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  • 執筆者の写真辻信一

“しあわせの経済” フォーラムから、一年 (その3)


ラダック、ラマユル村

小林武史:さっきヘレナさんも言ってたことだけど、やり方というか、ルールのようなものを踏まえて、知恵と謙虚さをもってやっていくことさえできれば、人間がやれるいいことってたくさんあるんだと思うんですよ。


一方、東京のような大都市のことを思うと、こんなに人が集まってんのに、ビジョンもヘレナさんの言うビッグ・ピクチャーもなしに、近視眼的に、経済の理屈だけでガーッと突き進んで。看板に大きく「あなたの豊かさを実現します」って書いてあるようなイメージですよね。


個人の自由とか豊かさとか、はもちろん大事だと思うけど、今までこう生き物として、こういうことはちゃんと大切しないといけなんだっていうルールのようなものをすっ飛ばして、物質的な豊かさに釣られて、都市に人が集まる。でも、人は集まれば集まるほど、かえって孤立が起こるし、さっきヘレナが言っていたように、うつや孤独死が大きな問題になっている。

辻:そうですね。これもヘレナの言うとおり、環境問題と、心の病が世界中に広まることとは、決して、二つの別々のことじゃなくて、実は同じ根っこから来ているということですよね。そう言えば、小林さんはラダックにも、行かれているんですね?


小林:そうなんですよ、ヘレナさんと15年前にお話して、すごいラダックにも興味をもってですね、10年くらい前に行ってきました。ただ、案内してくれた人が、ぼくを相当な旅行通だと思ったらしく、この時期に行くっていうのがいいって言ってくれたのが3月で。

辻:それって冬ですよね。いきなり冬のラダックですか(笑)。

小林:もちろんオフシーズンなので、行ったら、結構、閑散としていて(笑)。着いたら、ホテルの人がニコニコ笑いながら、バケツにお湯一杯もってきてくれて、これで頑張ってくださいね、みたいな。水洗式のトイレも全部凍ってるんですよ。シャワーも全然でないし。そんなラダックを経験してですね、その何日間かがぼくを成長させるてくれたわけです。何て言うんですかね、そうか、こういうことだよね、無駄のない暮らしって、というような、いい経験をさせてもらいました。


冬のラダック

辻:そうでしたか。ぼくも20年前にヘレナに出会って、すぐ『懐かしい未来』を読んで感動してね。それでラダックに行き始めたのが、小林さんと同じ10年くらい前なんですよ。それ以来、5回行きました。ヘレナに対して、よくあるのがラダックのことを理想化し過ぎているっていう批判なんです。彼女の本は、伝統的なラダックをあまりにも薔薇色に描いているって。


でも皆さんね、ラダックに行ってみると、驚くのは本当に元々の大地は月面状態なんですよ。標高3千メートルとか、4千メートルのヒマラヤの高地の、どう考えたって、こういう所に人は住めないだろうとぼくらが思うような岩と砂ばかりの砂漠のようなところに、もう千年間も、しかもただのサバイバルじゃなくて、とても豊かに、楽しげに、幸せに暮らしてきた人たちがいる。それは持続可能なんていう言葉じゃとてもいい表せない豊かさです。


大事なことは、豊かな恵みが元々あるところに人間が住みついたというよりは、人間が住みつくことによって、水が引かれ、生物多様性が増え、鳥がやってきて、虫がやってきて、森ができて、生態系が豊かになっていったことです。


ぼくらはともすると、人間が住めば、環境に負荷を与えて、自然が劣化するのは仕方のないことだ、と思いがちですよね。でもラダックでは人間が住むことで、自然が豊かになっている。その豊かさのおかげで、逆に、人々も豊かで幸せな暮らしができるようになった。


これってぼくたちから見ると、遥かかなたの遠い話に見えるけど、よく考えてみると、実は日本だって、今、「里山」と呼ばれているものというのは、まさにラダックと同じように、人間の持続可能な暮らしが、かえって生態系を豊かにしている。そういうことですよね、四井さん。

四井:そうです。ぼく自身の今の暮らしも、実際にそうなってますし。例えば、うちが住んでいる山の斜面っていうのはすごく痩せた土地だったんですよ。でもぼくら家族がそこに住むことによってだんだん豊かになっていった。


井戸水が汲みあげられる。使った水が、排水として流れる。その水もいろんな生き物が利用するような仕組みにすることによって、水がきれいになり、生き物にとっての糧や住処がつくられる。それにぼくら家族が気がついた時、人間の存在っていうのは環境を壊すんじゃなくて、豊かにすることができるんだということを子どもたちは学んだんです。そして、それと同じことはいろんな場所で起こるんだ、と。


ラダックだって、元々は他国が攻めていくほどの価値がない場所だったから残ったと思うんだけど、でも、そのおかげで、人々がそこに住んで、その限られた範囲の中で、豊かさを引き出す術を生み出し、豊かな文明を気づけたと思うんですよ。でも、そのラダックでもやっぱり、外の世界を見てしまうと、人々の心も変わりつつあるのかもしれませんが。


でも一方で、世界中の人たちは今、地域それぞれの豊かさ、ローカリゼーションの中での豊かさというものが、どういうものかというのを、もう再認識し始めていると思うんです。特にかつての日本なんていうのは、うんちやおしっこや他のいろんなものがちゃんと地域で循環する仕組みがあったわけですから、立派なモデルじゃないですか。本当に、戦中戦後まであったんですから。


辻:小林さん、ぼくたちはここ戸塚の駅のそばにある善了寺というお寺の中のお堂で、「ゆっくり堂」というカフェをやってましてね、そこにこの前、四井さんをゲストでお呼びしたんです。雨で、四井さんがちょっと遅れてきて、たくさんのお客さんが待っていた。やがて雨に濡れた四井さんが到着したんだけど、なんか大きなものを抱えてカフェの中に入ってきたんです。それがなんとトイレだったんですよ(笑)。

四井:コンポスト・トイレですね(笑)。

辻:だから、ぼく言ったんです。どこへ行く時もマイ・トイレ持って歩いてんのかって。カフェだから、トイレくらいあるよって(笑)。すると四井さん、すかさず、「これは今朝トイレしてきたまんまなんだけど、ちょっと臭い嗅いでみてください」って、いきなり僕の顔に突きつけてきて(笑)。おっかなびっくりに嗅いでみると、確かに全く臭わない!これが四井流のパーマカルチャー教育なんですね。

四井:そう、実は、汚いと思われているものにこそ意味が凝縮されていて、それがまた次の生き物にバトンタッチすることで、地球の仕組みが動いていく。だから、ぼくらが一番身近でできることは何かっていうと、その循環を動かすために普通に暮らすことなんですね。でも今、普通に暮らせない状態になっている。


例えば、用をたすと水に流されて、それは下水処理場に流れ込み、川に流れ、海に流れていってしまう。つまり、食べたものの栄養分が、元の農地に戻らないわけです。下水道が普及している国っていうのは半世紀近く、それを続けちゃっている。ぼくは元々、土壌分析の仕事もしていて、全国からいろんな土を預かっては分析してたんですけど、もう栄養分はすっからかんです。生ごみとかを堆肥化して循環するっていうことは、わりと普及してきているんですけど、下水っていうものを見過ごしているんです。


だから、クルック・フィールズは、そういう意味では、堆肥化ってこともやってますし、あと下水、トイレとか、キッチンとかの排水も、ちゃんと循環されて、全てがそこで回るような仕組みにデザインしたんです。

小林:まあ、水洗なんですけど、浄化槽に入ってって、また流れていって。

四井:そう、コンポスト・トイレではないんですけど。

小林:電気も、今回のあの台風で、かなり懲りましてね。これまでは売電もある程度、選んでたんですが、これからは電気の自給自足ということをきちんとやりたいと。ほぼほぼ、来年の夏過ぎくらいにはオフグリッドにできそうなんですよ。

辻:オフグリッド、皆さん分かりますね? グリッド、つまり電線を張り巡らせたあのしくみから離れて、家ごとに、地域ごとに、あるいはコミュニティごとにエネルギー自立していくという。

<水循環システムのスライドと説明>

小林:この様に、水が浸みだすように、ゆっくり流れているんですけど。最近PENという雑誌が、サスティナビリティ特集をやって、そこでもクルックフィールズを紹介してくれているんですが、その雑誌の表紙の写真は、四井君がやったこのバイオ・フィルターの流れでできる、いわゆるビオトープなんです。あそこには他にもアート作品をいろいろおいているんですけど、「これだよ、アートっていうのは」っていうくらい、本当に美しいものになっているんですね。

四井:いやいや。小林さんはいつも「四井はなんでそんなきれいなものつくれるの?」って言ってくれるんですけど、でもそれはぼく自身の能力じゃなくて、自然が美しいだけなんですよ。

辻:クルックフィールズの敷地は元々は荒れ地ですよね?

小林:はい、元々は開発で出た残土を東京から受け入れている場所だった。ただの茫々とした荒野だったんですね。

辻:そうか!

四井:自然が美しい、そして、日本の文化が美しいだけであって。でも、だからこそぼくらっていうのは本来、美しいんですよ。だけど、今おかしな方向にベクトルが動いてしまっているから、醜いものを生み出しちゃっているし、景色も混沌としちゃっている。でも本来の自然って、もっと秩序があって美しいじゃないですか。


ぼくらもその秩序の中にね、ちゃんとデザイン落としていったり、それなりの暮らし方をするだけで、ちゃんと豊かになる。汚いものもきれいになったり、死んだものも生き返ったり、すべての循環が起こる。そうなるように、ぼくらの世界のしくみを変えることこそが、これからやるべきことだと思うんです。


クルックフィールズに来た人たちが、「あっ、こういうふうにやればいいんだと」と思えるような実例になれるといいと思うんです。1990年代の終わりにナマケモノ倶楽部も、あとぼくが関わっていたBe Good Caféも動き出した。オシャレな感じで環境を訴えるコミュニティカフェとかが動き出した時期でもあった。そしてap bankが2003年に動き出した時は本当にワクワクしました。そういう意味では、ぼくにとってその頃は環境活動の黎明期。


2005年には、アル・ゴアが不都合な真実で、地球温暖化を世界的に訴えた。その後、震災とか色々なことがあって、ap bankともつながってボランティア活動をしていたんですけど、その延長線上に、クルックフィールズがあるっていうことですね。

辻:なるほど、そんなふうにつながっていたんですね。


小林:宮城県の石巻の被災地でずっとやっているフェスティバルがあるんです。被災地は、あれだけ大きな自然災害を受けて、それ自体は大きなネガティブだと思うんですけど、だからこそ生まれてくるポジティブっていうのが本当にあるんですね。やはり、ネガとポジってつながっているんだっていうことなんです。

四井:本当にそうですね

小林:ネガだとぼくらが考えるものっていうのは、もしかしたら、単なるネガじゃないかもしれない。先程、パレスチナのゲストからのお話もありましたけど、大きな困難に見舞われているところに、すばらしい可能性があるかもしれない。ヘレナさんの言うビックピクチャーとは、その両面を見ることだと思う。そのビッグピクチャーを感じて生きていくことが大事なんだなって思います。

辻:そろそろ時間になりました。振り返れば、ぼくが日本に帰ってきてずっと感じてきたのは、平和の問題には反応するという多くの人が、驚くほどエコロジーとか生態系とかっていうことに対しては、関心がなかなかない。逆にエコ派は、平和に関心がない。そこが切れている。


その中で、小林さんのこの間の活動って凄く重要だったなって思うのは、そこがつながっているということなんです。それがあの「いのちの手触り」っていう、あの言葉として表現されているんじゃないか。クルックフィールズの中で、それが四井さんの「いのちの仕組み」と合流したことで、この新しい時代の入口になるような場所ができたんだという流れが、今日は見えてきました。


今後、そこからどこへ向かっていくのか、最後に一言。

小林:あらためて、今日のヘレナさんのお話のビックピクチャーですね。ぼくは音楽の人間なんで、どうやったら自然と、人々と響き合えるか、というイメージで。

辻:「協奏」ですね。

小林:プロデューサーとしても、企画や場づくりというのを、まあ、ちっちゃなものから大きいものまでいろいろやりながら響き合っていきたいなと思いますね。

辻:音楽活動とこのクルックフィールズっていうのは一体ですか。

小林:そうですね。あらためて今、音楽でやりたいことのビジョンみたいなものが、クルックフィールズをつくることでよく見えてきたりしてるということもあるので。

辻:クルックフィールズのこれからを楽しみにしています。皆さんもぜひ訪ねてみてください。小林武史さん、四井真治さん、今日はどうもありがとう。

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