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武器ではなく楽器を。森を守るカレン族の暮らしと祈り~26.02北部タイツアーレポート・1日目

更新日:2 時間前

ナマケモノ俱楽部が「リジェネラティブ&ローカル・ツアーin 北部タイ」として、2026年2月18日~23日に、カレン民族のコミュニティを訪れ、自給的な暮らしを営む人びとの日常を体験させていただきながら、アグロフォレストリーについて、循環型伝統農業について、先住民族の若い世代がとりくむローカルビジネスについて、五感で学ぶツアーを実施しました。

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頭だけでなく、身体、心を「今、ここ」に置き、現地の自然や人びとと共に時間を過ごしながら得た、かけがえのない学び遊びの時間を、ツアーに参加したメンバーたちが分担して報告レポートにまとめました。連載形式で紹介していきます。

Day1:武器ではなく楽器を。森を守るカレン族の暮らしと祈り

中川有可


チェンマイの曇り空とバナナの香り

 


成田空港からタイ・バンコクを経由して、チェンマイまでおよそ8時間。日本では寒さが深まる2月ですが、チェンマイではバナナが実り、空は曇りでも気温も湿度も高い、熱帯の空気です。そんな気候の中、ツアーメンバー16人がチェンマイのホテルに集合し、「リジェネラティブ&ローカル・ツアー in 北部タイ」の6日間が始まりました。

 

車に分乗してゴールデンシャワーという黄色い葉をたくさんつけた大きな木と石のある広場に行って、自己紹介のシェアリングサークルを行いました。それぞれの活動や暮らし、そしてどんな思いでこの旅に参加したのかをシェアします。昨年のナマケモノ倶楽部・ラダックツアーにも参加していた人、今回のツアー前からしばらくタイに滞在していた人もいました。今、アジアで学ぶことがある、という強い思いを感じました。

 

今回の旅で訪れるのは、カレン族と呼ばれる山岳民族の村です。カレン族の人びとの母語はパガニョ語。タイ語とは文字も単語も文法もまったく異なる言語です。パガニョ語で「こんにちは」はオムチョパ、「ありがとう」はタブルーと言います。

 

カレン族もタイ族も古くからこの地に暮らしており、カレン族は先住民というより、山岳少数民族になります。そして残念ながら、タイ族から山岳民族への差別や偏見が今も存在しています。チェンマイの大気汚染は山岳民族のせいだと思われているそうです。特に山岳民族の焼き畑が環境を破壊すると批判されています。

 

朝、私はただ「暑いわりに曇ってるなぁ」と何気なく空を見ていました。でも、この曇り空が、山岳民族への偏見につながっていることを知り、なんだか落ち着かない気持ちになりました。


シェアリングサークルの後、私たちは再び車に乗り込み、曇り空の下、山の方に向かって走り出します。ふと見ると、運転席の後ろにはでんと置かれた大きな房のバナナ。カレン族の気さくな運転手さんが「好きなだけ食べていいよ」と笑顔で勧めてくれます。そのおおらかな言葉にこちらの心もゆるみ、車内のメンバーで房ごと回していただきました。日本で食べるバナナよりも、さわやかな香りがします。曇り空の下で感じていた胸のざわめきが、バナナの香りと甘さにほどけていくようでした。


 

山のカフェはデータセンター

 

ランプーン県バンホーン市のPaʼka Coffeeに到着しました。周囲は山の中の道路だけで、街からはかなり離れた場所です。まず目を奪われたのは、カフェの入り口へ続く手すり。流木のように曲がりくねっていて、「こんなにナチュラルで可愛いデザインがあるだろうか」と思うほど。建物全体にも木や自然素材がふんだんに使われて、周りの山の風景とやわらかく調和しています。

 

入口の看板の「Paʼka Coffee」の文字の上に、小さく「パカコーヒー」と日本語が。思いがけない歓迎に嬉しくなります。店内のカウンター前では猫がのんびり座り、テラス横にはマンゴーのような果樹が育っています。カフェ全体にゆったりとした時間が流れていました。

 

お昼のお弁当(ピリ辛ガパオライスorベジミール)を受け取り、コーヒーを注文した後、ドイチャン・パぺ村の若きリーダー、ピさんからお話を伺いました。ピさんによると、Paʼka Coffeeは、コミュニティの情報センターの役割を担っているそうです。カレン族が行う循環型森林農業が、環境破壊型の焼き畑という偏見をなくし、むしろ森を守るモデルであることを示すため、村で集めたデータを整理し、発信しています。

 

ピさんの兄弟、ディプヌさんが村の畑すべてでデータを取り、そのデータをレックさんが分析し、プレゼン資料にまとめます。レックさんはタイ族の男性で、カレン族の奥さんに恋して、村に婿入りした人。タイ族からカレン族への偏見が根強い中、「なんとか村のためになりたい」という思いで10年前にこのカフェを作ったそうです。


ピさん(右)とディプヌさん(左)。兄弟でドイチャン・パぺ村を支えています。着ているのはカレン族伝統のシャツで、村の人びとが日常的に身に着けているものです。


 

循環型森林農業は「焼き畑」ではない


カレン族の循環農法は、木を全て燃やすわけではなく、毎年場所を変え、7年で一巡する農法。燃やすことで排出される二酸化炭素と、その後の植物の成長による炭素吸収量を調べた結果、吸収量の方が圧倒的に多いことがわかりました。

 

現在は5年分のデータがあり、あと2年分集めれば、7年で森が完全に復活することを政府に示せるようになります。辻さんが通訳の合間に、「よく調べたねぇ」と感嘆の声をあげていました。その声には、驚きと、寄り添うような労わりが混ざっていました。


酸素と二酸化炭素の収支データ。あと2年で7年分が完成!
酸素と二酸化炭素の収支データ。あと2年で7年分が完成!

 

 

お金よりも、森と信念を守るという選択

 

村の現金収入はコーヒーと蜂蜜。ですが、国立公園法によって森での生産活動が限られているので、需要が増えても生産を増やすことはできません。

 

一方、循環農法で多くの炭素を吸収しているため、カーボンクレジットを売ることも可能です。カーボンクレジットとは、二酸化炭素の排出を減らした分を「環境貢献」として数値化し、それを別の企業が購入することで排出量と相殺できるという仕組みです。ですが、カレン族は「炭素を売り買いするということは、自分たちの考え方ではない」として、あえて参加していません。グローバル経済のつくった仕組みやお金の誘惑に流されず、森と自分たちの価値観を大切にする姿勢に、コミュニティの揺るぎない結束を感じました。


 

自分たちで広大な森を守る、防火システム

 

車はドイチャン・パぺ村に向かって、山道へ入っていきました。舗装されていない道で車は大きく揺れ、土埃が舞い上がります。村からカフェまで降りてくるだけでも大変だということが、体でわかる道のりでした。


 

カレン族の防火ステーションで車を降り、ディプヌさんから説明してもらいます。カレン族の循環農法が「焼き畑=火事を起こす」と誤解され、山火事が起きると山岳民族のせいにされてしまう現実があります。その偏見と山火事の両方に向きあうため、ディプヌさんたちは、自分たちの手で消防団と防火システムを作り上げたのだそうです。


30キロに及ぶ防火帯、煙を感知するセンサー、山の尾根に張り巡らされたスプリンクラー、そして雨水を貯めるためのタンク。険しい山の隅々まで精密な防火システムが設置されています。政府の援助はなく、計画、資金集め、工事、運営まで、すべて自分たちの力で行っています。資金は民間の団体から少しずつ集めたといいます。これだけのシステムを作るには、時間、労力、資金、知識、スキル、そしてコミュニティの力、本当にたくさんのものが必要になります。

 

山の中で循環農法を行い、コーヒーを生産・販売し、データを集めて発信するだけでも十分忙しいはずなのに、その上、防火システムまで自分たちで作りあげてしまう。それは並大抵のことではなく、森を守り抜こうとする強い意志と熱意があってこそだと感じました。ディプヌさんたちの「絶対にこの森と生きていく」という思いが、ひしひしと伝わってきました。


     

左)山の中の防火ステーションにて。説明を日本語に訳す辻さん(左)

右)廃ドラム缶を利用した雨水タンク。村の若者たちがバイクで1つひとつ山へ運んだそうです。

 

 

大切なのは人とお米。コミュニティを支える精神文化

 

防火ステーションからさらに山道を進むと、今度は小さな神社に着きました。ディプヌさんによれば、この神社を建てたのは5年前。ここに祈りの場を作ったことで、「この地を自分たちの手で守っていく」という決意が村の中で強く共有されたそうです。


神社にはカレン族の古くから伝わるスローガン「良き人びと、良きお米」が掲げられていました。カレン族にとって、この世界で一番大切なのは、美しい人びとと、美味しいお米。とてもシンプルで、深く、豊かな世界観だと感じました。伝統的なモニュメントである神社を、比較的最近になって自分たちで建てたということにも驚きがあります。

 

木で作られた神社。中央には象の山の形を模した白い石が置いてあります
木で作られた神社。中央には象の山の形を模した白い石が置いてあります

循環農法のデータを集めてプレゼン資料を作成し、広大な防火帯を整備する、実践的な取り組みを続ける彼らが、同時にこうした精神的なよりどころを必要として、それを自分たちの手で築いている。その重なりに、暮らしと祈りがひとつながりになったコミュニティのあり方を感じました。それは、コミュニティを次の世代へとつなぐための大切なプロセスなのかもしれません。村の伝統を引き継ぎながら、コミュニティをより強く、しなやかにしていこうとする、若い世代の歩みを知ることができました。


ドイチャンの聖なる山を眺めながらプチ瞑想
ドイチャンの聖なる山を眺めながらプチ瞑想

 

 

観光地にはしない絶景、象の山

 

神社から少し歩くと、村の名前になっている聖なる山、象の山(ドイチャン)が見えました。象が左向きに鼻を垂らしてうずくまっているように見えることから、象の山と呼ばれているそうです。独特の形が美しい山です。

 

村には昔から「象の山の見える場所には家を建てない」という掟があるそうです。掟の理由ははっきりと伝わっていないものの、かつてその掟を破って家を建てた家族は、あまりうまくいかなかったという話も残っているそうです。

 

だから村人たちは、象の山が見える場所を観光地にしたり、絶景を望むホテルを建てたりはしません。山の神聖さを大切にし、自然とともに暮らしてきた村の精神性が、この風景の中にも息づいていました。なんでも観光地化して利益を得ようとする昨今の風潮とは対照的で、こうした「手をつけない」というあり方から、私たちも学べることがあるのではないかと感じました。 


象の山の前で、象の鼻のポーズ
象の山の前で、象の鼻のポーズ

  


山の水が歓迎のハグをする ドイチャン・パぺ村

 

車は山道を進み、夕方近くなってドイチャン・パぺ村に着きました。森に囲まれた山間部に、高床式の住居が並び、大きく葉を広げたバナナの木が風に揺れています。村の犬がごろんと地面に寝そべっていて、のどかな雰囲気にほっとしました。この村では、私たちは2~3人ずつのグループに分かれてホームステイをします。

 

村の水道からお湯は出ません。夕方になり、冷えてきたこともあって、「今日はシャワーを浴びない方がいいかな」と思っていました。そんなとき、ディプヌさんが「この山の水は、あなたたちの肌に触れるのを楽しみにしています」といたずらっぽく微笑みます。その一言で、冷たい水がまるで意思をもって歓迎のハグをしてくるように思えてきて、「それなら浴びてみようかな」と、むしろワクワクした気持ちになりました。


ディプヌさんの言葉には、自分たちが使う水がどこから来ているのかを知り、その水源を大切にしてきた人たちならではの、自然との豊かな関係性がにじんでいるように感じました。


バナナの葉を揺らした風が吹き抜ける、気持ちの良いテラス
バナナの葉を揺らした風が吹き抜ける、気持ちの良いテラス

 

家族で火を囲んで作る夕飯

 

シャワーでドイチャン・パぺ村の水を楽しんだ後家に戻ると、ホストファミリーが家の中で焚き火を囲みながら夕飯を作ってくれていました。ピさん、奥さん、おばあさん、数人が火の回りに腰を下ろし、ゆったりと笑いながら調理しています。鍋を優しくかき回す手つき、卵をゆっくり皿へ移す動作。その一つ一つに、この村の時間の流れが宿っているようでした。

 

台所には自然と老若男女が集まり、料理が作業ではなく、楽しい時間になっています。日本でもアイランドキッチンなど、複数人で作業しやすい設備は増えていますが、この焚き火の台所のように、ゆっくりと腰を落ち着けて料理することはなかなかできません。

 

焚き火の自然のエネルギーが人をリラックスさせ、座って調理することで、心も体も落ち着いていく。普段の料理でついせかせかしてしまうのは、立って作業することが、立ってシャワーを浴びるのと同じように、どこか落ち着ききれない姿勢だからかもしれないと感じました。こうして人がリラックスできる台所だからこそ、自然と人が集まり、会話が生まれ、料理のスキルも受け継がれていくのだと思います。自然の火の暖かさを囲みながら座ってくつろぐことから、温泉に浸かっているようにのんびりと過ごすことができます。丁寧に作られた夕飯は、野菜や卵の味がじんわりと引き出されていて、とても美味しかったです。焚き火で作られた料理が、体を芯から温めてくれました。

 

 

左)森に抱かれたドイチャン・パぺ村。犬が3匹寝ころんでいます。

中)卵が村のおもてなし料理だそうです。鶏も犬と同じように自由に放し飼いされています。野菜たっぷりのスープや炒め物もおいしい。

右)家の中で火を起こして、床に座りながら料理します。


 

音楽と焚き火の夕べ

 

ホストファミリーの家で夕飯をいただいた後、村の広場に集まって、歌と焚火の時間が始まりました。焚き火を囲む輪の中には、村の犬も混ざってくつろいでいます。

 

カレン族の伝統楽器「テナ」という竪琴の澄んだ音色が、夜の森に溶け込んでいきます。カレン族は山岳民族として、他の民族との争いに巻き込まれることもあったそうですが、そんなときでも武器ではなく楽器を手に取り、音楽で平和を訴えてきたといいます。歌われるのは、古くから伝わる歌や、村の人が自作した歌。楽器も、お父さんが手作りしたものや、廃材を使って自分で作った物など、それぞれに物語と温かさがあります。

 

そして、「危機の時には、民族の誇りを思い出す」という言葉も、カレン族の大切な教えだそうです。美しい歌があっても、どうにもならない状況のときはきっとやって来るのでしょう。そんなとき、強い物や新しい物に頼るのではなく、民族の誇り、自分たち自身の中にあるルーツや文化、精神、つながりを思い出すことが大切だと説く姿勢は、本当に平和で力強いです。

 

今日一日で知った、伝統的な農法の環境貢献をデータにして政府に説明すること、自分たちの信念に反するカーボンクレジットは行わないこと、森を守る防火システムを作ること、自分たちで神社を建てること、絶景を観光地にはしないこと、こうしたカレン族の暮らしの隅々から、揺るぎない民族の誇り、大切にしたいものが伝わってきました。



音楽が響く焚き火のそばで、10歳のトト君がじゃがいもを上手に焼いてくれました。火を楽しみ、活用する知恵が、大人から子どもへ、日常の中で自然に受け継がれています。カレン族の叡知は、美しい詩や歌にって、前の世代から次の世代へ伝えられていくのでしょう。自分たちの思いや願いを込めた歌があることの強さ、それを引き継いでいくことの豊かさを感じた夜でした。

 

▶ディプヌの演奏風景(辻さんのインスタグラムより


火と音楽を囲んで、人も犬もゆったりとくつろぐ、穏やかな夜のひととき
火と音楽を囲んで、人も犬もゆったりとくつろぐ、穏やかな夜のひととき


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