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9・11から20年

明日は9月11日、あのアメリカ同時多発テロ事件から20年。あの日、ぼくは大学の実習プログラムで、ゼミ生とともにエクアドルにいた。実習も終盤にちかづいたその朝、ぼくたちは沿岸部から国内線に乗って、首都キトに飛んだ。無事に到着し、空港内を歩いているとき、一つのテレビモニターが、高層ビルが崩壊する様子を映しだしていた。ぼくは、こんな場所で、こんな時間に、こんな映画を流すという無神経さに腹が立った。前に歩く人々が足を止めて画面に見入っているのを見て、ぼくは気づいた。それはドラマではなく、CNNニュースだった。


ぼくの話はそこまでにしておこう。


昨夜は、アフガニスタンに駐留した兵士たちを描いた「ある戦争」(トビアス・リンホルム監督)というデンマーク映画を見た。見ごたえのある映画だ。



また、10年前に読んだある英語の記事を、読み直した。ここに、自動翻訳の助けを借りて訳したので、読んでみてほしい。


また一番下に、三つ、YouTubeのURLを並べておいた。最初のニュース番組には、下の記事の主人公ロドリゲス夫妻が登場。2番目のTEDトークでは、犠牲者の母であるフィリス・ロドリゲスと、ハイジャック犯の母とが、友として手を取り合って舞台に立つ。3番目のTEDトークはアフガニスタンで長年、現地の人々のための心のケアのために活躍した精神科医。2、3番目は設定で日本語字幕を選べる。



あれから10年、9・11犠牲者の母親は“赦し”を訴える


2001年に起きたアメリカ同時多発テロ事件の後、多くのアメリカ人は報復こそが必要だと感じた。以来、米軍は世界各地で、テロを起こしたイスラム過激派と戦ってきた。

しかし、すべてのアメリカ人が自分の痛みを和らげるために報復を求めているわけではない。フィリス・ロドリゲスは、10年前の9月11日に息子を殺した犯人に対して、憎しみではなく赦しを示す母親の一人だ。

フィリスの息子、グレッグは、世界貿易センタービルへのテロ攻撃で亡くなった。彼は北側タワーの103階でコンピューターのスペシャリストとして働いていた。火曜の朝、何か大変なことが起こったことを知ったときのことを彼女は思い出す。


「留守番電話には、息子のグレッグからのメッセージが入っていて、『世界貿易センターでひどい事故があった。ぼくは大丈夫だから、エリザベス(妻)に電話してくれ』というものでした。


しかし、グレッグ・ロドリゲスは無事ではなく、他の約3,000人も同様だった。

「私はただ、彼が生き残っていることを願い、最悪の事態を認めることはできませんでした」とフィリス・ロドリゲスは振り返る。


そして、すぐにグレッグ・ロドリゲスの死亡が確認されたのである。そのとき、彼の両親である夫妻は何かを変えようという意識をもったという。


「12日の朝早く私たちはあることに気づきました。わが国の政府はこれまでの歴史から見て、息子の名のもとに、軍事的、暴力的な手段で報復をしようとするだろう。しかし、それは何の役にも立たないこと。そして私たちはそれを支持するわけにはいかない、ということです」


フィリス・ロドリゲスと夫のオーランドは、ジョージ・W・ブッシュ大統領(当時)に宛てた公開書簡を発表した。

「この手紙は、国内はもちろん、世界中に広まっていきました。それは、私たちが喪失感に対処するための方法のひとつでした」とロドリゲスは説明する。


夫妻は復讐を望まなかった。 20人目のハイジャック犯として知られるようになったザカリアス・ムサウイの死刑にも反対した。 フィリスは、ザカリアスの母親であるアイシャ・エル・ワフィと親しくなった。


「自分の息子が今、世間に最も嫌われているのに、その息子のために立ち上がったのだから、この女性はとても勇気があるはずだと思ったのです」とロドリゲスは言う。 「私たちに共通しているのは、人間としての共通性だと気づきました。私たちは人間であることを実感しました。これは、私の人生と癒しにとって、とても貴重なものです」。


ロドリゲス夫妻は、自分たちの息子の名前を使って、アメリカ政府が“テロとの戦い”に利用していることに失望しているという。


「すべての犠牲者と遺族に対して、私はひどい悲しみを感じています。世界中が私たちに同情してくれました。そのとき私たちアメリカ人は、世界平和や中東の平和のためにリーダーとして働くことができたはずです。しかしそのかわりに、我々は何をしたのか? 我々はその機会を台無しにしてしまったんです」とロドリゲスはつけ加えた。


フィリス・ロドリゲスは、一人息子を失った悲しみを、戦争に反対することや、人権や許しのプロジェクトに参加することで癒やしてきたと言う。


「起きたことは不条理だったにしても、実際に起きてしまったことは間違いない。あのとき、自分があのように対応できるだけの心の余裕があったことは幸運だったと思います」とフィリスは語る。 息子に二度と会うことはない。この事実に今では平穏な心で向き合うことができる。しかし、世界の状況は平穏とはほど遠いものだ。だからこそ、自分はその状況を変えるために何かをしようとしているのだと彼女は言う。


元記事 ”9/11 Victim's Mother Expresses Forgiveness 10 Years After”

By Tala Hadavi, VOA NEWS, September 13, 2011)












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