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亜美さんと非戦  藤井芳広



亜美さんのこと、書こうと思いながらなかなか書く気になれず書けなかったんですが、今日、3月3日は、思い出深い日で、亜美さんのことをとても近く感じ、書きたくなったので書いてみたいと思います。


2003年の12月、その年の3月からアメリカが始めたイラク戦争に、日本も自衛隊を派遣しようとしていました。それに対し、亜美さんが、ナマケモノ倶楽部のメーリングリストで、憲法9条を背中に書いた背番号9の「japan as no.9」Tシャツをつくって何かアクションを起こさないかって呼びかけてくれて、僕も含めて、自衛隊のイラク派遣に対し何かアクションをしたいと思っていたナマクラ会員が続々と賛同の表明をして、みんなでナマケモノ9LOVEというグループをつくって活動を始めました。

その活動にナマケモノ倶楽部以外の人も仲間に加わって、ナマケモノを外して「9LOVE(クラブ)」というムーブメントになりました。


そこから、いろんな国の言語で9条を書いた9Tシャツが生まれていくんですが、最初に一緒につくったのが、イラクの子どもたちが劣化ウランで被ばくしている状況を受けて、イラクの子どもたちの医療支援のためにつくったアラビア語バージョンで、それをイラク戦争開戦から1年の2004年3月20日に完成させようと準備を進める中で、9LOVEのプロモーション動画をつくろうってことになり、2004年の3月3日に撮影をしました。3×3=9なので。



Black Eyed Peasの「Where is the love?」のパロディで、「Where is the 9love?」っていう名前にして、音楽も勝手に使って、町中に「9」を貼って9が増殖していくミュージックビデオをつくりました。


人形の「久月」の「久」に「9」を貼って「9月」にしたり、相撲の九重部屋の看板に「9」を貼って「9重部屋」にしたり、ゲリラでそこら中に9を貼って、撮影したら剥がして逃げるみたいな感じでひたすら撮影してました。


そこからゲリラのおもしろさにはまって、いろんなところをジャッ9(ジャック)しよう!ってなって、渋谷のスクランブル交差点を許可なく9Tシャツを着て埋め尽くす「渋谷スクランブルジャッ9」っていうパフォーマンスをしたり、ジョンレノンミュージアムに大人数で9Tシャツを着て行って観覧するっていうジョンレノンミュージアムジャッ9をしたり、思いついたことを思いつくままにやってました。


>>「マガジン9」で紹介された「スクランブルジャッ9」の記事


その時に、オノヨーコさんはすごいねってなって、ヨーコさんに9Tシャツ着てもらおう、イベントに出てもらおうって言って、何とかならないかっていろんな人に話に行ったりして、その度に新しい出会いがあったりして、オノヨーコさんは呼べなかったけど、イベントはいろいろ開催しました。


僕もそうだったけど、亜美さんも生意気で非常識で怖いもの知らずで、でもとどまるところを知らなくて、明るくて元気で、まわりを巻き込む力があって、一緒にいるだけで世界を変えられるような気がしました。


9LOVEをやりながら話していたのは、戦争に反対するんじゃなく、平和を表現し、つくりだそうってことでした。憲法9条を守るんじゃなく、憲法9条に新しい命を吹き込んで自分たちのものにしようって話してました。


今、大切なのは、平和を表現することだと思います。こんな時こそ。ナマケモノ倶楽部らしく。



 

その後、僕は日韓交流に力を入れるようになり、韓国でも、イラク戦争に韓国軍が派兵されたことをきっかけに、良心的兵役拒否をする若者が増えていて、そんな若者たちと一緒に韓国を歩きたいと想い、2009年に韓国を一周歩く「walk9/韓国巡礼」をコーディネートし、韓国を憲法9条の話をしながら歩いて、そこで今もつながる仲間がいっぱいできて、それをきっかけに2010年に韓国から近い福岡・糸島に移住することになり、それによってナマケモノ倶楽部とも少し疎遠になるのですが、2019年に(9年ぶり!)理事に復帰し、僕はそれまで9年間糸島で森づくりに力を入れていたので国内の森を豊かにしていく活動をしていきたいと提案したら、亜美さんも宮崎で森づくりに力を入れていて、それに賛同してくれて、一緒に「Be the Forestミーティング」というオンラインイベントをやることになりました。


毎回ゲストを呼んでお話しを聴きつつ、森になろう、森から学んで森のような社会をつくろうってことを目指していて、1年前の2021年の2/27~28に、宮崎の綾町に、その取材のために一緒に行きました。


その時綾の人たちは、昔やっていた雛山という行事を復活させようとされていて、3/3の雛祭りに向けて、森の中で大きな雛人形を彫っておられました。それを見た亜美さんが、昔僕が語っていた木の仏を彫るって話を覚えていてくれて、それは多分、スローアートとは木をうまく彫るんじゃなくて、彫りながら自分の内の仏を表すことなんだみたいな話だったと思うんですが、僕はそれを忘れていたのに、亜美さんがそのことを僕に教えてくれて、ふじいもんも木で雛人形彫ったらいいじゃんって笑って話してくれて、そこから僕はこの1年木で猪を彫ったり蛇を彫ったりしていて、今日、3月3日に、娘の初節句に合わせて、木でお内裏様を彫りました。妻がお雛様を彫りました。1年越しで、亜美さんとの約束を果たせたような気がしました。


そして、そのことを綾の人たちに伝えたら、

「綾でもお助けマンが今年も作りましたよ。亜美さんを想い供養させていただきます。」

「僕の木彫りの雛山、今年、バタバタしておりやらないか迷いましたが、

1年前亜美さんや藤井もんさんからお褒めの言葉を頂いたことが自信にもなり、

なんとか形にできました。亜美さんへの感謝を込めて供養させて頂きます。」

と写真とともに送ってくださいました。





僕は、森づくりやBe the Forestの活動を通して、僕らは森の一部なんだなと思うようになりました。離れていても森とつながっているのを感じています。


そして、亜美さんは森になったんだと思っています。

生きてる時から森の一部だったし、今も森にいると感じています。

森に行けば会えるし、森に行けば話せると思っています。


亜美さんがつくろうとした森をつくれるように、

亜美さんがよみがえらせようとした森と人との関係性をよみがえらせられるように、

亜美さんがつくろうとした森のような社会をつくれるように、

これからより一層森づくりに力を入れていきたいと思っています。


9LOVEを始めた時のように、またみんなで力を合わせて、平和をつくりだし、森を豊かにしていけたら嬉しいです。


Be the Forest!


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