「懐かしい未来への旅」を終えて 中村隆市~2026.02北部タイツアー
ナマケモノ俱楽部では、「リジェネラティブ&ローカル・ツアーin 北部タイ」で、2026年2月18日~23日に、カレン民族のコミュニティを訪れました。自給的な暮らしを営む人びとの日常を体験させていただきながら、アグロフォレストリーについて、循環型伝統農業について、先住民族の若い世代がとりくむローカルビジネスについて、五感で学ぶフィールドワークの旅です。
頭だけでなく、身体、心を「今、ここ」に置き、現地の自然や人びとと共に時間を過ごしながら得た、かけがえのない学び遊びの時間を、ツアーに参加したメンバーたちが分担して報告レポートにまとめました。連載形式で紹介していきます。
>>11月4日から10日に、収穫時期の北部タイを訪れるリジェネラティブ&ローカル・ツアーを再興します。まだ数名の参加者を受入可能です!ぜひこの機会に一緒にでかけませんか?詳しくはこちら。
「懐かしい未来への旅」を終えて
中村隆市

農薬や化学肥料を使わず、自然と共生する農業が地球全体に広がったらいいな――。そんな思いから、40年ほど前に有機コーヒーのフェアトレード事業を始め、この30年くらいは、アグロフォレストリーの重要性を伝えながら、ウインドファームという会社を経営してきました。
私が今回のツアーに参加した理由はいくつもありました。久しぶりに辻信一さんと一緒に旅をしたいと思ったこと。5000万本の木をまもり、森を守った「伝説のレイジーマン」ジョニさんや、2018年から輸入している「レイジーマン・コーヒー」の生産者であり、環境=文化運動のリーダーでもあるスウェさんに再会すること。そして、森林農業の広がりや収穫後の精製工程、特にナチュラルやハニープロセスを視察すること。
さらに、近年タイで急速に広まっている「スペシャルティコーヒー」を提供するカフェを訪ね、焙煎、特にライトローストや抽出が、どのような方向を目指しているのかを確かめたいという思いもありました。
しかし今回の旅で、最も私の心に深く残ったことは、コーヒー生産者のリーダーでもカフェの経営者でもない、カレンの若者ディプヌが歌ってくれた「母たちが泣いている」という歌でした。その歌には、長老たちから若者たちへと受け継がれてきた言葉が込められていました。「母たちが泣いている」。
ここでいう「母」とは、私たち人間の母である大地であり、森であり、水であり、生命を育んできた生態系そのものです。水が汚され、大地が傷つけられ、生態系が苦しんでいる。だから人間もまた苦しんでいる。
では、私たちはどうしたらいいのか。「私たちは、戻らなくてはいけない。家族のもとへ、コミュニティのもとへ、自然界とのつながりへと」
そして彼が語った「ポー・チャイ」という言葉が、今も私の心に残っています。「ポー」は「十分」、「チャイ」は「心」。つまり、「十分な心を持つ自分」へと戻らなければいけない。
「十分な心を持つ自分」とは、何か。長老は、カレン民族に伝わる世界観について話してくれました。神「ゾワ」は三つの世界をつくり、その一つが私たちの暮らす「ホー・コー」だといいます。赤ん坊が泣きながら生まれてくる「泣く場所」という意味を持つと同時に、「大地」という意味もあるそうです。
そして、その大地の土から人間はつくられた。だから、大地は私たちの親であり、その親である大地を大切にし、世話をすることが人間の役目なのだ、と長老は語りました。

この話を聞いたとき、私は、カレンの人びとにとって自然を守ることは、単なる「環境保護」とは少し違うのではないかと思いました。森を守ることは、自分たちの暮らしを守ること。水を守ることは、子どもたちの未来を守ること。大地を守ることは、自分たちの親を大切にすること。人間と自然が、そもそも切り離されていないのです。「環境」とは、自分たちの外にあるものではない、ということです。
今回の旅で初めて出会ったカレンやアカの若者たちの、大地や森やコミュニティに対する思いの深さにも心を揺さぶられました。同時に、森林破壊や気候変動によって地球環境が年々悪化していくなかで、「自分たちが守らなければならない」という若い世代の思いが、さらに強くなっているようにも感じました。
しかし、この問題は彼らだけの問題ではありません。むしろ、彼らの言葉は、現代社会を生きる私たち自身への問いかけのようにも感じました。
「現代人」は長い間、「もっと豊かに」「もっと便利に」「もっと速く」と走り続けてきました。まるで、「もっとつくり、もっと消費し、もっとお金を稼ぐことが幸せにつながる」という宗教が、世界を覆いつくしているかのようです。
しかし、その「もっと」を追い求め続けた先で、森が失われ、大地が傷つき、川や海が汚れ、多くの生きものたちが姿を消しつつあります。そして人間自身もまた、「足が地につかない」ような不安感や生きづらさを抱える人が増えているように思います。
だからこそ、ディプヌが語った「ポー・チャイ」という言葉が、私にはとても大切な言葉に思えるのです。もっと持つことではなく、十分であることを知ること。もっと遠くへ行くことではなく、自分たちの足元へ戻ること。わたしたちの親である大地に戻り、自然界とつながり直すこと。そして、「十分な心を持つ自分」へと戻ること。
旅では、どこへ行き、誰と会い、何を見るかも大切ですが、今回の旅で改めて感じたのは、「誰と共に旅をするか」ということでした。5歳から70代まで、年齢も個性もさまざまな、心優しい皆さんと一緒だったからこそ、この旅はこんなにも楽しく、心に残る旅になったのだと思います。共に旅をしてくださった皆さん、本当にありがとうございました。
「十分な心を持つ自分へ戻る」というディプヌの言葉を聞きながら、私は20年以上も前に、ナナオ サカキがわが家で詠んでくれた一篇の詩を思い出していました。
足 に 土
手 に 斧
目 に 花
耳 に 鳥
鼻 に 茸
口にほほえみ
胸 に 歌
肌 に 汗
心 に 風
これで十分
――「これで十分」(ナナオ サカキ)






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