今こそ先住民の「Wisdom(智慧)」に学ぶときーソナム・ワンチュックさんのスピーチから
- ナマケモノ事務局

- 11月9日
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更新日:7 日前
9月1日~9日まで、ナマケモノ倶楽部とジュレー・ラダック共催で、「"懐かしい未来"の故郷で、豊かな自然と文化の未来をみつける旅」を開催しました(ツアー詳細はこちら)。
数回に分けて、旅の日記と、貴重なインタビューなどをこの「ナマケモノしんぶん」でシェアしていきます。私たちが実際に目でみて、村に身を置き、人々の話から感じた学び・気づきをみなさんが受け取り、これからのローカリゼーション運動の知のツールとして活用いただければ幸いです。(事務局)
2025年9月7日
「プラネット・ローカル・サミット」でのソナム・ワンチュックさんスピーチから
文字おこし・翻訳:関 沙織

”懐かしい私”が語った「Cleverness(賢さ)」と「Wisdom(智慧)」
ジュレー! とてもいい朝ですね。1980年代から現在に至るまで続く、非常に重要な問題についてみなさんと話し合えることを嬉しく思います。私のパートナーで、この山岳地帯に設立しているオルタナティブ大学「ヒマラヤ・インスティチュート・オブ・オルタナティブ・ラダック(HIAL)」の共同創設者、ギタンジャリ博士も同席してくれています。
今日いただいたテーマの「Cleverness(賢さ)」と「Wisdom(智慧)」についてですが、これは映画『懐かしい未来』での私の発言から引用していただいたのではないかと思います。この映画は30年ほど前に撮影されました。つまり、映画に登場している私は”懐かしい私"ということになります。
当時私がお話した「Cleverness(賢さ)」と「Wisdom(智慧)」の区別については、特に付け加えることはありません。賢さとは、知的好奇心に基づいて、頭脳を使って創造すること。たとえば、遺伝子操作やクローン技術、さらにはAI技術などを使って、青い羊や緑の馬を創り出したりすることです。
それに対して「Wisdom(智慧)」とは、賢さを超越したものです。我々の賢い脳で成し得る、こうした”見せかけ”の有用性と無益さを見抜くことです。それは、今日のためだけではなく、未来のためにどう行動したらいいかを見通し、ものごとを多角的に捉える視点とも言えます。
現代社会では、多くの企業が目の前にある”今日の利益”だけを追求し、明日のウェルビーイング(幸せ)を犠牲にするような単一的な視点で動いています。不可能と思えることを可能にできる科学や技術があったとしても、様々な角度からものごとの本質を捉える視点が「Cleverness(賢さ)」には欠けています。
これに対し、「Wisdom(智慧)」とは、何世紀、何千年という時間軸の話です。私は今日ここでもう一度、ヘレナ・ノーバーグ=ホッジさんとそのチーム、そして彼女がこの50年間に注いできた努力を称え、心からの感謝を申し上げたいと思います。
ラダックの伝統社会が急速な近代化や工業化に浸食されつつあった中で、ヘレナはラダックの人々にある「Wisdom(智慧)」を評価し、彼らが失いかけていた自尊心の回復に尽力してきました。それはラダックの人々にとっても、祖先から受け継いだ伝統文化の価値に学び直す機会にもなりました。200~300年前の近代化の歴史に批判的な目を向け、ラダックの良き伝統を再評価し、外から入って来るものの中から良いものだけを取り入れる姿勢を育むことにつながったのです。

ものごとの異なる側面を見通す目を養う
1970年代、ラダックでこうした変化が始まったとき、多くの発展途上国で憧れやロールモデルのように見なされてきた西洋社会でも、近代化の基盤に亀裂が生じ始めていました。大きな社会問題となった酸性雨やオゾンホール、あるいは孤独やうつ、核家族化といった社会構造の断層、薬物乱用に走る子どもたちなどです。
『沈黙の春』や『スモール・イズ・ビューティフル』といった環境問題に警鐘を鳴らす本が書かれたのと同時代に、ラダックが鎖国から海外に門戸を開いたのは適期だったと言えるでしょう。ヘレナのような人々が訪れてくれたのですから。
”ラダック”という言葉は、高い峠に囲まれた土地を意味します。そして、ラダックやチベットではこんな格言があります。
「あなたの国が高い峠に囲まれているなら、そこを訪れるのは最良の友か敵だけだ」
しかし、ラダックが世界に扉を開いたことで足を運んでくれたのは、敵ではなく、純粋にラダックやヒマラヤの自然に深い関心を持つ人々、ラダックの伝統文化について学びたい人々、西洋が経験した”発展の本質”を理解し、この辺境のヒマラヤ地域が提供できるものと共に歩む必要性を感じている人々でした。
それは本当に素晴らしいことでした。賢さを備え、自信に満ちた外の人たちが、ラダック人を”原始的”で、”遅れた山岳民族”と、批判したり軽蔑するのではなく、むしろこの文化の偉大さを称え、近代化が招いた現状を批判したのです。そしてそれは、私を含む多くのラダックの若者たちに、「ものごとの両面を見ること」という大きな気づきを与えてくれました。これこそが「Wisdom(智慧)」です。問題の異なる側面を見ること、現在の短期的側面だけでなく、その長期的な側面も見ることにこそ、智恵があるのです。


智慧のある政治が求められている
この「Wisdom(智慧)」は全世界で必要とされていますが、残念ながら、私たちは短期的な取り決めに翻弄されています。まず、私たちの民主主義自体が短期的です。指導者たちが考えるのは自分が就任している任期だけ。インドの場合、5年で達成できることのみを頭脳を使って実行し、再選を確実にするわけです。
しかし、自然界は5年周期では動きません。ウッタラーカンド、ヒマーチャル、シッキムといったヒマラヤ全域、そしてラダックを含む気候変動による豪雨やそれに伴う土砂崩れがそれを物語っています。自然は数十年、数百年、数千年の周期で動く。だからこそ私たちに必要なのは、伝統にもとづく智慧なのです。
先住民文化にある智慧が示す、幸福への道筋
私たちは今、企業がラダックの土地や自然、文化を奪い、産業を持ち込もうとする猛攻の中で、古代から続く智慧を守ろうと奮闘しています。ラダックの地域文化をありのまま残し、賢さだけではなく、智慧をもって発展させたいと考えています。そうすることで、世界中の他の地域が、ラダックのモデルに学ぶことができるでしょう。
先住民族の文化には多くの智慧が詰まっています。ごくわずかな資源、ごく限られた手段の中で、幸せを見つける秘訣、充足感を感じる術です。それは智慧が教えてくれるものであって、賢さが教えてくれるものではありません。そしてそれはラダックに限った話ではありません。世界中のあらゆる先住民族文化に共通するものです。先住民の文化で受け継がれてきた智慧が、豊かさだけではなく、幸福への道筋を示してくれます。
だからこそ、私はいつもこう主張します。「先住民を都会化させるな。ニューデリーやニューヨーク、北京、ワシントンなどの都会人をローカル化せよ」と。これこそが私たちの人生に幸福をもたらし、人類が自然と調和して、地球をより長く存続させる唯一の方法です。
そのためには、新しいインスピレーション、新しい教育の土台が必要です。私はラダック、そして世界中の先住民族の文化そのものがその土台になると確信しています。ですから、「Cleverness(賢さ)」と「Wisdom(智慧)」について語った当時から30年以上経った今日も、同じことを繰り返しお伝えしているのです。
私たちはこの30年間、「Wisdom(智慧)」を主流社会に広げていこうと、オルタナティブな学校としてのSECMOLやオルタナティブ大学としてのHIALを設立してきました。そこでは、自然を搾取する現代の教育システムの短期的な「Cleverness(賢さ)」ではなく、「Wisdom(智慧)」に学ぶことを重視しています。
HIALは、生態系の回復と再生に取り組みながら地域発展を目指すオルタナティブな場です。そして、HIALと同様、みなさんがそれぞれの場所で取り組んでいる活動があると思います。これらの小さな活動が集まり、連携することが、明日への希望へとつながります。それぞれの場所での”学びの旅”を、最良のものにしていきましょう。
■動画:「懐かしい未来ー30年後の今」(LocalFutures作成、2022年制作))








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