はじめに:人間を幸せにしない経済
経済って何だと思う? あなたはたぶん経済の専門家ではないだろう。ぼくもちがう。どちらかと言えば、経済とか経済学とかには縁のうすい人間だと思ってきた。あまり縁がなくてもいいや、という思いもあった。はっきり言うと、嫌いだった。あなたにも思い当たるかもしれない。いやーな波動がそっちから流れてくるような・・・。
実は、この本は経済についての本だ。と、言い切るのにはちょっとした勇気がいるのだが、言ってしまおう。ぼくがこの本で書きたいこと、それは、経済というもののせいで、人間が不幸せになっている、ということだ。それは、社会がよりよい場所になり、本当の意味で豊かになるのを邪魔している。そして人々が幸せになることを妨げている。いやそればかりか、それはますます大きな力をもって人々から幸せをとり上げたり、たがいにたがいの幸せを壊し合うようにし向けたりしている。貧乏人だけではない。裕福な人も、この経済というシステムの中で幸せになるのはいよいよむずかしくなってきている。
もちろん、あなたが、不幸せだとして、その理由はいろいろあるだろう。その多くは一見、経済システムとは何の関係もないように見えると思う。でも、そのあなたの不幸せが、間接的にではあれ、社会の経済的なしくみと関係している可能性は極めて大きいと、ぼくは考えている。
カレル・ヴァン・ウォルフレンは「人間を幸福にしない日本というシステム」と言った。ぼくはそれにならって、「人間を幸福にしない経済システム」と言おう。かつて、経済競争に勝ったものが幸福で、負けたものが不幸だという物語があった。でもそれはもう古い。実は、今の経済システムには勝ちも負けもなく、誰もが負けるという不幸な社会があるばかりなのだ。そして、経済優先をこのまま続ければ、地球温暖化が加速して、ついに・・・。経済こそ、ぼくたち人類が抱え込んだ最大の不幸だということがますますはっきりとしてきている。
ではどうしたらいいのか。ぼくには、今の経済をもうひとつ全く別の「経済」ととり換えるしかないと思えるのだが。みんながより幸せになれるような社会的な条件を整えるものとして経済をつくりなおすのだ。そして経済学を、人間が幸せになるための方法を考える学問につくりなおし、今のシステムに奉仕しているだけの経済学と置き換える。それを「幸せの経済学」と呼ぼう。
夢みたいな話? まあ、そう言われればそうだけど、夢を語れることも、幸せの大事な条件。まずはぼくやあなたのようなしろうとたちがせっせと夢をみることからしか、何ごとも始まらないのではないか。
さて、この本でぼくはまず、「幸せ」という言葉の使いづらさについて考えてみたい。そして次に、経済の中心概念である「豊かさ」という言葉に注目しよう。なぜなら、これまでの物語では、「豊かさ」こそが、「幸せ」の最も大切な条件だと考えられていたから。ぼくは、ここに大きな罠があると考えている。事実はむしろ逆で、「豊かさ」こそが、今世界中で異常増殖している「不幸せ」の最大の原因なのではないか、と。
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ミヒャエル・エンデの『エンデのメモ箱』の中に、こんな話が出てくる。頭の準備体操のつもりで、読んでもらいたい。
遺跡発掘に向かう探検家たちの一行がジャングルを進んでいた。荷物運びとしてインディオと呼ばれる先住民が何人か雇われていた。彼らはみな屈強で、重い荷物を背に黙々と歩いた。最初の四日間は日程表にしたがってスムーズに進んだ。だが五日目にインディオたちが突然、進むことを拒否した。彼らは無言のまま、輪になって座りこみ、どうしてもまた荷物を担ごうとしなかった。探険家たちは困って、賃金を上げるからと言ってはなだめたり、ののしったり、しまいには銃で脅したりしたが、インディオたちは動こうとしない。探検家たちはもうどうすることもできなかった。
そうして二日経った。突然、インディオたちがいっせいに立ち上がり、荷物を担ぐと、命令も待たずに、また目的地に向かって歩き始めた。探険家たちにはいったい何が起こったのか、まったくわからなかったが、インディオたちは説明しようともせずもくもくと歩き続けた。またいく日か経った後、あの二日間のことをきかれたインディオのひとりはこう答えた。
「早く歩きすぎた。だから、魂が追いついてくるまで待たなければならなかったのだ」
先住民にはジャングルを行くのに魂が必要だったという。その魂とはなんだろう?
それに答えることはできない。しかし、ぼくには「魂のこもった音楽」、「魂のこもった仕事」、「魂のこもった言葉」といった言葉の意味がわかっている、という気はする。「真心のこもった」という時の「真心」という言葉の意味と、「魂」という言葉の意味とはほとんど重なっている。真心のこもった料理にぼくの真心は共鳴し、魂のこもった歌はぼくの魂を揺さぶる。そういうことは確かにある。
「幸せ」とはなにか? それに答えることはぼくにはできそうもない。でも、それが魂のある、なし、に深く関係しているような気はする。ぼくという存在はつながりからできている。モノとのつながり、人とのつながり、コトとのつながり。つながりには魂のあるつながりと魂のないつながりがあって、魂のあるつながりが、ぼくを「幸せ」にする。
そこで、魂を「幸せ」と読み換えてみる。そして、あの探検隊の話を、現代社会に生きるぼくたちにおき換えてみる。「豊かさ」を求めるぼくたちは、あまりに先を急いだので「幸せ」を置きざりにしてしまった・・・。
すると、いくつかの問いが浮かんでくる。はたして「幸せ」は、ここで先住民たちのように円陣を組んで待っていれば追いついてくるものだろうか? 引き返したほうがよくはないか? そもそも「幸せ」を失ったのは急いできたせいだけだろか? もしかしたら、行く先をまちがっていたのではないのか?
「たとえ全世界を手に入れても、その途上で魂を失うならば、何の得にもならない」。これは新約聖書にある言葉だ。豊かさを得ようとして不幸せになるなら、何のための豊かさだろうか?
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経済が苦手なあなたにこの本を読んでもらいたい。そして、「幸せ」という言葉をまだあきらめてしまわなかったあなたに。
辻 信一
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