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執筆者の写真信一 辻

答えはすぐ足元に  映画『君の根は。』に寄せて



本日、10月12日、ドキュメンタリー映画『君の根は。 大地再生にいどむ人びと』の上映運動が始まった。それは、今、ぼくが仲間たちと取り組んでいる大地再生キャンペーンの一環だ。この映画とこのキャンペーンについて、以下、ぼくの思いを述べたいと思う。


まずこの映画について説明しよう。「君の根は。」というダジャレっぽい日本語版タイトルは、この映画(原題To Which We Belong)に共鳴してくれた詩人のアーサー・ビナードがつくってくれたもの。日本語字幕はぼくが担当した。この映画を見つけてきたのは、ぼくの友人であり、日本における大地再生農業の先駆けである北海道長沼のメノビレッジ農場のレイモンド・エップ。この映画をぜひ日本に紹介したいという熱意にぼくも共感し、共同で翻訳・上映権を得て、日本語版を制作することとなった。

日本の大地再生農業の先駆け、レイモンド

そして今日、10月12日、この映画は、メノビレッジに隣接する「あざらしとしろくま」で初公開された。アーサーも駆けつけてくれたはずだ。そして数日後には、海外に旅立つ直前のレイモンドを関東のある場所にゲストとして迎え、ぼくがホスト兼通訳を務めて、これも初めてのオンライン上映会を開催する。17日と19日には東京の映画試写室にて上映会を開催、上映後、ぼくが少し解説させていただく。



では、この映画をぼくがどのように評価し、そして、なぜその上映運動を手がけることになったのか、について述べよう。


まず、レイモンド同様、ぼくは『君の根は。 大地再生にいどむ人びと』が、大地再生(リジェネラティブ)という考え方を、広く理解してもらうためのよき教育ツールになると思っている。それは、ネットフリックスで数年前から上映され、リジェネラティブ・ブームの立役者にもなった人気ドキュメンタリー映画『キス・ザ・グラウンド』に比べて地味ではあるが、内容的には劣らないばかりか、『キス・・・』にはない長所をもった映画だとぼくは思う。


さて、ぼくたちが「大地再生農業」と訳しているリジェネラティブ農業だが、『君の根は。』では、例えば、こんなふうに説明されている。

「大地再生農業とは、次のいくつかの方法でこれまでの農業を変えることです。土を耕すことをやめる。カバークロップ(被覆作物)などで土の表面を覆う。化学的な肥料と農薬を劇的に減らす。工場式牧畜をやめ、家畜を放牧する。家畜はカバークロップを食べ、排泄物として炭素を土に戻す・・・」(デヴィッド・ペリー)


ではなぜその大地再生農業が世界中で注目されているのか。簡単に言えば、映画の中で作家のジュディス・シュワルツが言うように、「食料を栽培する方法が気候変動の解決策にもなる」からだ。彼女はこうも言っている。

「地球の気候システムに巨大な問題が起きているのです。水・栄養・エネルギーの循環サイクルも狂っている。でも今、農家や酪農家の運動が起きています。自然に寄り添い、土壌を回復し生態系のサイクルにバランスを取り戻す・・・」


今では、世界のあちこちで合言葉となった言葉が、この映画にも、登場する。

「解決策は私たちのすぐ足の下にある!」

そう、ぼくたちはA Iとかロボットとかのハイテクにこそ食と農の未来があるかのような幻想を追い求める代わりに、足元、つまり、土にこそ目を向けるべきなのだ。そしてそれは、何も農家だけではなく、ぼくたちみんなに言えることだ。


なぜなら、人間の健康は、土の健康に全面的に依存している。大地の生態系の健康と、自分の健康は切り離し難くつながっている。自然を破壊し続けて、自分だけ健康であることなどできるわけがない。ワン・ヘルスなのである。健康というものの見方をこのように転換するのと同じように、これまでの人間を主語とする人間中心の農業や牧畜からの転換を図ること、そして自然界の一部としての人間の営みとして「農」を再定義すること、それが大地再生農業というものの意義なのだと、ぼくは思う。


これまで、リジェネラティブ農業と言えば、アメリカ中西部の穀倉地帯の巨大な農場を連想する人も多かったと思うが、『君の根は。』にはアメリカの比較的小規模な家族経営の農場や牧場の人びとが登場して、いかにして彼らが、化学肥料・農薬・G M O(遺伝子組み換え)が当たり前の慣行農業から、大地の再生を最優先にする農業へと転換を遂げたかという、プロセスが描かれている。


アメリカだけでなく、アフリカでは、炭素を豊富に地中に蓄える草原の生態系を蘇らせると同時に、野生動物の保護と農・牧畜業の両立を成し遂げる例や、環境N G Oと上流地域の小農たちが展開した運動によって、土壌生態系が回復、保水力が上がり、農業が息をふき返したばかりか、下流の大都市の水不足が解消するという例が紹介されている。これは、何も新しいことではなく、先祖たちがやっていたことなのだ、というマサイ族の人びとの言葉も印象的だ。


また、陸地における農業だけでなく、沿岸地域における“海洋農業”が登場するのも、この映画の重要なポイントだ。元来は膨大な量の炭素を貯蔵できる藻場、干潟、マングローブ林、珊瑚礁などの沿岸生態系の急速な破壊や劣化は、気候変動の大きな要因と考えられている。そこでの大地再生型の農業によって海藻からなる水中の森の再生を図って炭素(ブルーカーボン)を固着し、同時に、衰退を続ける地域漁業を蘇らせるという試みが、この映画に登場する。映画に登場するNPO「グリーン・ウェーブ」のブレン・スミスは言う。

「気候危機の今、こうした環境海洋農業はとても重要です。なぜなら、作物(海藻)が膨大な量の炭素と窒素を吸収してくれるから。まるで海のセコイアです」


この映画には、世界各地で危機的な事態となっている干ばつと、その結果としての飢餓に対して、大地再生による土の保水力の向上という成果が描かれている。日本にはこの問題をどこか遠くの出来事だと感じている人も多いだろう。しかし、土を覆う植物の根や、地中の生きものたちによる活発な営みが土壌への雨水の浸透、そして保水をもたらすという科学的な事実は、今や豪雨の度に洪水や土砂崩れによる大被害を引き起こす時代に突入した日本列島人にとって、トンネルの先に見える光となるに違いない。


食のグローバリゼーションに対する批判は、気候危機に関する議論から抜け落ちがちだが、この映画でも背景に退いている。それでも、大地再生の営みが、地域生態系を蘇らせたり、地域経済を活性化させたり、人びとに生きがいを再発見させたりする例を通して、食と農のローカリゼーションこそが、目指すべき筋道だということを示唆してくれる。


言うまでもないが、ぼくは『君の根は。』に出てくるすべての考え方に、言葉に、実践に、賛同しているわけではない。海外では、すでに「リジェネラティブ」にグローバル大企業が群がって、その人気に便乗してビジネスに利用する、いわゆるグリーンウォッシングが横行している。この危険性に対して、この映画もまた脆弱性を孕んでいるのは否定できない。


また、アメリカやアフリカで実践され、目覚ましい成果をあげた新しい農業のやり方が、日本でそのまま通用するわけでもない。その日本でも、各地域はその気候も、土壌も、生態系もさまざまだ。大地再生とは、ぼくにとって「・・・農法」の一種ではない。ぼくはただ、リジェネラティブ(大地再生)という古くて新しい世界観を、なんとか日本にも定着させ、これまでの人間中心主義的な世界観の転換への糧としたいと願っているだけだ。


「古くて新しい」とは、例えばこういうことだ。今世界で大ブームの大地再生農業の第一の原則は「不耕起」、つまり、慣行農業のように、土を頻繁に掘り返すことをやめるということだ。これ自体が、一種の革命とも言えるほどの大きな転換だろう。でも、日本はすでに長いあいだ、福岡正信の「自然農法」や川口由一の「自然農」のように、不耕起を第一に掲げてきた先達と、そこに連なる数多くの農的実践者たちに恵まれている(ナマケモノ倶楽部・ゆっくり堂が2011年に制作したD V D『自然農というしあわせ』を参照してほしい)。また、荒廃し、脆弱になった日本各地の大地を蘇生するための営みである、矢野智徳率いる「大地の再生」運動もまた、急速に日本各地に広がっている。(まだの方は、今各地で上映運動が進められている映画『杜人(もりびと)』をぜひ見てほしい)。


こうしたパイオニアたちに学びつつ、ぼくたちはこの日本でのこれからの大地再生運動を展開していくことになる。そのために、『君の根は。』に描かれた海外の人びとによる草の根運動からもインスピレーションを受け、学び、そしてヒントを見出してほしい。ぼくはこの映画に励まされる者の一人だ。ここには、確かに希望がある。ぼくはそう信じている。


日本における大地再生運動はこれからだ。今日、10月12日に、『君の根は。』の映画上映をもって運動は動き出したばかりだ。ぜひ、あなたも、この運動を応援してほしい。そしてできればその担い手となってほしい。これは単に農民の運動ではない。地方に住む人も、都会に住む人も、山に住む人も海辺に住む人も、誰もがみな、人間観、自然観、世界観の転換を迫られている。あなた自身が当事者なのだ。


そしてしつこいようだが、もう一度言わせてもらおう。答えはすぐ足元にある。




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