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お米の神様とお金の神様、どちらも私たちに惜しみなく分け与えてくれるー北部タイ、レイジーマンコーヒー・スウェさん

ーーコミュニティと生態系の再生に取り組む人びとに出会い、 その暮らしや文化を体験しよう。この旅を通じて、自分の中に眠っていた可能性を再発見し、世界を見る新しい視点を見出し、これからの生き方に活かしていこう。ナマケモノ俱楽部ーー


2025年2月中旬、4泊5日の「リジェネラティブ&ローカル・ツアー in 北部タイ~ 森の民が紡ぎ出す“懐かしい未来”を体験する旅」を実施しました(旅程はこちら)。北は青森から南は神戸と日本全国から職種も年齢(20代~70代)、そしてツアー参加の目的も人それぞれの19名が集いました。濃厚な旅から日本に戻って4カ月。参加者から募った編集チームの尽力により報告集が完成しました。インタビューを中心に「ナマケモノしんぶん」で旅の記録と感想をシェアしていきます。

Lazyman Coffee

レイジーマンコーヒー

アティさんの染織工房を後にして(記事はこちら)、再び車に乗ってノンタオ村へ。もっと山の中にあると思っていたら、わりと開けたところに集落が点在していました。降りた家は、レイジーマンことジョニさんの家。まずは、息子さんのスウェさんにウェルカムコーヒーをいただきました。とてもフルーティーで酸味がいい感じでした。


高床式のオープンな居間から見えるジョニさん家の庭は、うっそうと木が生えている中に、コーヒーの木もあって赤く実っていました。目が慣れて来るとバナナやマンゴーの木などいろいろあるのがわかります。

スウェさんのお話


私たちカレン族は、米の民。米は神様です。お米やお金、食べ物などの神様の民話があります。私たちの農業はお金のための農業ではないのです。


父は、若いころ篤農家として活躍していましたが、自然が大事とそれまでの農業のやり方を捨てました。父はいつもレイジーマンの話をしてくれました。小さい頃は父のやっていることが理解できませんでしたが、今はわかるようになりました。


高校を卒業して25年。日本のアジア学院にも27歳の時に行きました。私の農業は、フォレストガーデン(森林農法)です。今はこの森の中で80種類の作物を作っています。コーヒー栽培は、あくまでも現金収入のためにやっています。


レイジーマンコーヒーは、ドイ・インタノン山(タイの最高峰2,565m)の中腹1,000mにある、このノンタオ村で栽培されています。かつて、この辺りは麻薬の原料であるケシ畑でした。今は遺伝子組み換えトウモロコシの脅威にさらされています。近隣の村ではすでに一面、遺伝子組み換えのトウモロコシ畑になっています。


それらに対抗して、かつて「緑の革命」(タイ政府主導による近代農業政策)によってこの村に持ち込まれ、その後、放置されていたコーヒーの木に注目したのです。コーヒーの木は森のあちこちに植えられて野生化していました。このコーヒーの実を収穫し、コーヒー豆にして売れば、町に働きに行った人が村で働けると思ったのです。それを2011年から始めました。小さなグループの小規模栽培だからこそ、お互いに信頼できる仕事が続きます。だから大規模化した単一のコーヒー畑にする気はありません。


米の神様、食べ物の神様があちこちにいて、私たちが一生困らないよう、惜しみなく食べ物だけでなくあらゆるものを分け与えてくれています。いろいろなものを育て、収穫する。米などのこぼれ種が土に落ち、そこからまた新しいいのちが育つ。限りなくもっと、もっとと欲するのではなく、必要な分だけ食べて満足することが大事です。


一方で、お金の神様も必要な分をちゃんと限りなく与えてくれます。大事なのはそのバランスです。お金の神様に翻弄されないこと。村人には、持続可能な自分の暮らしをする量だけ作って欲しいのです。お金になるからと、コーヒーだけを育てないで欲しいのです。多様性こそが私たちを豊かにしてくれるのだから。今、私は、収穫されたコーヒーの量に合わせてみんなにお金を払う時期なので、お金のやりくりがちょっと大変ですが…(笑)

スウェさん(左)の話を聞く参加者。父・ジョニさん(右)も一緒に
スウェさん(左)の話を聞く参加者。父・ジョニさん(右)も一緒に
ジョニさん宅の母屋から続く”森の庭”
ジョニさん宅の母屋から続く”森の庭”

 そんなことを言ってスウェさんの話は終わると、お酒などが出てきました。お酒はこの村では女の人たちが作るもので、米からの焼酎です。みんなにふるまわれ、ほかに梅酒も出てきました。何でも酒好きのジョニさんは、飲みすぎるので奥さんにお酒を止められているとか。でも、お客さんが来たときは飲んでいいらしく、ジョニさんもニコニコしていました。

 レイジーマンことジョニさんの挨拶


パガニョ(カレン族はタイ語の名前。ジョニさんたちはパガニョと名乗る)は、土から生まれ、土に還る。その間をどう生きるかだけです。1日2時間働けば大丈夫。どうせいつかはみんな死ぬのですから。


大昔からいろいろな危機がありました。物事には常に明るさと暗さがあります。同じものにも両面があり、対立・葛藤が続く中、調和が生まれます。ですから、人生を平和に生きられることを祈ります。そして、若い人たちにはもっと自分に自信を持って欲しい。


辻信一さんの解説


カレン族は、自らをパガニョと言います。タイ族に追われて戦わずこのタイ北部の山の方へと逃げ、パガニョの村があちこち点在しています。


ノンタオ村はかなり同化した村で、早くから国の教育を受け、少数民族ゆえの劣等感が植え付けられました。宗教は、クリスチャン、仏教徒、アミニズムと様々です。


ジョニさんたちの両親は、象使いでした。最初は、レイジーマンとしてのジョニさんの考え方は、村人に受け入れられませんでした。ジョニさんたちが国に抗議しにいくことで村には年寄りと女、子どもだけになっていきました。今は、スウェさんやオシさんなどの若いリーダーたちが育ってきています。

「混沌とした時代を生きる若者にメッセージを」と問われて応えるジョニさん
「混沌とした時代を生きる若者にメッセージを」と問われて応えるジョニさん

ジョニさんのお宅でお酒やおいしいコーヒーを飲みながらくつろがせてもらった後、各自のホームステイ先の村人たちが迎えに来てくれました。2~3人のグループになり各家に分かれました。


ホームステイ先は、普通の家からゲストハウス用の家など様々で、トイレも風呂もお湯はなく、水が出るだけのシャワーの家から温水の出る家もありました。台所もガスで煮炊きするところから薪でするところもあり本当にいろいろでした。


食事は、各ホームステイ先で用意してくれました。各家で、それぞれ心を込めて作られた料理はどれもおいしかったです。夕食を食べ終わった後は、ホストファミリーの家で過ごしました。『タイ語 旅の指さし会話帳』で、家の人とタイ語とカレン語、日本語との言葉のやり取りを楽しんだり、お酒を飲みながら語り合ったり、火を焚いてそこで語り合ったりで、外は、満天の星。本当に星がきれいでした。

まだ、1日目なのにもう何日もいるぐらい満足しました。明日からもまた楽しみです。(れいこ)

ノンタオ村の里山
ノンタオ村の里山
ホームステイ先でのごはん
ホームステイ先でのごはん
2,3人ずつに分かれてホームステイさせていただきました
2,3人ずつに分かれてホームステイさせていただきました

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