ローカルに暮らし、ホリスティックな視点を養う~ヘレナ・ノーバーグ=ホッジさんインタビューから
- ナマケモノ事務局

- 20 時間前
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9月1日~9日まで、ナマケモノ倶楽部とジュレー・ラダック共催で、「"懐かしい未来"の故郷で、豊かな自然と文化の未来をみつける旅」を開催しました(ツアー詳細はこちら)。
数回に分けて、旅の日記と、貴重なインタビューなどをこの「ナマケモノしんぶん」でシェアしていきます。私たちが実際に目でみて、村に身を置き、人々の話から感じた学び・気づきをみなさんが受け取り、これからのローカリゼーション運動の知のツールとして活用いただければ幸いです。(事務局)

2025年9月8日午後、レー市内「Slow Garden」にて
お話:ヘレナ・ノーバーグ=ホッジさん(国際NGO「Local Futures」代表
通訳:辻 信一 文字おこし・編集: 髙石知江 再編集:会津順子
”遅れている”と言われてきた国々に目を向ける
私にとって、ラダックで「プラネット・ローカル・サミット」を開催することは一つの夢でもありました。今回のサミットを振り返ると、私はずっと対話の必要性を感じてきました。かつて”先進国”と言われてきた国々と、”遅れている”と言われてきた国々との対話。そして、西洋と、韓国や日本など東洋との対話で、今回これらを実現できました。
西洋の人たちは、コミュニティ文化を喪失し、自然とかけ離れてしまっていることをなかなか理解できていません。私は、日本は先進国でありながら、西洋が失ったものをまだ持っている国ではないかと思います。
しかし、残念ながら日本も、西洋で最も進んでいると言われるスウェーデンなどの北欧の国々も、未だにアメリカン・ドリームを追い求めています。今もアメリカン・ドリームを追い求める世界の人々に、ぜひアメリカの現実を見てほしいと思います。凄まじい貧困が存在し、うつ病など多くの人が精神的に病んでいます。これに気づき、これ以上アメリカン・ドリームを追い求めないでほしいと願います。
世界各地での小さな活動をつなげていく
今回、インド・ラダックで行った「プラネット・ローカル・サミット」には、25カ国の人々が参加し、他の国々から来た人たちと出会い、学び合いができ、成功裏に終わったと思います。これだけ多くの人がここに集まり、活動が世界に広がっているのだから、企画者である私たちローカル・フューチャーズの組織をもっと大きくした方がいいという意見もあるでしょう。しかし、私は組織自体は小規模でもいいと考えています。少人数で効率よく働きながら、本を出版したり、映画を制作したり、オンライン会議を企画したり、今回のサミットのように直接集まり出会う機会を作りたい。世界各地で、それぞれが行う活動や活動者をつなげることが、ローカル・フューチャーズの役割だと考えています。
世界中の人たちがグローバリゼーションの本質がどういうものかしっかり理解すること。すると、自分たちそれぞれの文化、言語、自然の価値を守ることの重要性がわかります。世界の人々が関係性をもてれば、無理に組織を作りだす必要もなく、ローカリゼーションは自然に動きだしていきます。

ラダックが証明する、オルタナティブな道とは
1970年代のラダックは、厳しい自然条件の中で、とても例外的な場所でした。キリスト教が入っていなかったこともあり、グローバル化が及んでいなかったことと、植民地としての経験がなかったことがその要因です。ヒマラヤに囲まれた高地の厳しい寒さの中で、そこに住むラダックの人たちは、自らその生活の場を作りだし、精神的にも身体的にもハイレベルな健康を実現し、内発的な発展を遂げ、まれにみる素晴らしい社会を作りました。
近代化の中で、広告やプロバガンダ(特定の思想を広める情報操作)が横行し、私たちは、ある意味洗脳されてきました。近代的な経済・科学が発展する前の社会は、寿命は40歳ぐらいで、多くの子どもは生まれる前に死んでしまう悲惨な社会で、近代化のおかげで人間的な暮らしができるようになったと教えられてきたのです。
しかしながら、ここラダックの暮らしがそれは違うことを証明しています。私がラダックに入って以降、石炭や石油が急速に流入してきました。そこで考えたのは、本当の便利さや生活の快適さを求めるなら、もっと違う方法があるのではないかということです。
皆さんが今回訪問したラダックのオルタナティブ・スクール「SECMOL」では、電力や暖房の全てを太陽エネルギーで賄っています。近代化とは違う方法が可能であること、中央から送られてくるエネルギーに依存するのではなく、地方分散・地域自立型のエネルギー技術があることを証明しています。
私たち先進国は、近代化の結果として大気汚染、特に農薬などの化学物質による汚染が進み、環境運動が生まれました。1970年代までは地域分散が大事だという感覚がありましたが、大企業による動きが、環境問題を中央集権的な解決へと流れを変えてしまいました。すでに1960年代、レイチェル・カーソンは、著書『沈黙の春』で科学の進歩の危険性を指摘していました。しかし、全体が見えなくなってしまったのです。その後、大企業に富がどんどん集中し、環境運動そのものの形がおかしくなっていきました。
キーワードはホリスティックとローカル
「ホリスティック」ともう一つ、「ローカル」が大事なキーワードです。ホリスティックとは、社会全体の仕組み、つまり全体像を把握すること。一方、私たちは小さなローカルな場所で生きています。全体とローカル、その構造のバランスを理解することが鍵です。ローカルとは、視野を狭くし、小さな場所に潜り込むことではありません。社会全体とローカルがつながっていることを理解してほしいのです。
例えば、イギリスのある環境団体が鳥の保護をしています。鳥好きの人たちが集まって議論します。すると、鳥がどんどん死んで絶滅していくのは、農薬のせいだと原因が見えてきます。農薬は国の政策によるものなのですが、最初はなかなか政策に対して反対しようとはしません。しかしこれが、全体像を把握していく過程としての第一歩なのです。
次のステップとしては、そうした政策が出てくる背後に大企業の思惑があるのを知ることです。グローバルな大企業は、政府よりも力を持つようになりました。そして政府の政策を決めている。それをグローバリゼーションと言います。そのグローバリゼーションという仕組みを理解するところまで、鳥好きの環境保護団体の人たちを連れて行かなくてはなりません。これは大事なことです。
次の大きな一歩は、大企業が政府を牛耳っているとしたら、私たち市民はローカルな経済を応援することが大事だと気がつきます。特に地元のオーガニックなものを買い、農家には多品目栽培のものを作ってもらうこと。そうすれば農薬もいりません。これがローカリゼーション運動推進への3つのステップです。
こうした動きが始まると、相乗効果が起き始めます。農薬を使わなくなるとオーガニックな野菜ができて、それを買った人たちが健康になり、ファーマーズマーケットができて地域が潤ってきます。そして、そうした人たちの顔の見えるつながりが生まれ、今まで寂しく生きてきた人たちのつながりと共にコミュニティが再生し、いいことだらけになります。

体制批判やテクノロジー依存に陥らず、できることとは
しかし、現行の経済システムは強固です。2つの大きな壁の1つは、政府は大企業をどんどん優遇し、大企業の言いなりになっているということ。2つ目はテクノロジー。これによってますますスマートフォンなしでは生きていけない社会となってきました。私たちはテクノロジーに依存させられてしまったのです。地域分散と真逆の方向です。片手で数えられる数の大企業によって、私たちの生活が支配されています。
ではどうしたらいいのでしょうか? まずは、そういったものを使っている自分を責めないこと。好きで使っているわけではないのです。仮想通貨などもデジタルの世界ですが、それに引き込まれれば引き込まれるほど支配されていきます。しかし、逆に私たちが携帯などを活用しデジタルを駆使してどんどんローカリゼーションのメッセージを広めていくこともできるのです。
例えば、携帯を持っているだけで自分を責め、葛藤するのではなく、つながりをつくる方向に使っていくのです。大企業は着々と世界を支配し、テクノロジーに依存させようとしています。この流れは今後2、3年でもっと加速するでしょう。こうした厳しい時代だからこそ、全体の構造を理解することが大事です。そして、意識してほしいのは、批判することも大切ですが、常に体制を批判しているだけでは何も変わらないということです。
ローカルなレベルでは素晴らしいことがたくさん起きています。ローカル経済に個人としてシフトすることで、自分も子どもたちも健康になり、大地がよみがえり、そこから生まれるものが、ますますいいエネルギーになっていきます。そのことを応援する方向に意識を向け、時間を使っていきましょう。
日本にはローカリゼーションのポテンシャルがある
日本の皆さんに目を向けると、理由はわかりませんが、ホリスティックな見方を持っている人が多く、コミュニティマインドが西洋より残っていると感じます。しかし、支配権力はそれを逆手にとって利用します。国益主義とでも言いましょうか。例えば、災害時には、どれだけ奉仕したかをマスコミなどがあおり、健全なコミュニティ意識を勝手に作り上げてしまいます。
全体像を振り返ると、戦後、日本はアメリカによってハイテク工場にされてしまいました。そして、世界のどの社会よりも勤勉で働きすぎの国民になりました。ローカリゼーションに目を向ければ、そんなに働かなくても、もっとずっと幸せになることができます。これは今からでも転換が可能です。
ローカルにシフトすることを調べたり研究する大学はなく、私たちがやるしかありません。調べて実践して、自分たちのメディアで発信して広めていくこと。私たち自身がどんどん健康に、幸せになっていくこと。それこそが私たちの報酬です。ローカリゼーション運動にはいろいろなプロジェクトがあります。ぜひこれだと思うものに参加してください。(国際NGOローカル・フューチャーズ(英語))
毎年6月に、ローカル・フューチャーズでは、「世界ローカゼーションデー」をオンラインで開催しています。是非皆さん参加してください。(日本での「ローカリゼーションデイ」はこちら)
参加者からの質問
Q:最初にラダックに来たきっかけはなんですか?
A : 私は国際的な家族に生まれ育ち、いろいろな国に住みいろいろな言葉を覚えてきました。言葉だけでなく、アートなど違う文化にも興味を持ちました。パリに住んでいた時、ある人が、「未知の世界の映画を作るので、言葉の得意なあなたも来て一緒に手伝ってくれないか」と言われたのがきっかけです。
Q:ヘレナさんはラダックの人から何を学びましたか?
A : ラダックで私自身の何が変わったかと聞かれれば、すべてが変わりました。私たちが作った映画「懐かしい未来」の中でリンポチェ(チベットの高僧)が、「近代西洋では、競争原理がいろいろな問題を作り出してきた」と言っています。それは伝統的な日本社会でも言えることでしょう。
Q:キリスト教とグローバル化はどう関係しますか?
A : かつてキリスト教は、世界中で先住民の文化を壊してきました。それはヨーロッパも同じで、たとえば自然に根付いた文化を敵視し、”魔女狩り”と称してそれを担う女性たちを火あぶりにしました。キリスト教は、自然と人間の分かちがたいつながりを断ち切って、従わせようとしました。そうやって、世界中に植民地主義が広がっていきました。
宣教師が布教活動として各地に入り込み、「キリスト教のみが優れていて、他の宗教は野蛮で遅れている、非科学的だ」と、そこに住む人たちを貶めていきました。キリスト教は、世界中で自己に対する不信や劣等感を植え付けた大きな要因です。
ラダックにも、100年前ぐらいに来た宣教師たちがやってきました。記録には「ラダックでは、みんな親切で幸せに生きていて、女性の地位も高い」と記されています。ラダックにはチベット仏教があったからです。その後、「経済・進歩・開発」というグローバリゼーションの波が、かつての宣教師たちににとって変わりました。しかし、コミュニティに知的なパワーがあれば、外からの構造的暴力に対抗できると思います。
Q:ラダックでみんな目がキラキラしているのはなぜでしょうか?
A : それは、日本人にも感じます。ラダック人たちの笑顔は特徴的ですね。ラダックにおけるチベット仏教の教えは、「マインド・ハート」です。心と魂を大切にすること。意識と魂でホリスティックな世界を理解し、深い慈悲の心を育み、そのコミュニティの中で生きてきました。
1980年代と今を比べると、政治の力、政治家と市民の距離感、心と身体の健康、すべての点で現代の私たちは落ち込んでいます。進歩だと思っていたことが錯覚だったことが明らかです。メディアが”進歩によって市民生活が良くなった”と謳っているだけですが、人々はその真実に気づけていません。
しかし、逆を言えば、そのことを理解さえすればいいのです。たった、ここ40年の変容なのですから、この悲惨的な状況は今からでも変えられるはずです。
■ヘレナ・ノーバーグ=ホッジ
1946年、スウェーデン生まれ。国際NGOローカル・フューチャーズ創立者兼代表。言語学者。1975年、ラダック地方が観光客に向けて扉を開けた直後に現地に入り、初めてのラダック語―英語の辞書を作成。農村部での滞在を通じて、ラダックに息づく伝統智とともに、グローバル経済の構造的暴力を深く読み解いた『懐かしい未来』を1991年に出版。以来、抜本的社会変革のビジョンとして「ローカリゼーション」を提唱し、その運動を国際的にリードしてきた。 1986年「ライト・ライブリフッド賞」受賞。『懐かしい未来』は世界40ヶ国で翻訳されている。









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