TOKI COFFEE 訪問~2026.02北部タイツアーレポート・5日目part2
- ナマケモノ事務局

- 3 時間前
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ナマケモノ俱楽部では、「リジェネラティブ&ローカル・ツアーin 北部タイ」で、2026年2月18日~23日に、カレン民族のコミュニティを訪れました。自給的な暮らしを営む人びとの日常を体験させていただきながら、アグロフォレストリーについて、循環型伝統農業について、先住民族の若い世代がとりくむローカルビジネスについて、五感で学ぶフィールドワークの旅です。
頭だけでなく、身体、心を「今、ここ」に置き、現地の自然や人びとと共に時間を過ごしながら得た、かけがえのない学び遊びの時間を、ツアーに参加したメンバーたちが分担して報告レポートにまとめました。ハイライトを連載形式で紹介していきます。
Day5・その2:TOKI COFFEE 訪問
伊藤直美
5日目の午後は、チェンマイ市内にあるTOKI COFFEEを訪問。代表のトキさんは、コーヒー生産者でありながらコーヒーのお店を出すという、コーヒーストーリーの中で新しい存在、コーヒーを中軸にして村をもう一回再生させていくという、大きなプロジェクトをされている方です。
TOKI農園から車で6時間、トキさんが私たちに会いに来てくださいました。


左)お店の真ん中にそびえ立つ木
右)”コーヒー豆と鳥” ロゴも素敵
トキさんの両腕のタトゥも美しい
お店の奥のお部屋へ。オシさんの「今ハッピーな人は手をあげてください。幸せに溢れている人は手を揺らしてください。」の言葉に合わせてみんなでゆらゆらと。
TOKI農園があるメロキ村について、そしてその中でコーヒーはどういう位置を占めているのか、いよいよトキさんのお話が始まります。

<メロキ村 情報>
・90%が仏教徒、10%がクリスチャン
・200世帯 人口約1000人
・経済でいうと農業「ク」が残っているのが特徴、プラス現金収入、モノクロップでいろいろなものを栽培する、近代的な農業。お米はほぼ自給用。
・面積として80%が「ク」20%が「米」
・10年前に問題のトウモロコシが入ってきた。いまや20%がトウモロコシに従事。
・コーヒーは60年前ぐらいに始まる。

オピウム・ケシ 麻薬
イギリスが中国に仕掛けた戦争からケシの栽培がずっと続いて、それが特に戦後、インドシナが不安定になって戦争状態になった時にケシがものすごく広がり、タイはそれに覆われていたんです。この辺一帯の奥地、ノンタオ村も。この世代の人たちは多くの農民がケシを栽培しているだけでなく、ケシを使って麻薬中毒になっている、そういう時代です。
木を一本も残さず、完全に裸にしてケシ畑にします。タイ政府としてもそれをなんとかしなくちゃいけない、カレン族にとっても森を回復していかなくてはいけないという双方の意図がありそこで対立し、政府は政府で植林しなきゃいけないとプランテーションにする。そうじゃないということをカレン族は考え、その時にコーヒーがあらわれたわけです。


左)右の方が97歳 左の方が80代
中央)酒づくり。コーヒーを飲んでる? 実は焼酎かも・・
右)タバコをバンブーで吸っているところ


いろんな種類の栗やどんぐりの皮を使用した自然染色
若い子たちが、年寄りからいろいろ伝統を教えてもらっている
コーヒー農園
いろいろな条件で8箇所でやっています。コーヒーの木がどのくらいあるか自分でもわからないですが、1万はあるだろうと。その8箇所はいろいろなタイプがあって、さっきの曽おじいちゃんの時代からのもの、ロイヤルプロジェクトで最初にコーヒーが入ってきた古い木もあれば、非常に若い木、数年前に植えたもの、もっと一番新しいのは「ク」がダメになって「コモン」が一回入り、荒れてるけどそこに今コーヒーをどんどん植えている。コーヒーと一緒に紅茶の木とかいろいろなものを植えて、丸裸のところに森を復活させようと今やっています。

オピウムをなんとかしようと国王は足繁く北部の山岳地帯を訪れました。自ら指導するために。この辺から誤解が生じたんじゃないか、国王を含めて外から来た多くの人たちの思いというのは、オピウムの畑で裸にされたところと、「ク」ローテーションファームで木を切って裸になった場所が区別できなかったんじゃないか。だから先住民というのは破壊的な民族だという先入観がそこで生まれたんじゃないのかっていう可能性があります。

現在のコーヒー農園 森の中にコーヒーがある
この辺りも全部昔はオピウムで丸裸の場所
最大で60年のかなり大きな木があり 今は良い森に


土が劣化したコーン畑を、どうやって森に再生していくのか、これが今の一番の仕事です。かつてのオピウムと、今のコーンはほとんど同じことで、大地を完全に破壊する、森を破壊する、土を破壊する。時代を超えた二つの原因です。

辻さん解説
ドイチャン・パペ村のまだまだ森がうっそうとしている、そういう感じではなくて、パッと谷から見るとコーンがぐーと入ってきてたり、ジャガイモ畑が広がっていたり。そうかと思うとすぐその横で「ク」をやってたり、歴史的にもかなり違う経緯なんですよね。かと思うと、ノンタオみたいに、チェンマイに近くて観光客がいっぱい来る、そういうのともまた違う。圧倒的に伝統を持っている少数民族の村なんですが、そこにいろんな形のものが同時に進行している、そんな感じですよね。
ディプヌがやろうとしてることと、トキがやろうとしていることは、ぼくには随分違うことのように思う。根っこは同じなんだけど、仕事としてはかなり違う。ドイチャン・パペ村は、今あるものをなんとか守っていく、そのためにコーヒーをうまく使っていくという感じで、ここはもっと破壊が進行して、トキは「ク」を守ることよりも、「ク」の先、新しい森林農業を自分が作り出すぞっていう感じの仕事ぶりだなってぼくは思っています。
コウジさんコメント
チェンマイからバスを乗り継いで6時間以上かけてトキ農園に行ったんですけど、やっぱりトウモロコシ畑がバァーッと広がってて、しかも収穫後だったので、実だけとって、枯れた茎が全部立ってるような状態で、山のところに広がっているような状態。びっくりしたのは、3箇所ぐらいコーヒーの山に連れて行ってもらったんですけど、本当に山のうっそうとした中に、綺麗にコーヒーの木があるというような、ぜひ見に行ってください。
彼は4人兄弟の2番目だったと思うんですけど、4人兄弟すごい良いなと思って。自分はこの間4泊ぐらいさせてもらったんですけど、そのうち二晩ぐらいは彼はチェンマイに仕事か何かしに行き完全にいなくなってて。その間、エポーって3番目ですかね、彼がすごいしっかりしていて、夜も焚き火の場所で、われわれも通訳がいたんで話をしてくれたんですけど、昔からのカレン族のこういう詩がある、これはこういう意味でとか話をしてくれたりとか、ものすごく思いが強くて。他の兄弟もそれぞれ役割を持ってお互いを支え合っているっていう印象がすごい強くて、すごい良い兄弟、家族だなって。
辻さん:兄弟がちゃんと残ってね、しかも三世代、おじいちゃんもいるから、そういうところはすごいパワーを感じましたね。ぼくも焚き火でエポーくんと話しましたが、彼に「どうなの? 君の幼友だちなんか、結構チェンマイとかに出ちゃったんじゃないの?」って聞いたら「みんな行っちゃった」って言ってて。「君は行きたくないの?」って言ったら、「もうやることないよ」ちょっとチェンマイにいたみたいなんだけど、「あんなとこ住めない」って。
<振る舞われた飲み物のこと>
カレンバジルにハニーを入れたもの、そしてコーヒーを堪能しました!

質疑応答
Q:あなたはこれから何がしたい?
A:たくさんあり過ぎる。少なくとも今言えることは、私が村に帰ってきて、お父さんとお母さんはとても幸せだということ。一緒にまた家族で生きていく。いろんなことをやってくというそういう状態を作り出したこと。
そして、コーヒーはまだまだ少ないと思ってる。どんどんコーヒーを植えていきたい。他の木も植えながら、コーンフィールドだった、砂漠化したところをまた緑に戻していきたい。コーヒーも仲買人が入ってきて、買い叩いて、値段を差別化して、基本的に搾取していく。良いクオリティというよりもとにかく量をとって、安いコーヒーを買い叩いて手に入れていく。
一方では量を増やしながら質も高めていきたい。そしてより良いコーヒーをどんどん作っていきたい。仲買人なしに。

Q:仲買人を飛び越えて、直接消費者とあるいは市場とつながるっていうことなんですよね、改めてここのカフェを作った気持ちを聞かせてください。
A:まずここはカレン族、この街の中のカレン族の一つのコミュニティスペースとして作りたかった。これは単にコーヒーの場所じゃないんです。カレン族の若者がここへ来て働いている人がいっぱいいる。非常に苦しんでる人も精神的に苦しんでる人も多いと思う。そういう人が集まってきて、いろんな人に会うことによって、特にこういう村の話とか、コーヒーのプロジェクトとかに接することによって、希望を感じて、村にまた戻ってみようというようなきっかけにもなるんじゃないかと。そういう場所として、こう作ったというところです。
Q:まず第一になぜコーヒーだったのか?
A:第一にコーヒーの木はカレンの文化と矛盾しないというか、合ってると、融合的だと。第二にコーヒーは世界的言語である。コーヒーを通じて世界中の様々な階層の様々な人たちと出会うというか通じる。コーヒーはそういう世界的な言語であると同時に非常に高い価値を持っていて、このクオリティさえ良ければ、それ自体が高い価値を持つと。
Q:あなた自身のモチベーション。あなた自身はなぜコーヒーに行き着いたのか?
A:かつて私はチェンマイでいろんな商売をやったり、いろんなものを売ったりしてたんだけど、どうして村に帰ろうって思ったかっていうと、いつもいじめられる、馬鹿にされる、差別される。
お父さんたちの暮らしは苦しい、両親は朝早く起きて一生懸命仕事するんだけど、現金稼ぐためにはモノクロップの、農薬使うような、そういうことやってるわけです。農薬を吸い込むし、体にも良くないし。そして、その間にコーヒーの可能性っていうのに気づいたこともあって、とにかく今のこの状態を変えたい。
コーヒーをやってるんですけど、コーヒーのためにやってるって思わないでほしい。私たちにとっては、価値観、生き方など、文化全体を守るっていうことが目的なんです。自分自身が好きなのは民話。コーヒーの師匠トンディ。歌うたいの文化ヒーローみたいな人です。レイジーマン、ジョニさんと並ぶような。その人のところでずっと修行してたから、彼からいろいろな民話を聞き、カレン族の文化の豊かさを学ぶことによって、私は文化を守ろうとしてると一層思う。
Q:「ク」というのはあなたにとって重要ですか? それとも別にどうでもいいのか?
A:実はコーヒーを始める前にスタディツアーっていうのを自分でやったことがあるんですね。その時のテーマが「ク」であり、米、水田の文化。「ク」の最大の意味は種である。
ノンタオと比べればわかる。ノンタオは「ク」がほぼ残っていない。だから種がない。在来の種が。もともとそういう生き方をしていないから、種をまいて、水をまいて、栽培するっていうことに慣れてないんです。そういう農業をやってた人たちじゃないから。
辻さん:これは彼のところに行って、ずいぶん聞いた話なんですが、要するに「ク」というのはシードバンクなんだ。いざっていう時には、これがあれば、世界がどうなっててもしばらく生きていける。それと「ク」というのは大きな学校のような場所。自然界とどういう風に関わっていくのか、自然界との付き合い方を学ぶ学校なんだ。そして自然を理解していく。
Q:民話が好きだっておっしゃってたんですが、その民話の保存について、メディアがあったりしますか? アニメーションとか、絵本とか何か歌を記録に残すとか、人も死んじゃうから何か記録に残したりとかありますか?
A:絵本。あと、われわれ若者が年寄りのところに行って、そういうものを意識的に話を聞いて集めていく。
Q:メロキ村には「ク」もコーンの畑もあると聞きました。現在残っている「ク」の畑は、脅威に晒されているのか?
A:どんどん減ってます。現金収入のため優先される、自給用の畑より金になる、金が欲しい、金がなければ生きていけない状態になってますから。トウモロコシにしてもジャガイモにしてもジンジャーにしても、そういう新しいキャッシュクロップ(商品作物)のモノカルチャー(単一栽培)にする。そうすると、かつては最低7プロットで回っていくわけでしょ、それがだんだんだんだん欠けてくると、7年間周期で回れなくなるんです。
それだけではありません。今は法律的なプレッシャーもどんどん高まっている。政府はこれをやめさせたいわけです。非常に「ク」は破壊的なものと宣伝されてきてるし、そういう風にまだみんなも思っている。
Q:ここはカレンの方たちが交流できて、若い人たちがいろんなところで活動を始められればいいということでスタートしたと思うんですけれども、今回もいくつか、ドイチャン・パペもそうですし、レイジーマンファームもそうですけど、いくつかのところを訪問させていただいて、ネットワーク的に、例えばカレンの同世代の方たちとかわからないですけど、どれくらい把握してらっしゃるのか、この北帯の中で、カレンで活動している人が、どれくらい場所が出てきてるのか教えてください。
A:場所のことじゃないけど、前はディプヌは「臍の緒バンド」っていうのをやっていたんだって。いわゆる平和音楽隊みたいなのを作ってて、彼も文化を伝えるような活動をいっぱいやっていたから、いろんなとこで出会ったんだって。それでみんな仲良くなった。それぞれの活動で交流して仲良くなって、今はそれぞれの場所で活動していますけど、みんな仲良しで連絡を取り合いながらやっている。
辻さん:すごく密ですよ。例えばどこかで事故があるとか、土砂崩れがあるとなると、カレンの各地域からわっと集まってくる。それからドネーション、米を送ったりとかしょっちゅう聞きます。カレンというのは一つの国みたいな感じで、密接なつながり、特にこの40代前後の若い世代が非常に活発だね。
Q:この活動をやってきて一番嬉しかったことはなんでしょう?
A:村に帰ること。そして村に帰るたびに私は最も幸せな時間。特にコーヒーの収穫の時期の村に帰るのが中でも一番楽しい。その頃には多くの友人たちが帰ってるし、その人たちから多くを学び合うことができる。もちろんずっと幸せってことはないんですけど。
今年はなぜか日本人と会える。こうして訪ねてきてくれて。とても嬉しいこと。世界の他の場所の友人たちと会えるのは嬉しい。





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