、単なる森の中で行う農業ではありません。それは「生きるための営み」であると同時に、「大地は借りものという意識」「万物を敬う儀礼」といったカレンの世界・宇宙観をもとにしたカレン民族の文化基盤でもあります。
【防火の取組み】
私たちが2月に訪れたこの地域は非常に乾燥しており、自然発火や、都市部に近い地域で伝統的な農法を行わないタイ人農家による野焼きが原因で、山火事が頻発していることが問題となっています。
ディープヌーさんたちは、村の有志とともに消防団を結成し、防火帯の整備や貯水タンクの設置、定期的なパトロール、監視カメラによる煙の探知などを通じて、森を火災から守る取り組みを行っています。以下は、ディープヌ―さんからの説明を辻さんの解説を加えてくれたものです。
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ディープヌーは今全精力を傾けて、この防火の仕事に取り組んでいます。というのは、繰り返しになりますが「あの森の民は実は森を壊し、山火事を起こしている元凶だ」とか、「空気汚染を引き起こす元凶だ」ということを社会はキャンペーンしているからです。
もちろんそれは偏見です。 先住民はずっと自分たちは森を守ってきた民だと訴えてきたわけです。そして今の世代になってそれを証明していくための1つの大事な仕事が、今、目の前にもある、この防火システムです。
例えば、この間は長さ30kmにおよぶ防火帯を自分たちで作りました。政府や役所でやったのではなく、彼ら自身で作ったのです。さらに森の中の50箇所に水を貯めたタンクを置いて、いざという時に備えています。この防火のためにかなりの時間を費やしているのです。ちょっと付け加えると、今もうこの下で火付けが始まっているんです。
これは伝統農法の「ク」とは全然別なもので、世界中から入植する人たちがいて、その人たちが農業を始めようとする時には、枯れ地になっている放棄地にまず火を入れるのです。すると灰ができて、そうすると何かが生じるような感じがするのです。しかし、実際にはそれは芽や根を焼き殺し、微生物を殺し、保水力のない砂漠にしているわけです。
だからその次の年からはどんどん窒素、肥料とかを入れてかなきゃいけなくなって、悪循環になります。無知のためにそういうことをする入植者が、今いっぱい下にいる。これがチェンマイの公害の一因になって大きな社会問題になっているのですが、人々の頭の中では入植者のしていることと先住民のしていることがごっちゃになっています。 そして先住民族の評価を下げることにつながってしまうのです。
そのようなことに対してディープヌーをリーダーとする若者のグループがずっと森の中を異常がないかどうか、すべてボランティアで見回っています。政府は彼らのこの防火作業に対して、1人につき1日50バーツで、3日までしか支払われないのです。これでは全くのボランティアです。
延焼を防ぐために竹の箒を使って枯葉を掃き集める作業があるのですが、 政府がくれたのが何かってこれ(プラスチック製の箒)なんだけど、持ってみてください。ものすごく重くて、こんなのを1日持って火消すとかとんでもない。
森の中でもし火災が起きでもしたら、それを消すための水が必要です。森の中に水源があるわけではないので、今見てもらっているような水を貯蔵したタンクを積んだ施設を森の中に50箇所作りました。作ればそれで終わりというわけではなく、メンテナンスがあるわけですね。このような防火用の施設を設置する試みは、東南アジアでは初めての試みだそうです。
今後はIoTの技術を使って、水道のコックの開閉を遠隔で行ったり、監視カメラを設置して森の中のあちこちの様子を常に監視できる体制を作ろうとしています。
僕らが最後のビジターで、これ(2月末)以降はもうそれどころじゃない。お客さんを迎える暇がないくらい、大変忙しい日々を過ごしているわけです。


ドイチャン・パペ村での振り返り
参加者からの感想から
・三休さん:フォレストパワーをインストールしました。
・航大さん:自然のように利他的でありたい。
・なおさん:ウェブマガジンの読者に伝えたい。
・玲子さん:宇宙との繋がり、大地との繋がり、神様との繋がりを感じました。
・みちこさん:辻さんの本で、豊かさっていうのが沢山出てきたんですけれども、実際ここに来て、体験させていただいたり、見たりして、それを再確認することができました。
・夏未さん:空気がおいしかったです。
・ユッキーさん:朝から晩まで気持ちいい時間がすごく長くて、それを日本に持ち帰りたいなあと思いました。
・香代子さん:村のみなさんや土地すべてに、やさしさ、聖なるもの、叡智を感じました。
村人たちからのコメントから
・「空気がおいしい」って言ってくださった方がいました。私たちはこの幸せを忘れがちです。思い出させてくれてありがとうございます。
・来てくださってありがとうございました。夜にいただいた日本からの酒はおどろくべき味だった!
・言葉の壁があってなかなかうまく話せませんでしたが、こんな風に一緒に学ぶことができて幸せでした。
・みなさんにここに残ってほしいなあ。来て下さってありがとうございます。
・この森の静けさ、やさしさ、美しさ…。それは神、または、未知なるものからきたものです。出会いに感謝したい。特に若いお二人のコメントに感銘を受けました。
・こうやって皆さんが訪ねてくれることが、自分たちのなかで蓄積され、大きな力になります。海外からきてくれる人たちの意図と私たちの意図が合流する。それがいつか国全体、社会全体の意図となっていけばいいなと思います。
・今日、森を一緒に歩きながら、互いをケアしあい、またコミュニティの人たちとこの二日間、やさしくお付き合いしました。同じように、私たちは親切な気持ちで大地をいたわり、自然界ともやさしくお付き合いしていかなくてはなりません。(ディープヌーさん)
・素晴らしいハイキング、ピクニックをさせてもらいました。何百年もの間と行われてきたカレン族のライフスタイルの一端を、ランドスケープの中を歩いてきた訳です。カレンの里山。ほんとに、博物館の中ではなくて、こうやってまだ生きている文化の中を歩かせてもらったという、本当に貴重な経験だったと思います。(辻さん)










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