自分の中にある“小さな希望の火”を絶やさない~ヘンリー・コールマンさんインタビューから
- ナマケモノ事務局

- 12 分前
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9月1日~9日まで、ナマケモノ倶楽部とジュレー・ラダック共催で、「"懐かしい未来"の故郷で、豊かな自然と文化の未来をみつける旅」を開催しました(ツアー詳細はこちら)。
数回に分けて、旅の日記と、貴重なインタビューなどをこの「ナマケモノしんぶん」でシェアしていきます。私たちが実際に目でみて、村に身を置き、人々の話から感じた学び・気づきをみなさんが受け取り、これからのローカリゼーション運動の知のツールとして活用いただければ幸いです。(事務局)
2025年9月8日午後、レー市内カフェにて
お話:ヘンリー・コールマンさん(Local Futuresスタッフ)
聞き手・通訳:辻信一 文字おこし:関 沙織 編集:会津順子

ラダックの挨拶文化は気持ちがいい!
7月12日からラダックに入り、「プラネット・ローカル・サミット」の準備にあたってきました。ラダックに来るのは6回目です。ラダック語も少しずつですが、うまくなっています。西洋人である私がラダック語を話すには、脳を逆さまにしないといけないんです。だから、文法とかいろいろ難しい…。きっとみなさんは、日本語の文法など似ている部分が多いので、そこまで難しくないかもしれません。
ラダック語を話すことは、私にいい影響を与えてくれているように思います。話していると楽しくて仕方がないんです。脳の中でどんな化学反応が起きているのかわからないけれど、ただ気持ちがいい。
ここでは、出逢う誰もが「ジュレー!」と大きな声で挨拶を交わしてくれます。私がオーストラリアで道ですれ違った人に大声で「ハロー!」と言ったら、クレイジーだと思われるでしょう。挨拶は一つの例ですが、ラダックでの暮らしはメンタルヘルスにとてもいい気がしています。
一方で、ラダックに通いはじめた頃から比べると、レーではこの挨拶も少なくなってしまった気がしています。だからこそ、私自身の小さなミッションは、この挨拶文化を生かし続けること! 逆に今度は「西洋人のクレイジーな人」と思われてしまうかもしれないですね。
「プラネット・ローカル・サミット」をラダックで開く
「プラネット・ローカル・サミット」は2回目の開催です。1回目は2023年に英国ブリストルで開催されました。次回? まだわかりません。ここ数ヶ月はサミットが終わる日のことだけを考えていて、昨日やっとその日を迎えたところなのですから。
ラダックで大規模な国際サミットを開催するのは、ものすごく大変でした。まず会場の掃除から始めなければなりませんでした。トイレをはじめ、あらゆるところを掃除しなければいけない、高山病対策で酸素ボンベも準備をしないといけない、プログラムで村に参加者が行くための許可証を取得するため、全員のパスポートを集めなければいけない……。今、私が言いたいのは、国際サミットを開催する場所として、ラダックはかなりハードルが高かったということです。
しかし、だからこそ面白かった。準備から活躍していた若者たち、運営のコアメンバーたち、みんなと仕事をするのがとても楽しかったです。予想外のトラブルが起きると、みんな、ただただ笑ってしまう楽観的な空気感がありました。豪雨に見舞われ、洪水が起きて、着くはずの飛行機が着かなくて、WiFiが落ちて、メールもできない、担当するはずのゲストたちが全然ラダックに入れない…など、本当にいろいろありました。けれども、そのすべての過程を楽しむことができました。
私のふだんのローカル・フューチャーズでの仕事は、パソコンに向かうリモートワークが中心なんです。それに比べて、ここでは毎日、人と人との関係性の中で何かが起きていました。きっとオーストラリアに戻ったら、このことを懐かしく思い出すでしょう。

若い世代の活躍ーーターニングポイントとなった今回のサミット
ローカル・フューチャーズにとってこのサミットは、本質的なターニングポイントとなりました。私たちのリーダーであるヘレナにとって、今回がラダックを訪れる最後の機会になったこと。そして、特にラダックの若い世代が、とても生き生きとしていましたこと。ヘレナの世代からラダックの若い世代にバトンを渡すいい機会となったのではないでしょうか。
オンラインでの活動や集まりは、人と人とのつながりに限度があると感じます。こうして人と人が集まって、出逢うことが重要だと思います。もちろんオンラインにもいい面があります。辻さんをはじめ、世界中の人々とコラボでき、オンライン上で戦略など一緒に話し合うことができます。
ですが、オンラインはとても疲れるのです。なぜなら自然に反しているから。身体は人と直にもっとつながりたくて相手の元へ行こうとするけれど、それができないから、エネルギーをたくさん消耗し、それがストレスとなってしまいます。だからこそ、今回こうやって世界のあちこちから人が集まり、リアルで出会えたことは、オンラインで活動してきた私たちにとって、最高のギフトでした。
サミット会場では、ステージでのスピーチや対談、客席での小規模グループでのディスカッション、ランチ中などに起こる自由なコミュニケーション、そして会場外でのカジュアルな立ち話や会話。これら4つの場を設定しました。今回は少しステージの比重が多く、バランスは完璧でなかったかもしれません。しかし、村訪問などのフィールドトリップがあり、前回のサミットと比べると良かったと思います。
9月1日~7日のサミットで、初日は180人から190人、最終日は160人、フィールドトリップへは約140人ほどが参加してくれました。そして9月までの1ヶ月間、ラダック人のためのラダック語で行われたイベントには500人ほどが集まりました。運営クルーは15〜20人くらい。とても素敵なクルーでした。私たちのスタッフの他に6、7人がラダック人でした。
参加者:サミットでは、ラダックの中高校生ボランティアたちの活躍が印象に残りました。
ヘンリー:ラダックの若者のリーダーたちのおかげです。彼らが飛び込みで地元の子どもたちを連れてきてくれました。彼らのボランティアワークは大きな助けになったし、なんと言ってもダンスがとても上手かった! 重要なテストの直前だったにもかかわらず手伝いに来てくれて、すごく感激しました。今では大切な友達です。来年ラダックに戻ってきた時に、彼らに会うのを楽しみにしています。
SNS依存を越えるためにーー本質的な人間の欲望を信じる
参加者:サミットでのスピーチで、ヘレナが「気づく」ことの大切さに言及していました。しかし、日本の若い人たちを見ていると、教育システムの中で、気づく以前に、感じることさえ難しくなっているように思います。
ヘンリー:感じること、つまり、心と頭の働きのバランスはとても大事です。どう若者たちの心に働きかけるかですが、少なくとも私の周りの若者を見る限り、私は彼らをあまり心配をしていません。なぜなら、心はみんなに備わっていて、ただ押さえ込まれているだけだから。ちょっと刺激してあげたり、心に働きかける場があれば、あとは自然と動き出します。以前はバードウォッチングに行きたいという若者はあまりいなかったのですが、今は一緒に来たい子がたくさんいます。また、手仕事にワクワクする子たちもいます。
近年、SNSやメディアが私たちの心と身体を隔て、心の働きを抑える原因になっています。しかし、英国ガーディアン紙の調査報告では、18歳から25歳の若者の47%が、インターネットの全くない世界に生きたいと思っていると発表しました。確かに、私の周りの若者たちも、SNSに依存しています。だからといって、SNSのない世界を夢見ていないわけではないのです。ですから、私はもっと、本質的な人間の欲望というものを信じたい。
私たちローカル・フューチャーズでは、注目する活動の一部は、ここにあります。そういう若者たちを助けたい。表面的ではなく、もっと深いところにある欲求を表現できる場を提供したいと思っています。私はこのプロジェクト、そして若者たちに希望を感じています。

映画「幸せの経済学」、そして、ヘレナとの出会い
私自身は、10代の頃から、この世界が何かおかしい、何かが失われていると感じていました。特に私はバードウォッチングが大好きで、鳥についてはもちろん、コミュニティについての想いもすごくあるのです。それらが失われていくことに対して、取り戻さなければいけないという想いがありました。それが私の活動の起点です。
2011年、14歳の時、一つの映画に出逢いました。『The Economics of Happiness(幸せの経済学)/監督:ヘレナ・ノーバーグ=ホッジほか』です。シドニーのローカルなコミュニティガーデンで上映された会にたまたま参加したのですが、これほどに心を突き動かされる映画に出逢ったことはありませんでした。
例えば、映画『不都合な真実』では、莫大な富を生み出すために開発を続ける世界か、または地球が健やかに惑星として生きられる世界かを天秤にかけ、私たち人類が究極の選択を迫られます。ですが、『幸せの経済学』は違いました。映画を観て「よし、何か行動に移そう」と思えたのです。
家に帰ってから、すぐ家族に「裏庭で鶏を飼い始めよう!」と提案しました。その提案は通らなかったのですが、その代わり、ほぼ毎週末コミュニティガーデンに通うようになりました。そこからすぐに何かが変わったわけではなかったのですが、1年から1年半後に、オンラインでヘレナのTEDxスピーチに出逢い、それをもう一度見返しました。その時に初めてはっきりと「これだ!」と確信することができました。その1年、1年半という期間が、私の中でタネが撒かれて芽が出るまでに必要な期間だったのだと今では思っています。
そしてヘレナが執筆した『懐かしい未来』を読んで、さらに深い影響を受けました。この本を読むと過去のラダックへ、身体や心ごと連れていかれるような、不思議な感覚にとらわれます。私は子どもの頃、核家族で育ちましたが、まだ近所との付き合いが残っていました。その関係性が自分にとってすごく重要な原体験になって、『懐かしい未来』を読んだ時に、こういうことかと腑に落ちました。
2013年には、ローカル・フューチャーズがオーストラリアのバイロン・ベイで開催した「幸せの経済国際会議」に参加しました。その時に初めてヘレナに会い、メールアドレスをもらったのです。私が16歳の時でした。翌年、自分が通う学校で映画『幸せの経済学』の自主上映会を企画しました。10人ほどしか集められなかったのですが、それでもヘレナは上映後にスカイプ(オンライン)で話をしてくれました。
大学の代わりにラダックに通い、村の暮らしと人に学ぶ
その後、ヘレナはラダック・プロジェクトへのボランティアとして私を派遣してくれました。18歳の時に初めてここラダックに来て、19歳の誕生日をここで過ごしました。その時は『懐かしい未来』を読み込んでいたため、本と現実を比べ、その違いに少しがっかりしたのを覚えています。
ただ、時間をかけて村に通ううちに、風景の美しさや村の暮らしなど、まだ残っていることが多いことに気づいて感動しました。だから、もう大学なんかいくのやめよう、ラダックに来たほうがずっといいと思い、今に至ります。
その選択が正しかったかどうかは今でもわかりません。けれども、私はたくさんの素晴らしいメンター(人生の師)と出逢うことができ、彼らから素晴らしい教育を受けることができました。大学には行かなかったけれど、皆さん私の学歴にかかわらず、こうやって迎えてくれて、話を聞いてくれています。とても感謝しています。
小さな希望の火を絶やさない
参加者:ヘンリーは、葛藤や不安、自分の弱さとどう向き合っていますか?
ヘンリー:葛藤という点では、「世界を変えることができる」という確信が自分の中で揺らぐことです。その火が消えそうになったら、焚き木をくべて火が消えないようにします。日々の小さな行いこそが、私たち自身の中の火、つまり希望を絶やさない方法ではないでしょうか。
希望というのは筋肉のようなもので、使わないと萎縮してしまいます。それを日々使っていくことが大切です。たとえば、私は毎週土曜は必ずファーマーズマーケットに行きます。この小さな習慣が、私の中にある希望を絶やさない一つの方法です。何か大きなことを夢見るのではなく、小さなことを大事にしています。
他の小さな習慣は、今でも私はよくバードウォッチングをします。鳥を見た時、これが自分が活動を続ける十分な理由だと思えます。同じように、毎週土曜日に出かけると、ファーマーズマーケットがそこに存在しているという希望がある。綺麗な鳥が今も繁殖しているという希望がある。美しい生態系がまだ生き続けているという希望がある。だから、私たちはこれを守らなきゃいけないと思うのです。もちろん、活動を続けてもうまく行かないかもしれないし、全部が無駄になるかもしれない。結果がどうであれ、想いを大事にしています。
そして、私はとても恵まれています。ローカル・フーチャーズの職員として、フルタイムで活動に参加できるわけです。他の多くの人たちはそうはいきません。その人の内側に燃える火、つまり希望を保ち続けることはなかなか難しいと思います。だからこそ、私は皆さん、特に同年代や若い世代が活動しているのを見ると、ぎゅうっと抱きしめたくなります。
お金や成功を手放し、ローカルに生きる
もう一つ重要なことは、お金や成功、名声というものを手放すことです。生活していくためにお金は必要ですが、お金を儲けることが目的ではないことを思いだすこと。
私自身、時には高校の同級生と比べ、彼らほど稼いでいない自分を見ると、自分が劣っているんじゃないかという考えが沸いてくることもあります。でもそれを手放す。自分が選択した道を信じて、お金=成功ではないこと、私たちの活動はお金以上に重要であることを思い出すようにしています。
実際にはそのマインドセットを手放すプロセスは一筋縄では行かず、そのプロセスこそが「Unlearn」です。これからも続けていく必要があると思っています。
辻:今回の旅の中で、Unlearn 、つまり「学びほぐし、知識のリセット」という言葉を学んだばかりでした。僕らが住む日本という国は、Learning, Learning, Learningですよね。だからそこにUnlearningを入れることがすごく大事なのだと思います。
ヘンリー:ローカル・フューチャーズの仕事の大きな部分が、Unlearningを促すことだと思っています。オーストラリアでは未だに欧米主義の考えが強いので、ラダックに来ることが、私自身のUnlearningを助けてくれます。
旅に出かける時は、その土地のローカルなプロジェクトに意識を合わせるよう心がけます。昨秋、日本を訪れた時も、観光客向けのトラップがたくさんあってハマりそうになりましたが、辻さんをはじめナマケモノ倶楽部などのみなさんを通じて、グローバルからローカルへと軌道を修正することができました。意識的に違う道筋を見つけようとすることが大事だと思います。
■ヘンリー・コールマン
オーストラリア出身。国際NGOローカル・フューチャーズのプロジェクトリーダー。15歳よりローカル・フューチャーズに関わり、2015年よりラダックやオーストラリアで活動に参画。現在ラダック語を流暢に話し、ラダックでプロジェクトの企画運営を行う。オーストラリアでローカル・フューチャーズの公式イベント代表も務め、さまざまな執筆プロジェクトにも従事。2017年、NGOワイルドスペースを共同設立し、コミュニティ・オーガナイザーや活動家としての能力をさらに発揮している。









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