毎日がハッピーなレイジーマンのジョニさんに会う~2026.02北部タイツアーレポート・3日目part2
- ナマケモノ事務局

- 7 時間前
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ナマケモノ俱楽部では、「リジェネラティブ&ローカル・ツアーin 北部タイ」で、2026年2月18日~23日に、カレン民族のコミュニティを訪れました。自給的な暮らしを営む人びとの日常を体験させていただきながら、アグロフォレストリーについて、循環型伝統農業について、先住民族の若い世代がとりくむローカルビジネスについて、五感で学ぶフィールドワークの旅です。
頭だけでなく、身体、心を「今、ここ」に置き、現地の自然や人びとと共に時間を過ごしながら得た、かけがえのない学び遊びの時間を、ツアーに参加したメンバーたちが分担して報告レポートにまとめました。ハイライトを連載形式で紹介していきます。
Day3・その3:毎日がハッピーなレイジーマンのジョニさんに会う
武田和子

レイジーマン・ガーデン見学
ジョニさんを自宅前で車に乗せて、いよいよレイジーマン・ガーデンへ向かった。ジョニさんは、レイジーマン(なまけもの)という生き方をして多くの人々に影響を与えている方だ。
なまけものは、けっして怠けていない。道路に車を停めて、丸太の柵をとりはずし、中へ入る。カレン族の衣装にこれまたカレン族のバックを肩にかけたジョニさんと、6番目の子どものスウェさんがきびきびと動く。私たちナマケモノ倶楽部スローツーリズムツアメンバー17人と、チェンマイで開催された環境・健康に配慮したイベントに来ていた中国人若者も一緒だった。
ジョニさんは、最初に大きな木の前に立ち、話し出した。「この木は南からきた木で、南からきた人たちはこの木を見ると喜ぶ」たぶん、鳥が運んできたのだろう。とはいえ、バンコクから飛行機で1時間以上もかかる土地にどうやって運ばれてきたのだろう。不思議である。
このガーデンには、たくさんの種類の植物があるという。食用になるどんぐり、柿、薬用になる植物、建材になる木、工芸になる木。のんびりとのんびりと、小鳥のさえずりと心地よい風にあたりながら、ゆっくりと歩きながら説明を聞く。時には、食べられる植物をみなにわけてくれた。スウェさんが、産まれた子のへその緒を巻き付ける守護神の木を見せてくれた。
左)生活用品になる竹
中央)食べられる樹もたくさん植わっている
右)樹皮を削って「身体にいいから」とすすめるジョニさん
質問者「なぜ農園でなく、ガーデンにしたのですか?」
ジョニさん「ガーデンは歩くだけで生活に彩りを与えてくれる。農園は収穫した作物を換金する。私は、お金に執着しない」
質問者「幸せなときはどんな時ですか?」
ジョニさん「ぼくは、毎日がほとんどハッピーだよ」
奥まったところに建物があった。そこにはレイジーマンの聖地ともいえる場所のように私には思えた。農耕を祀る儀式、生きる伝統の考え方があった。カレン族の伝統、知見の集約それに、ジョニさんの学びと経験と信念があった。
伝統的な世界観=人間は37のさまざまな魂(クラ)が寄り集まって生きることができる。 カレン族の昔話=ジョッカド物語(なまけ者)の教えは、「謙虚であれ」「自然を敬え」「待つこと」。ジョニさんは祖父母から聞いたこの教えを現代に生かしている。

レイジーマン・ガーデンでのインタビューから
お話:ジョニさん、スウェさん 文字おこし:会津順子
レイジーマン・ガーデンの「食べられる森」
ここはもともと伝統的に、循環型農業「ク」が行われていた森でした。今から40〜50年前、タイ政府が近代農業を推進する中で、私もそれに呼応して、エリート農民として、単一栽培で農業をしていました。そのうち、このやり方で本当にいいのかと疑問を持つようになり、そのやり方から降りて、レイジーマンとなったわけです。今見ていただいている農園が現在の形です。
単一栽培をする中で、近代農業は農薬もセットなので、買わなくてはいけない。すると現金が必要となり、現金を借りなくてはいけない。それを返すときに利子がついて多く返さなければいけない。現金に絡め取られるような暮らしになってしまったので、それに疑問を抱き、その農法から降りることにしたわけです。
この森はどんな森かというと、背の高いドングリの木があったり、ラタンや竹など、私たちの生活用品に使う木があります。この土地の在来種です。同じものだけを植えなくても、必要なものだけ自分たちで植えて、それをいただいて食べたり、生活用具に使ったりしていったら、お金を作るための農業をしなくてもいいという考えに至りました。
ここには、100種類の在来の植物と私が植えたものが、いいバランスで補い合って育ち、ガーデンとなっています。ハーブとして食べて体にいいもの、具合が悪い時にとるといいもの、草木染めのための染料になる植物、もちろん食べて美味しいものも植えられています。地元の植物にはオスとメスの木があり、そこに注意しながら植えています。

グァバ、マカデミアナッツ、多種類の竹、マンゴーの花が今咲いているのが見えます。ラタンは食べることができるため、剪定して整えています。ドングリは煎って、潰して食べます。今、花が咲き始めたところです。
これがジョッカドの木です。寝っ転がって、口を開けて、お姫様が来て・・という民話の木がこれです。実はひとつですが、食べるといろんな風味がします。木の皮も実も使います。この花は中国のナシです。これはライチです。
同じラタンでも、幹を長く育てるのはバスケットなど加工品用です。食べるためのラタンはあまり高く育てません。用途によって高さを変えます。食用と生活用品用。細かく裂いて編んでいきます。
これらはワイルドラズべリーです。まだ青いですが、これから色がついて甘くなります。甘酸っぱいです。これはほったらかし農法で何もお世話をしていません。自然農法とも言いますね。柿の木、ここでは8月ごろに実をつけます。タケノコは甘いです。
カレン族の宇宙観、循環とつながり
カレン民族にとって、3、5、7が大切な数字です。月の暦もそれぞれ7日周期ですよね。循環を示すサークル(輪)が全ての基本になっています。太陽、月、そして植物も、宇宙の循環で回っています。
また、私たちの文化では、人間は、自身の身体である両手両足、頭の5つのスピリット、そして身体の外にある32のスピリット、全部で37のスピリットでできていると考えます。自分の身体の外にある自然界も私たちの一部なのです。それが地上の7つの層、地下の7つの層という考え方につながります。循環(サイクル)と連なり(サークル)、つまり私たちは自然界と一体だというのがカレンの世界観です。
竹で編んだこの月のシンボルに、7つの空間があるのがわかりますか? 同じようにこのガーデンも、これは食べる用、売るもの用、癒してくれる観賞用などとエリア分けしています。これは自分たちの世代だけではなく、次の世代がこの土地を使ってもらえるよう、自分の生き方そのものが、7つの世界とつながり、自然界と一つであることの実践です。
このガーデンにはどれひとつとして無駄なものはありません。一つの植物でもいろいろな使い方があって役立ちます。また、自然界はすべてが対になっています。正月に餅米や黒豆を葉で包む際にも、包み方は男性・女性と異なり、2つで1セットです。物事のすべては男性・女性と対になっています。それが命が続くための営みです。植物も同じです。生命が続いていくには対の存在が必要です。
左)月のシンボル
中、右)スウェの田んぼでの儀式の様子。(スウェのフェイスブックより)
赤ちゃんと木をつなぐ儀式
スウェ:カレンの文化では、へその緒をこの竹にしまって、木に縛り付けます。すると赤ちゃんとその木は、契りを結ぶ。守護神になるという言い伝えがあります。実際にこの木は、私の3人の子どものへその緒の木です。これは一番下の子のへその緒を入れた竹筒の殻で、まだ形が残っていますが、いずれは大地に還っていきます。
「私の木」は自分自身です。カレンの伝統では「私の木」を伐ることは禁じられています。自然に木が朽ちてしまうことは止められませんが、人の力で切り倒してはいけません。

Q:「へその緒の木」はどうやって決めるのですか?
スウェ:森に来て眺めて、立派に育って、子どもが生きている間倒れなさそうな木を見定めます。
Q:日本でも子どもが生まれると記念に木を植えることがあります。
スウェ:自分たちの村の中にその木があるということは、その木をリスペクトするということと、友達として、先生としてその木から教えてもらったり、慰めてもらったりということがあります。その木を切っていけないということから、その木は大きく育ち、実のなる木の場合は、その恵みをいただくこともできます。
ここは暖かい地域なので、どんなに長生きでも木の寿命が100年以上にはなりません。この木も枯れかけているのが私にもわかります。実際、アリに木が食われているので、長くは持たないでしょう。木のあり方から教わることは、木は命を持って生きている。でもいつその命が終わるかわからないということを、この木から学ぶのです。
建材用の木も植えていて、何か作るときにここから木を切っています。ハーブ・薬用にもここから植物をいただいています。

レイジーマンとは自然本位で生きること
ノンタオ村の由来を覚えていますか。神様が倒れてできた谷です。ここに見える棚田が、落ちた時の片方の手が伸びた形になっているので、見てください。
これはタバコの木で、乾燥したときに、切って、粉末にして、パイプに詰めるとタバコになります。とても香りがいいです。今は湿っているからいい香りはしないですが、乾燥すれば香水みたいにいい香りがします。グァバは雨季になるともっと出てきます。食べたい人いますか。森の野生のグァバです。
週3回ぐらい、ぶらぶらとこのガーデンを1時間ぐらい見るのが私の日課です。あそこに見えるのはローカルなクリの木です。
Q:なぜファームではなく、ガーデンと名付けたのですか?
スウェ:ファームとかガーデンというカレン語はそもそもありません。私の考えでは、ファームというとプロダクティブ、売る用の生産物を植えるというイメージがあります。ここはそのための場所ではなく、朝起きて、散歩をして、楽しみのためにくる。生産用のものではないので「庭=ガーデン」と呼んでいます。ガーデンは暮らしに直結しているのです。
ジョニ:昔、ロイヤル・プロジェクトに関わって近代的な農業をしていたが、それをやめたとき、周りの人からはそんなに怠けて何もしないでどうするんだと批判を受けました。でも今、このガーデンを見てください。あまり手をかけない、ほったらかしの状態でも植物が育ち、その恵みをいただいています。このやり方が、私たちの生き方に合っているように思います。
私たちカレンは、現金のシステムにあまり翻弄されない。しがみつかない。むしろ、自分たちが食べる米をどう育てて作るのかに自信があればそれで十分なのです。
今は心からこのガーデンの手入れを楽しんでいます。そして、小さな収入も得ています。ラタンを7本売って100バーツもらったり、竹を切らせてくださいと言って、地元の人が竹を切って使ったりなど、お小遣いも入るようになりました。
辻:怠ける、英語ではレイジーと言います。ジョニの話を聞いても、みなさんは、でもやっぱり使いづらいという気持ちがない? 「怠ける」という言葉に反発を感じませんか?
コウジ:日本で怠けるって言われたら、嫌な感じがします。
ジョニ:あの物語ができて以来、人々から「お前は怠け者だ」と罵られてきました。しかし、民話にあるように、怠けるということは、我々の文化の中では重要な要素なのです。だから、その文化にとって当たり前のことをやってきただけです。
辻:ぼくの解釈だと、人は、自然界を自分が好きにできるものとみなして、やりたい放題、働きかけていろんなものを奪い取ってきた。そうじゃないということですよね、レイジーマンというのは。人間本位ではなく、自然本位に行こうということです。
ジョニ:日本人にとっては大変でしょうね。世界一働き者と言われていますしね。でも我々にとって怠け者というのは、全然苦にならないのです。そうなんですよ。
辻:日本の文化にも、レイジーマンの文化が脈々と流れています。そうでなければ「ものぐさ太郎」や「三年寝太郎」など、ありとあらゆる怠け者で最後に大成功する奴らがいっぱい出てきたりするわけないでしょう? 落語だって、与太郎はヒーローです。
働き者と言われて、いい気になったのは最近のこと。近代化のサクセスストーリーなんです。僕らは、ある意味洗脳されてきたわけ。僕らの本当の意味での文化の中に脈々と流れているものを、もう一度再発見しようよ、と僕は言いたい。






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