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神野直彦先生 参加・協力・分かち合いの社会へ  ナオキン


こんにちは!ナオキンです。今回は、(広い意味での)地域主義の第8回、神野(じんの)直彦 東京大学名誉教授(76歳)です。日本の財政学・地方財政論の第一人者、地方自治の分野の著名なオピニオンリーダーの一人として長年ご活躍され、数々の著書を出されています。国の地方分権推進委員、財政審議会会長、地方分権改革有識者会議座長を歴任され、国の分権改革論議を先頭に立って進めてこられました。

愚輩の私がまたまた恐縮ですが、社会的共通資本学派(コモンズ学派)の一人として、誠に勝手ながらご紹介させて頂きます!

●神野直彦先生の提言の要旨等

(先生の著書、発言より)


・御母上の教え「お金で買えるものには価値がない」

◎東大闘争下の東京大学で玉野井芳郎先生による経済学の導きを受ける。

(「私がゼミナールに参加していた時には、未だ鮮明にはされていなかったけれども、後に玉野井先生は「地域主義」を宣言される。私が後に地方分権の運動に携わっていくのも、玉野井先生の共同体への熱き眼差しを継承したからにほかならないのである。」著書「経済学は悲しみを分かち合うために~私の原点」より)(この地域主義シリーズ第2回の、玉野井芳郎先生とつながりました!!)

・日産自動車に就職、現場と労務管理業務の経験から、「人間的な労働」について学ぶ。6年間の勤務の後、研究者を目指し東大大学院へ。

・財政学の第一人者、佐藤進先生に師事、後に東京大学の伝統的な財政学(ドイツ財政学)の系譜を継承する立場となる。

・社会全体のトータルシステムが経済・政治・社会という三つのサブシステムから構成され、財政現象をその結節点と位置づける「財政社会学」の方法論を提起、全体のシステム改革のために、非市場領域の社会システムを重視。

◎「公共の領域縮小-市場の領域拡大」の中央集権型の「参加なき所得再分配国家」から、公共領域の地方自治体による地域社会・民主主義の活性化による地方分権型の「参加する所得再分配国家」を目指す姿に

・国の分権改革において機関委任事務の廃止・地方消費税の創設を実現、「三位一体改革」における挫折を経験


【目指す姿】

・「観客社会」から「参加社会」へ

・競争原理から協力原理の社会へ

・分断・奪い合いから、分かち合いの社会へ

・学び合う共同体、愛する能力

・経済の論理から人間の論理へ、人間のための経済学を目指す


・工業社会は「死んだ自然」を原材料に人間を排除しようとする傾向がある。農業では自然の再生力を破壊することはない。もし、工業化により自然の再生力を破壊してしまえば、「生きた自然」を原材料とする農業は自滅し、人間生活は破壊される。

・地域社会の再生のためには、自然環境の再生と地域文化の復興により、本来の人間の生活の「場」として再生、創造すること。欧州の事例や、地域共同体を基礎とした「補完性の原理」による階層的な政府組織が参考となる。

・特に、研究先のスウェーデンを母なるふるさと、「懐かしい未来」として愛する。好きなスウェーデン語は、オムソーリ(分かち合い)、ラーゴム(ほどほど)

・長年目の障害で苦しまれ失明の危機も経験、ご自身の研究に奥様やご家族、多くの同僚と研究者の支え、協力を受け、常に感謝の言葉を表されている。


●宇沢弘文先生との出会い、コモンズと信州ルネッサンスとその後


◎『もうひとつの9.11』

1973年9月11日、宇沢先生がシカゴでかつての同僚達と集まっていた時、チリのアジェンデ大統領が軍のクーデターで殺害されたという知らせが入った。その席にいた何人かのフリードマンの仲間が歓声をあげて喜び合った。

宇沢氏「私は、そのときのかれらの悪魔のような顔を忘れることはできない。それは、市場原理主義が世界に輸出され、現在の世界的危機を生み出すことになった決定的な瞬間だった。私自身にとって、シカゴと決定的な決別の瞬間だった。」チリはその後、アメリカの支援を受けたピノチェト政権で、フリードマン派の指導を受けて、世界初の新自由主義経済の実験国家になっていく。宇沢先生が市場原理主義の影の部分の危険性をいち早く察知していたエピソードであり、神野先生とはその時の私的な心情を手紙で初めて打ち明けられる間柄だった(神野先生著作より)。

・神野先生は宇沢先生とは、先生主催の研究会に招かれて出会い、すぐに氏の語りと「人間主義」とも呼ぶべき思想の虜になり、「社会的共通資本の経済学」を自身の研究を充実させてくれる導き星とし、「人生の師」として師事されるようになったそうです。

宇沢氏とともに招聘された長野県総合計画審議会について

「この答申(未来への提言~コモンズからはじまる、信州ルネッサンス革命)は事実上、2010年から長野県知事を努めている阿部守一氏(当時副知事)と私が、宇沢先生の政策思想を反芻しながら編集したものである。

答申をまとめるにあたって、宇沢先生は私に「僕はコモンズという言葉にこだわりたいんだよね」と呟かれた。それは社会的共通資本の管理主体を、市場か国家かという二項対立を越えて設定するには、コモンズという概念抜きには構想できないからである。私は宇沢先生のそうした思想をどのように表出させるかに悩みながら、この答申をまとめあげたつもりである。」(前出著書より)

(社会的共通資本の概念は、阿部現知事の県政の公約の中にも引き継がれている)

宇沢先生は、ネバーギブアップの人でした。その後も宇沢先生は自身の集大成として、神野先生と共に編者となり、ご自身の米ケネディ政権下での経験を基に、危機の時代の日本全体への提言「日本の課題 - Agenda for the Nation」全三冊の刊行を構想、志を共有する知識人、研究者を選び、企画は実現するばかりだったのが、神野氏の病気治療と、宇沢先生の死によって実現はかなわなかったそうです。「宇沢先生という巨人は死してもなお、私の意識のなかに存在し続け、私を叱咤激励しているのである。」(前出著書より)


これまで、愚輩なりにウォッチしてきました日本の地域主体の動き、地域主義、エントロピー、「地方の時代」、社会的共通資本等の考え方が、ヘレナさんや辻先生に教えて頂いた、世界の「しあわせの経済」、ローカリゼーション、ミュニシパリズムの運動と重なって、リンクして見えるようになってきています!


これからがワクワク、どきどき、楽しみです!!




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