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私たちはどう生きるか~2026.02北部タイツアー、テーマ別日記 カネダコウジ

8月29日
読了時間: 12分

更新日:9月11日

ナマケモノ俱楽部では、「リジェネラティブ&ローカル・ツアーin 北部タイ」で、2026年2月18日~23日に、カレン民族のコミュニティを訪れました。自給的な暮らしを営む人びとの日常を体験させていただきながら、アグロフォレストリーについて、循環型伝統農業について、先住民族の若い世代がとりくむローカルビジネスについて、五感で学ぶフィールドワークの旅です。


頭だけでなく、身体、心を「今、ここ」に置き、現地の自然や人びとと共に時間を過ごしながら得た、かけがえのない学び遊びの時間を、ツアーに参加したメンバーたちが分担して報告レポートにまとめました。ハイライトを連載形式で紹介していきます。


>>現在、11月4日から10日まで、収穫時期のドイチャン・パペ村、ノンタオ村に滞在するリジェネラティブ&ローカル・ツアーの参加者を募集中です!カネダコウジさんもツアーリーダーとして参加します。この機会に是非ご一緒しませんか?詳細はこちら。


私たちはどう生きるか

金田考示 

 

今回のツアーで感じたのは、出会ったカレン族(パガニョ)の人たちが大切にし、実践していることと、私が仕事で大切にしていることとの間に、多くの共通点が見られた、ということ。それらのことを、彼らが『仕事』としてではなく、普段の暮らしの中で行っている、ということに深い感銘を受け、多くの学びを得た。今回見聞きしたこと、体験できたことで、普段一緒に仕事をしている仲間たちに伝えたいと思うことが多くあった。

 


自然について

 

ツアー中、私の中で最近テーマになっている『自然(しぜん・じねん)』という言葉が思い浮かんだ。昔の日本人は、『自然の一部である』という感覚があり、生き方の根源になっていたと思うが、その様な状態を、彼ら、特にパペ村の人たちは未だに持てているのだと、彼らの暮らしを見て感じた。

 

この『自然の一部である』ということがふと頭をよぎったのが、パペ村2日目だった。昼食後の感想で「パぺ村の人たちは調和していて、テレパシーを使えているみたい」という発言があったことや、彼らの呼び名が個人名ではなく、関係性であること(〇〇の母、〇〇の父という呼び方)を知ったこと、またミツバチを見たことから、パペ村の人たちは、ミツバチのように個であって全体、全体であって個、という感覚で生きているのではないかと感じた。

 

日本人は、自然を切り離し、逆に切り離されてしまい、自然にありたい・自然の一部になりたいと思っても、なることができなくなってしまっている。このことを原因として、自然環境から人の心まで、様々な問題が発生しているように思える。


 

これからの時代を生きる我々にとって、自然の中で彼らがどのように生きているかを知ることは、我々の生き方を見直すことになり、起きている多くの問題を解決するための糸口になるのではないかと思う。パペ村で見聞きしたことの中で、特に印象的だったものを7つ挙げる(カレン族で重要な数字の1つ)。

 

1. 神聖な象の山が見えるところには家を建ててはいけないということ

2. 焼き畑を行う前後に火や水の神や精霊たちに向けての儀式を行うこと

3. 悪い兆候(夢や出来事)があると焼畑の場所を変えなければいけないこと

4. 「ここの水の魂は、日本人に触れるのを楽しみにしている」という村人の言葉

5. 元々「ク」を行っていた水源地を守るため、水源地の木々に出家したことを表す黄色い布を巻き、切らないようにしたこと

6. カレン族に多く伝わる民話や詩(『水を飲みたければ、その水を、この大地の上に暮らしたければ、その大地を大切にしなければいけない』というような、シンプルで大切なこと)

7. クに植える種の中に、観賞用の花も含まれていること

 

総じて、自然を敬い、謙虚であり、その懐で生かされている、ということを実感して生きていると感じた。これは、レイジーマン物語のDVDブックに書かれていたことであり、このツアーのテーマである、ジョッカド(ナマケモノ)の本質なのだろう。

 

彼らの様子を見ていると、昔の日本人も、このように自然の一部として祈りと共に暮らしていたのだろうと想像した。その暮らし方を羨ましく思うとともに、今日の日本の暮らしの中に、いかに落とし込んでいけるかを、模索していきたいと思っている。



継承、持続について

 

今回のツアーで、様々な人から聞いた話で共通していたことの一つは、継承と持続だと思う。カレン族を取り巻く環境や状況が目まぐるしく変わる中、どのように自分たちの生き方を継承していくか。偶然にも今回のツアーで話を聞いたのは、私と同世代の人たちが多く、この世代がチェンマイを中心とする地域の、一つの大きな変化の節目にあるのだと感じた。

 

歴史や背景を知らないが、戦争や紛争を経て、経済発展が進められた結果、日本でもそうであったように、自給的な生活をしていた村でも金銭が必要になり、田舎で土に触れるような生活ではなく、都会でお金を稼げる仕事をするため、村から多くの人が出て行ったようだ。これらに加えてカレン族への差別的な扱いがあり、今のおじいさん、おばあさん世代は、村を出る子どもたちに、積極的に「村へ戻ってきてほしい」と言えなかったそうである。

 

そんな中、近年の日本と同じように、現代の資本主義経済を中心とした社会に疑問を持ち、田舎に戻る人たちが増える傾向にあるのではないかと思う。その世代の先駆け的な存在が、今回出会えた人たちなのではないだろうか。自分たちが生まれ育った村を大切にし、自分たちの民族を誇りに想い、コーヒーを中心に村で生計が立てられるようにし、若者が村に留まるようにしたい、という強い想いを感じた。

 

また、Akha Amaコーヒーのアユさんをはじめ、コミュニティへの貢献と継続性を考えているのが印象的だった。アユさんは、単一栽培のリスクを考え、村の全員にコーヒーを生産してほしいとは頼まず、他の換金作物を作ってもらい製品化して販売しているし、最低限、自分たちの食べ物をどう作るかということを前提にして協力してもらっている。また、高齢化、過疎化が起こることを想定して、質を高めて高く売り、生産量を減らして農地を小さくする、ということを考えている。

 

アユさんの『彼ら自身であり続けてほしい』という言葉が印象的だった。今回話を聞いた方々は、状況や背景は違えど、皆このことが根本にあり、動いているのだろうと思った。いかに村を盛り上げていくか、という想いもあるが、昔から行われていることを自分もやっているだけ、次の世代に継承するつなぎ役をしているだけ、という想いもあるのだろう。


 

 

カレン族に対する差別・偏見について

 

彼らが行っている「ク」について触れる際、彼らに対する差別や偏見は避けられないテーマになる。少数民族であり、タイ語とは全く異なる言語を話してきたこと、焼畑農業をしてきたことなどから、差別、偏見を受けてきた。現在も、彼らの焼畑に対する偏見が残っており、政府関係者でも森林の減少やPM2.5などの公害を彼らによる焼畑が原因だと思っている人が多くいるそうである。言葉については、タイ語を話せてもイントネーションが違うため、バカにされるようなことがあったらしい。

 

トキさんは高校生の時、友人から「カレン族が木を切っているから洪水が起きている」と言われたことがあったと教えてくれた。学生時代に、親やその上の世代が、ずっと行ってきたことを否定された時のショックは大きかっただろうと想像した。また、国立公園を守るための法律があり、彼らの居住地や「ク」が行われているところも含んでいるため、コーヒーの生産拡張が制限される問題もあるとのことだった。



 

Pa’ka Coffeeには、店主のレックさんがまとめたデータがポスターになっていた。自ら「タイで随一のデータセンター」と言うくらいの情報を集めていた。これは焼畑に対する無理解に対抗するもので、本来は彼らがやる必要のないことなのに、自分たちを守るために作らざるを得ない状況である、ともいえる。しかも、これだけの情報をまとめて説明しても、理解しない人がいるとのことだった。固定概念と偏見の根深さを感じた。

 

 

クについて

 

循環型森林農法である「ク」は、2月から木を切り始め、4月に焼畑を行い、5月に種まきをして、11月に収穫をする、という流れで行われる。焼畑といっても、実際に燃えているのは30分~1時間だけで、その後7年以上放置して森に戻すことを考えると、7年で30分~1時間しか燃やさない、ということになる。

 

短時間しか行わないため、表面の部分だけが燃え、地面の深いところは影響がないとのこと。燃えてできた灰にある養分により、肥料を入れなくても作物を育てることができる。この方法により、土中の環境は守られた状態で、栄養のある畑で作物栽培ができることになる。

 

作物は、米や野菜を中心に50種ほどの種を植えるそうで、これはそのままシードバンクの役割も担っている。昔はもっと多くの種類があったそうで、トキさんは200種もあったと言っていた。中には、観賞用の花の種も含まれており、それは畑作業を楽しむためのもので、「畑はアート」という言葉通りだと思った。

 

興味深いのが、「ク」での伐採を始める際、亀の夢や不吉な出来事が起こると、クの場所を変えなければいけない、ということ。亀は人よりも強い存在であり、それを超えることはできない、と信じられている。逆に象の夢を見ると豊作になるそう。

 

 

コーヒーについて


 

タイのコーヒー文化は、この15年で相当な発展を遂げたらしい。15年前は、国内外でタイにコーヒーがある、という認識すらなかったらしい。今回出会った人の多くが私と同世代だったことは、このタイでのコーヒーの発展のタイミングも影響しているように思う。40歳くらいの人であれば、20代後半あたりでコーヒーに出会っていることになる。社会人経験を数年経た上でコーヒーに出会い、仕事にしていくのがいいタイミングだったのではないかと思う。

 

また面白いのが、「それまでコーヒーに全く興味がなかったし、飲んだことすらなかった」という人が多かったこと。お金を必要とする都会的な生活ではなく、「ク」を中心とした自給自足的な村での生活を営んでいくための必要なお金を得るための方法の1つが、たまたまあったコーヒーだった、ということが興味深い。コーヒーに出会ってから、それぞれの人が複数の店舗を構えたり、豆やバリスタとして海外でも賞を受けている。相当の努力を積んでいることが伺えた。

 

 

豊かさについて

 

よくあるテーマだが、「豊かさ」とは何か、を今回のツアーでも感じ、考えることがあった。ツアー前、1月に行ったモルディブは8年振りの訪問だったが、首都や地方の島での大きな発展が見られた。首都から橋で繋がれた隣の島では、埋め立てによる開発が大きく進んでおり、20階建てのマンションが数え切れないほど建てられていた。

 

30代になるホストファミリーの子や友人は、ローンを組み、その小さいが高価格の部屋を購入していた。地方の島でも発展している様子は見られたが、庭にはココナツやバナナ、マンゴーの木をはじめ、野菜が植えられており、1人あたりの居住スペースも圧倒的に広かった。モルディブもお金が稼げる仕事を求めて首都に集まり、生活費が高くなり、子育てが大変になり、子どもが減少し、家族が離れて住むようになる、という日本と同じような道を進むのだと感じた。

 

ツアーの最初に行ったパペ村で、物質的ではない豊かさを感じた。それは、上に挙げたように自然の一部として存在しているところや、焚き火を囲みお酒を飲みつつ歌を歌い合い、話を聞く時間、灯りが少ないからこその美しい星の輝きなどから感じられた。

 

ノンタオ村に移動し、夜ビールを片手に散歩していたところ、家の庭でカラオケをしていた酔っ払い3人に誘われ、参加することになったが、静かな夜をぶち壊してしまっている酔っ払いたちの歌声に残念な気持ちになった。また、泊まらせてもらった家でも、テレビかラジオの声が聞こえてきており、その一方的に発せられる音に違和感を覚え、パペ村の物質的ではない豊かさを改めて感じた。


 


もちろんノンタオ村でも豊かさを感じた。ジョニさんたちのカフェやオシさんの家、スウェさんのゲストハウスは、シンプルでありながらも快適でリラックスできるものだったし、ジョニさんの森になっている裏庭は、それらの木々や植物は食べられるものや使えるものが多く、自然の一部に生活しているような感覚を味わうことができた。

 

今回、豊かさを一番感じたのが、ツアー後、再びパペ村を訪問し、数日一緒に作業を行わせてもらい、村を出る時のこと。たまたま作業も休みの日で、一緒に作業した人たちの家へ挨拶をしに行った。山で一緒に作業していた人たちの中には、姉妹とその旦那さんたちもいて、その人たちが隣近所に住んでいるのであろう、一緒に過ごしていた。それぞれがしゃがんで話をしていたり、洗濯物を干していたり、と普段通りの生活をしていたのだろうが、その光景を見て豊かさを感じた。

 

当然豊かさにはその人それぞれの価値観があり、人それぞれ感じ方は異なるが、私にとってのそれは、いつもと変わらないシンプルな日常だったのかもしれない。昨今の戦争や政治・経済状況から、いつ今の社会・貨幣経済が破綻するかわからない状態になっている。

 

その中で、パペ村の人々も、もちろん外から買ってきているものがある以上、影響は受けるだろうが、日本の多くの場所よりも圧倒的に影響は少ないのだろうと感じた。それは、生死に関わるものではなく、少し不便になった、という程度のことになるだろう。その安心感こそ、今の時代の重要な豊かさの一つになると思う。

 

 

まとめ


 

今回、ツアーに参加して本当に多くの刺激を受けることができた。冒頭に書いた通り、それらは私が今行っている仕事につながるもので、昔の日本人が普通にしていたことだったのだろうと思う。それは、自然の一部として生きることであり、祈りをもって自然に接する、ということ。 日本人もカレン族の人々も、世界経済の影響に巻き込まれて変化してきた。

 

その中で、日本では失われてしまった、生き方の根源のようなものを、彼らの暮らしの中で実際に見ることができたように思う。パぺ村を再訪し、彼らと一緒に山に入ったとき、彼らが作業している姿を見て、日本でも昔、里山でこのような姿が見られたのだろうと想像した。

 

自分の同世代の人々が、自分の立場や境遇を活かし、活躍している姿を見て、いい刺激を受けた。今回のツアーに参加し、タイの方々、辻さん、馬場さん、中村さん、参加者の皆さんに会い、お話を伺えて本当によかった。今の日本の状態に合う方法で、自然の一部である、という感覚を取り戻す暮らしができるよう、ジョッカドも見習いながら模索していきたい。




1件のコメント


sully min
9月14日

I found this reflection especially meaningful because the tour seems to have offered more than a trip—it gave the writer a chance to rethink how people relate to nature and community. Seeing traditional ways of living firsthand and meeting people who are putting those values into practice sounds genuinely inspiring. That idea of learning through experience also connects with SoFlo Wheelie Life, where improving movement and control comes from hands-on practice.

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