2024/09/17オンライントークより
トーク:アレホ、アグスティーナ 通訳:和田彩子
コメント:辻信一
開発とエコロジー
和田彩子:私が住んでいるのはエクアドルの首都キトから北に車で2時間ぐらいに位置するコタカチ郡です。標高が2400メートルぐらい。私がここに住んでいるのはコタカチ郡が自治体として1990年代に「環境保全宣言」をしたからです。
ナマケモノ倶楽部が長い間取り組んできた、インタグ地方における鉱山開発問題というのがあります。その鉱山開発に反対する地域住民に連帯して活動する中で、10年くらい前にアグスティーナさんと出会いました。私はアンデス山脈の中腹ぐらいに住んでいますが、彼らが住んでいるのはアンデス山脈のふもとの、標高560 メートルの亜熱帯です。
エクアドルは、面積でいうと九州を抜いたくらいとほぼ同じくらいの小国です。けれども自然環境が豊かで、つまり地下資源もとても豊富なんです。石油や鉱物、特に銅が豊かで、それを採掘しようとする多国籍企業や国がたくさんあります。いわゆる先進国と言われる国々が、いろんな機器を開発していく中で、銅だとかレアメタルは欠かせない資源だからです。
マシュピ地方には金の鉱山があり、そこを開発しようとする動きがあります。その中でマシュピの人たちは鉱山開発に対するオルタナティブの一つとしてカカオ栽培とチョコレート生産に2009年から取り組んでいます。
オルタナティブを示したい
アレホ:なぜカカオプロジェクトをここで始めたか、その動機が私たちにはとても大事なことです。私たちが暮らすマシュピ地区は生態系がとても豊かなところですが、同時に鉱山開発の危機にさらされています。
開発計画を知ったのは20年ぐらい前のことです。どう対応したらよいか調べるなかで、マシュピにも近いインタグ地方で、住民が鉱山開発に反対する運動を長年行っていることを知りました。足を運んだ集会で多くのインスピレーションを受け、自分たちも運動を組織し、鉱山開発に対してどんなオルタナティブがあるかを探すことから始めました。なぜならこの素晴らしい自然を開発で壊したくなかったからです。
アグスティーナ:仲間と奔走し、2年前には鉱山開発の是非を問う住民投票の実施にこぎつけることができました。300万人の投票があり、結果は反対が70%でした。多くの住民が反対している結果を受け入れるようエクアドル政府に要請していますが、開発計画はいまだ撤回されていません。
また、ここでプロジェクトを始めたいもう1つの理由として、環境への思いがありました。この地域では慣行農業が主流です。酪農、パイナップル、パームヤシ。森を伐り開き、単一栽培でカカオを育てているところもたくさんあります。慣行農業は農薬も大量に使い、森の伐採は気候変動の大きな原因となっています。そういった農業のあり方に対して、自分たちにできることがあるのではないかと思ったのです。
大地の再生に着手する
アレホ:15年前にマシュピ農園を開き、森林農法で森の再生に取り組んできました。そのプロセスで、私たち自身も常に学びながら、試行錯誤を繰り返しています。何よりも大事にしていることは、まず大地の再生、そして、森の生態システムが持続可能であることです。その考えのもと、カカオ・ナシオナルというエクアドル固有種を植え、自分たちの収入になるような、生産性を高めることも目指しています。近代以降、人間は森や自然資源を搾取し、収入の対象として扱ってきました。一方、私たちは、森を人間に恵みを与えてくれるフード・フォーレストとして捉えています。
アグスティーナ:森は私たちに多くを教えてくれます。私たち人類は何千年もの間、森と共に生きてきたのです。多くの先住民が、大きな生態系の一部としての人間という意識をもっています。けれども、慣行農業によってその関係性が壊れてしまいました。私たちは、人間と森がかつての関係性に戻れるよう、その方法を探しています。そして、自分たちの関わりが森にいい変化をもたらし、私たちも森の一部になっていくことを意識して、森づくりに取り組んでいます。
生きた森を取り戻すには?
アレホ:今回は新しく森を再生したエリアについて、そのプロセスを紹介したいと思います。
私たちが来た当初、ここ一面は竹林でした。竹じたいは建材に使われる有用な植物なのですが、前のオーナーは森を伐り開き、竹だけを植える単一栽培をしていたのです。その結果、竹が増えすぎて光が入らなくなり、竹しかない状態になってしまいました。
自然界でも、土砂崩れなどいろんなことで木が倒れ、そこからまた新しい生命が芽生えます。竹の間伐については、ちょっとかわいそうな気持ちもありましたが、より生態系が豊かになるようにとの思いで、竹を少し切ることから始めました。
アグスティーナ:また、竹を切る前に、どんな植物を植えるかについてものすごく考えました。植物は、その相互作用によって土中、そして地上の生態系に影響を及ぼします。互いの関係性を深め、多様性の質を上げるためにはどういう植物を植えたらよいか。
さらに、自然遷移と言われますが、植物のライフサイクルで、時間をかけながら、数種類しかない植物から、もっと複雑で多様性のある自然へと変わっていきます。それを促すには、どういう植物を植えたらよいか。そのデザイン設計に時間をかけました。
私たちはカカオを主に植えていますが(左図L列)、同じエリアに微生物を増やしてくれる植物、私たちが食べられるハーブや果樹など、80種類の植物も一緒に植えています(L列、B列)。動物や植物、根っこに集まる微生物…、それぞれが生きやすいエコシステムをつくることで、生きた森を再生していきます。
トマトやピーマン、パパイヤなど、ほとんどの野菜は種から植えます。カカオのようにちょっとデリケートなものは苗床で育ててから移植し、また枝を切ってそのまま刺す「挿し木」で植えるものもあります。
アグスティーナ:どんな植物を植えていくかを決めるには、段階があります。まず最初に考えるべきは、自分たちのフォーカスはどこにあるのかということです。カカオの場合、森の中ではわりと低木で、日陰を好みます。逆に光を必要とし、カカオに日陰を与えてくれるよう、早く育つ植物はトウモロコシです。だいたい3ヶ月ぐらいのライフサイクルです。
そういうことを踏まえて、カカオとトウモロコシを一緒に植えると、トウモロコシが先に育ち、カカオに日陰を与えてくれます。 そういった相互作用を考えて植えていきます。
アレホ:また、その植物が土にどんな栄養を与えてくれるかも重要です。成長が早くて、有機物を土に与えてくれる植物は何か。それを知るには、隣人の農園を観察することが大事になってきます。 私たちも、近くで50年ぐらい農業を営んでいる方に、昔からの知識や、それまでずっと観察してきたことに学び、自分たちの畑で活かしています。
例えば、自然に木が倒れたところに一番早く生えてくる植物は何かという観察は、私たちの場合、森の中でカカオをサポートしてくれるのはどういう植物かという視点に応用されます。そうすることによって、カカオを支えながら、自分がそれほどお世話をしなくても勝手に早く、強く生えてくれる植物を選ぶことができるのです。
リジェネラティブー大地を循環させる営み
アグスティーナ:まず私たちが最初に取り組んだのは、土づくりです。伐り出した竹を地表に置いて、人間の通路にしました。また竹の道と道の間にもたくさんの木材チップをまきました。有機物が土と触れるとたくさんの微生物がやってきます。生命の循環、つまり森の始まりです。
アレホ:ここで注目してほしいのは、慣行農業との違いです。慣行農業では常に土が露出していますが、私たちは竹や木材チップで土を覆います。また、慣行農業では肥料や農薬などを外から持ち込みますが、私たちはできるだけ地域内で資源を循環させ、土地を最大限に活用します。種も在来のものを選びます。さらに太陽が当たるような畑のデザインをしています。
アグスティーナ:カカオを含め80種類の植物は、剪定されると様々な大きさの葉が下に落ち、土をカバーするだけでなく、微生物の栄養になります。通路に置かれた竹の幹も、その下では微生物が繁栄していきます。間伐した竹も根っこはそのまま土中にあるので、またどんどん生えてきます。それらも大きくならないうちに剪定して、葉や幹をまた土に返していきます。
アレホ:これは航空写真ですが、写真右上にマシュピ川が見えます。そのすぐそばには大きめの車道が走っています。写真左下に見えるのは、カカオを植えてすでに森に育ったエリアです。右上と比べるとどれだけ森が育ってきたかがわかると思います。そして中央は竹林を整備し、デザインをはじめた当初の畑です。
アグスティーナ:フルーツの小さな苗木、その後ろにもカカオの苗木があります。同じ時期に種から植えた植物も少しずつ育ってきています。竹の道は地表に置くだけで、地中には混ぜません。なぜなら、自然界ではそんなことは起こらないからです。地面と接した部分から竹が時間をかけて分解され、土に戻っていきます。
カカオや他の植物が成長していくにつれ、カカオの根も成長して、竹の道の土中にまで広がり、分解された竹の栄養を吸収します。剪定作業の道としての機能をもちつつ、その道の下の土を肥やしていくわけです。そして、いずれはすべて土に還っていきます。間伐した竹は、他にもワークショップの際の簡易トイレなどの建造物、あるいは近隣住民の住宅資材など、地域内で循環していきます。
アグスティーナ:植えてから1ヶ月後の畑の様子です。地表が植物で覆われ、少しずつ森に近づいています。この地方は雨がたくさん降るので、水やりは必要ありません。また、たくさんの有機物で地表が覆われているので、水が蒸発しないのです。ちゃんとカバーしてあるところだと水やりの労働は7割ぐらい減らすことができます。
アグスティーナ:3ヶ月後ぐらいの映像です。すでに畑ではたくさんの収穫があります。トウモロコシ、大豆、玉ねぎ、ターメリック、トマト、レタス、そのほか葉物野菜や豆類など。写真からは見えませんが、カカオも背の高い植物の日陰で育っています。周りの植物たちは、水分や日陰など、カカオにとって重要な環境条件を提供し、健康に育つ手助けをしてくれています。
アレホ:一方、人間ができる植物への大切なお世話は、伸びた植物の葉を定期的に剪定することです。剪定で落ちた枝葉が土をカバーすることで地表を乾燥から防ぎ、また土中ではより多くの微生物が育っていきます。これは草刈りとは視点が異なります。カカオのために植えた植物を収穫して自分たちが食べる。あるいは剪定した葉を土に還し、有機物たちの肥料になっていく。ゆっくりと森に近づいていくプロセスのお手伝いをしている、という感覚です。
アレホ:農園に隣接して自宅もあります。そこではヤギを飼い、チョンタドゥーロというヤシの木も植えています。
アグスティーナ:今みていただいた敷地のほとんどは、かつて牧草地でした。それを自然遷移に添ってパイオニアプランツから植えていく森林農法で、15年かけて森と同じような機能を持つようにと取り組んできました。
生態系の回復と人間の健康
アレホ:自分たちが暮らす森の生態系の豊かさを知りたいと思い、研究機関と組んで定期的に鳥類調査をしています。マシュピ農園をはじめた当初の2009年に登録できたのは54種類、5年後の2014年には15 6種類、2019年には201種類。今年が調査の年に当たるので、どのくらい増えているのか、とても楽しみです。
オニオオハシやオウム、ハチドリ…、彼らもこの森でとても重要な役割を担っています。虫を食べてくれたり、種をいろんなところに運んでくれたり、落とした糞で土を豊かにしてくれたり。何よりその美しい鳴き声は私たちの心を癒し、きれいな姿は目を楽しませてくれます。
また、私たちの農園の近くには国有保護林があります。研究機関がその森に棲む野生のピューマの生態を調査したところ、保護林から出て私たちの農園を含め近隣の農園まで歩き回っていることがわかりました。動物、そして植物にとっての生きた森がどんどん広がっていることが証明されたのです。
ローカルな協働経済をつくる
アレホ:私たちは大地や植物とだけではなく、地域コミュニティとも協働作業に取り組んでいます。マシュピ農園ではカカオからチョコレートを作っていますが、チョコレートの材料に使うきび糖(パネラ)を近隣の生産者から買うようにしています。彼らも私たちと同じように鉱山開発の脅威に直面していて、自分たちの生活を守るために自分たちが作る有機パネラの市場を開きたいと思っていたのです。
ただその過程でも苦労はありました。白砂糖じゃないとチョコレートはおいしくないんじゃないかという生産者自身の思い込みや、消費者からの要望など。それを自分たちで試行錯誤を重ね、有機パネラに切り替えることによって、より美味しく、さらに栄養価も高いチョコレートを提供できるようになりました。
森林農業、シントロピック農業は多くの人手が必要です。いろんな人を巻き込むことは地域に雇用を生みますが、同時に、私たちが彼らから学べることも多いです。
アグスティーナ:昔から農業をやっている人たちの自然の力を利用した、伝統的な農業には、土地に根差した知見がたくさんあります。一方で、彼らの経験はこれまであまり尊重されてきませんでした。それらがどんどん失われ、農薬を大量に使う慣行農業の現実もあります。その意味でも、地域に伝わる伝統農業の価値を再発見していくことはすごく重要な取り組みだと思っています。
アレホ:ローカル経済とは、私たちのプロジェクトだけじゃなく、他の地域も盛り上げる重要なツールです。例えば、私たちはSPG(Participatory Guarantee System)という有機認証制度に参加し、私はその検査監督官も担っています。
数軒の農家と消費者が参加するグループでは、それぞれがやっていることの価値を見出し、課題や改善点があればアドバイスし合う、なおかつ消費者には自分たちの生産物がオーガニックで大地再生に寄与していることを証明できる、地域に根差した参加型の有機認証システムです。このシステムのよい点は、グループ内で助けあい、それぞれが持っているノウハウをシェアできることですい。
アグスティーナ:たとえば、彼らは有機農家ですが、サトウキビしか育てていません。彼らが食べられる作物を一緒に育て、彼らの土地の多様性を豊かにしていくことを意識して、いろんなプロジェクトを現在進行中です。30人ぐらいのメンバーがいますが、共同作業で森林農法のワークショップを行った際には、大地再生や持続可能な農業に関心を持つ若い人が、近隣や山岳地帯からも参加してくれました。
チョコレートというツールで世界とつながる
アレホ:今、世界はどこでも大変な危機に直面しています。私たちはマシュピの森で育ったカカオから、地域住民との協働経済によってつくられるチョコレートで、その解決策を示したい。私たちがやっていることは、ただ土だけではない、ただ農業だけではない、その向こうにある、人間や森とのつながり、環境社会問題へのオルタナティブなのです。
先日、エクアドル国内でチョコレートコンクールが開催され、私たちは金メダルを4つ、銀メダルを2つ受賞しました。自分たちがやっていることの背景を含め、自分たちが作っているチョコレートの品質を評価いただいたことはとても嬉しいです。そしてそれがエクアドルから海を渡り、日本にいる皆さんにも伝わっていくツールだと思っています。
コメント:辻
リジェネラティブという考え方を日本に定着させていく活動をこの数年やってるんですけど、マシュピ農園での取り組みは、特にローカルとリジェネラティブが切っても切り離せない両輪であることを見事に表現してくれたと思います。
リジェネラティブは、欧米でも日本でも農業のテクニックだって考える人が多いです。例えば大規模農業で不耕起でつくった作物を、地球の裏側に動物に食べさせる飼料として輸出するというような、本当にでたらめなことに「リジェネラティブ」という言葉が使われています。
リジェネラティブは単に自然の再生ではなくて、人間のコミュニティそして地域が再生していく上で、両者が切り離せない形で同時に展開していくプロセスなんだという、とても大切なメッセージだと思いました。
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