朝顔の蔓のゆくへは 選挙を前に
- 辻信一
- 33 分前
- 読了時間: 4分

明日は選挙だ。選挙の前には、いつも重い気分になる。それは、ぼくが一票を投じる候補者が当選することがほとんどない、という理由だけならまだいいのだが、それだけではないようだ。結果が全てを正当化して、プロセスを無化してしまうという虚しさ。あらかじめ「選挙の争点」から排除されている深刻な問題群の山。その一つ一つを生死に関わる問題として抱えながら、なすすべをもたない膨大な数の人々。
今回も猛暑や豪雨の中を駆け回っている候補者とそのチームの誰も、気候危機などこの星のことかと言わんばかりだ。ぼくの住んでいる地域の選挙区から出て、閣僚にさえ名を連ねるまでになったある政治家について、地元民が知っていたのは、町中に貼り巡らされたポスターにある彼の所属政党と彼の顔。彼が何者で、何を考えているのかを微かに伝えるのはたったの一文、「大切なのは実現すること」。あれから彼は何回当選したろう。以来、彼が何を実現したのか、今は何を実現するつもりなのか、大多数の人にとって不明のままだろう。いや、彼自身にとってさえ、それは重要ではないのかもしれない。ぼくが知っているのはただ、彼が選挙に勝って、権力を手にする、という目標を実現したということだけだ。
いや、この辺にしよう。とにかく、明日は選挙に行く。気分が重いとかというのは行かない理由にはならない。
ぼくは若い時にはブルジョア民主主義だと言って選挙をバカにして行かないまま、海外に暮らした十数年も選挙とは縁がなく、40近くで日本に帰ってきてはじめて投票した。今は、その失われた年月の分まで取り戻すくらいの気持ちで、真剣に投票する。亡くなった家族の分まで。戦前、戦中に日本人であることを強制され、戦後、今度はそれを剥ぎ取られ市民権さえ与えられないまま現世代に至る在日コリアンをはじめ、“外国人”という名で括られ、選挙から排除されている376万人の分まで。ああ、これが一票の重さというものか。
選挙前のぼくの憂うつを晴らしてくれる言葉を以下に掲げよう。
「(ヘイトスピーチの矛先を向けられた側には)日本国籍を有さないため、投票という手段で直接声を届けることができない人々もいます。私自身は、そうした人たちが共に、生きやすい社会になるために何が必要かを考え、投票に臨みたいと思います」(安田菜津紀、フォトジャーナリスト)
(日本人にとって)ほとんどまた肉体的に対峙するものとして在日朝鮮人の集団があるということはね、われわれの日本の未来を考えるうえで、日本のつくりかえという、いつできるかわからいような絶望的な課題に私たちがたちむかう時の、おそらく最も重大な力の源泉なんですね。わたしは自分の思想を信じる以上に、在日朝鮮人が六十万人いるという事実の重さを信じる。(鶴見俊輔、思想家)
「人生はシリアスであり、同時にシリアスではない。人はまず、自分が幸せに感じることをしたらいい」(大坂なおみ、テニスプレイヤー)
「確かに暗い。でもそれはきみが頑張りすぎているからかも。軽く、明るく、そう、軽やかに、明るく。何をするにも軽やかに、明るくできるようになれるといいね。そう、深く感じるのはいいことだ。でもそんなときにさえ、軽く、明るく。そうして、ものごとを受け入れ、それに軽やかに明るく対処する。背負い込んでいる荷物は捨てて、進もう」(アルダス・ハクスレー、作家)
「わたしのくにはくにではない、それは冬
わたしの庭は庭ではない、それは平原
わたしの道は道ではない、それは雪
わたしの巨大な孤独のくにから
沈黙に先がけてわたしは叫ぶ
地上のすべての人間にむけて
わたしの家、それはあなたがたの家
わたしを囲む氷壁のあいだに、
わたしのときと私の空間をつめて、たき火のしたくをする
その場所は地平の上の人間たちのもの
彼らはわたしの民族」
(ジル・ヴィニョ「モン・ペイ」ケベックの詩人・歌手)
「きみがいい写真を撮れないのは、あと半歩の踏み込みが足りないからだよ」(ロバート・キャパ、写真家、鶴見俊輔訳)

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