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生き方としての自然農 松尾靖子が遺したもの



川口由一さんが亡くなって2ヶ月余、この数年絶版になっていた『自然農という生き方』(2011年大月書店刊)の増補改訂版『自然農という生きかた』(ゆっくり堂)がいよいよ、10日後に完成する。

松尾靖子さん(1954〜2012)のことが思い出される。生きていたら、本の刊行を我がことのように喜んでくださるにちがいない。松尾さんは、農業での長年の試行錯誤を経て、川口さんと出会い、そのもとで自然農を学び、福岡県糸島にほのぼの農園で、生業としての自然農を確立された。


2011年、松尾さんは、ナマケモノ倶楽部主催のブータン・タイ・ツアーに、何人かの友人たちと参加された。その一人が、俳優の杉田かおるさんだった。ぼくは、並行して大学のゼミのフィールド実習を行なっていたが、現地でその一行とご一緒することになった。そのときの松尾さんの好奇心に満ちた目の輝き、言葉のもつ優しさと力強さ。ぼくだけでなく、きっと学生たちの心にも刻まれているのではないか。そのとき、松尾さんがすでに癌末期を迎えられていたことは、あとから知った。


ブータンツアーでの松尾靖子さん(前列左から3人目)、杉田かおるさん(前列右から4人目)

ブータンの帰りにタイに寄って、ウォンサニット・アシュラムという学びと修養の場で、仏教的社会変革運動のリーダーであるスラック・シワラックやプラチャー・フタヌワットらからの教えを受けるプログラムにも、松尾さんとその一行は参加してくれた。それが、松尾さんにお会いする最後の場となってしまったが、幸い、ぼくとゼミ生たちはそこで松尾さんからゆっくりお話をうかがう機会に恵まれた。


記録には、2011年8月27日、タイ、ウォンサニット・アシュラムにて、とある。ちょうど12年前のことだ。聞き手はぼくとゼミ生たち。録音して、文章に起こしてくれたのも学生だったかもしれない。そのときの文章を読みやすいように整理したので、ぜひ読んでいただきたい。


ぼくがほのぼの農園を訪ねたのは、松尾さんが旅立ってから一年あまりが経った2012年9月。主を失って寂しいはずの農園は、しかし、明るく美しい場所で、同行した友人の中村隆市と、のんびり歩き回りながら、よく晴れた秋の午後を楽しんだ。農園には、余白(ムダ)がたくさんあった。散歩道の周りには花が咲き乱れ、あちこちに置かれたベンチが人を招いていた。松尾さんの死後に出版された著書、『ようこそ、ほのぼの農園へ—いのちが湧き出る自然農の畑へ』というタイトルにもあるように、その農園はぼくたちに、土から、畑から、「いのちが湧き出る」という、考えてみれば当たり前の、しかし、ぼくたちがすっかり忘れていた真実を思い出させてくれるような場だった。


そのときの写真も“発掘”したので、見ていただこう。








 

辻信一:自然農についてお聞きしていきます。まずは「耕さない」ということですが。

松尾靖子:自然農というのは、私たちのほうがどれだけ自然に沿って農業をやれるかっていうことなんです。その大きなポイントが耕さないということ。それから、草や虫たちを敵としない。農薬や化学肥料を用いない、ということです。どうして耕さなくていいかというと、森の木々は自分の枯れ葉を落としてそれが腐葉土になっていくので、耕さなくともあれだけの大木になることを考えてもらえばいいと思います。農薬とか肥料を用いなくとも健康な野菜が育つ。自然農は収量を目的としているのではなく、いかに健康な野菜を育てるかが大事なんです。

辻:耕すから化学肥料が必要になるとも言えるでしょうか?


松尾:はい。肥料によって生態系を壊してしまっている。本当の土は、本来人間が作れるものではないのです。地上や土の中の生物たちがちゃんと生きて、役目を果たすことによって本当の健康な土ができるのです。それを、人間が勝手に耕して壊してしまうことで、生態系が壊れて、化学肥料なんかを使うことになる。それがまた生態系を壊す・・・。本当の土はやっぱり、自然の営みにまかせるのが一番いいんです。

辻:土というのは本来人間の存在に関わらずあるものなのに、人間は土を作れると思いこんでいる。土はもともと自然のプロセスであって、人間がやってきたことはむしろ土を壊す、土を失うことだったということですね。

次に、草と虫を敵としないというのはどういうことでしょうか?

松尾:絶対殺さないというわけではないんです。私の場合、虫がいたら「ごめんなさいね」といってつぶすことはあるんです。それは矛盾しているようだけど、ある意味では「生きている」というのは生かし合いであると同時に殺し合いでもあるんです。だからどうしても殺さなきゃいけない時はゆっくりではなく一気に殺してあげるんです。そして殺してしまった分だけ、自分がいただいて、自分が世の中にいいことをできればいいなあと思っています。

辻:同じように、雑草も殺しますよね。

松尾:「栽培をしている」という認識はありますので、例えるなら人間の赤ちゃんを育てるのと一緒で、最初のころの野菜の成長はゆるやかなのでどうしても勢いのある雑草に負けてしまう。野菜が負けそうだったら、草を刈って、刈ったところに敷いて、そのいのちを全うさせるんです。刈った草は、次の野菜のいのちの糧になる。だから絶対に無駄にならないんです。

有機農業をやっているときは、「出荷しないともったいない」という意識がものすごくあったんですが、自然農をやるようになって、いのちを見つめるというところに立つことができるようになった。お母さんになって人のいのちを育んでいく役目があるように、畑に残って種になって、次の野菜の糧になっていく、という役目もある。だから無駄にならないということが見えるようになって、私自身も救われるようになりました。それは自分が自然農をやっていく中で気づいたことです。

辻:今のお話でも、「有機農業」という言葉と「自然農」という言葉を区別されていますが、今ここにいる学生諸君にもわかるように、もう一度有機農業と自然農の違いを教えていただけますか?

松尾:有機農業というのは、基本的には土から得たものを人工的に発酵させて畑に戻して、耕すということ。一方、自然農は耕さないので、刈った草や稲藁、虫たちの亡骸とかが層になっていく。その重なりの中で、その時その時必要な微生物とか生物が必要に応じて発生する。まさにいのちの営みです。その意味で、有機農業を否定するわけではないけれど、根本が違う。自然に沿うというところが大きくちがいます。

辻:有機農業に「土を作る」という考えがあるのに対して、自然農では「土は作れるものではない」と考える。そこがちがう、という理解でいいでしょうか。

松尾:そうですね。私は、自然の恵みの一端を受けとめながら、私の方が畑のいのちの営みにどれだけ沿うことができるか。私がどれだけ作れるかということよりも、どれだけ沿えるか、だと思います。でもだからといって、ただの放任ではなく、「栽培している」という意識は忘れない。


学生A:自然農をやろうと思ったきっかけは?

松尾:両親が農業をしていたもんですから、独身のときには、働いても、働いても、その割には報われないという気持ちがあって、農業に暗いイメージをもっていたんです。本当は農業って一番嫌いな職業だったんです。でも縁があって主人と結婚して、一年間は慣行農業だったんですけど、人生間違えたなぁと思うぐらい悩んでいた時期もありました。でも、これは運命だということで受け入れようとして、じゃあ農業を好きになることから始めなきゃいけないなということで、勉強を始めました。

父が若い頃、「目立たなくてもいいから、人として生を受けた以上、社会に役立つことをしなさい」ということを何回も言っていて、じゃあ農業で何ができるんだろうって真剣に悩んだんです。そういう時に、有吉佐和子さんの『複合汚染』を読んで、無農薬の農業のことを知りました。うちにも子どもが3人いるんですけど、未来ある子どもたちに本物の野菜を食べてほしいなって。これだったら私も農業でお役に立てるんじゃないかっていうことで、有機農業を始めたんです。

6年間ひたすらまじめに、福岡のアイガモ農業で有名なところに行って完全無農薬でやってたんですけど、それが大変な重労働で、手間暇がかかるもので、だんだん疲れてきてしまったんです。一人ではできないので実家の母にもやってもらってたんですけど、その母も「人のいのちを守るために、あまりにも重労働で、辛すぎて自分のいのちが削られてるみたい」という言葉をポロっと出したんですね。それで私は、あーこれでは一生続けることはできないなあと思いました。

それでも6年間はひたすらやっていたんですが、ちょうどそのころ、家の近くにいた方が「80年代」という雑誌に載っていた川口由一さんの文章を読み、「こういう方がいますよ」といって私にその雑誌をくださったんです。私はちょうどこれからどうしたらいいのかなあと悩んでいたし、そこに載っている川口さんの田んぼの稲の姿を見ただけで、「たくましいけれど清らかだな」って感じたんです。絶対にこの人に会いたいなって思って。

それが21年前です。そのとき子どもがまだ小さくて、義理の母に嫁の立場で奈良に行くと言うのは度胸が要ったのですが、最初で最後だと思い頼んで行きました。そして川口さんの畑に立ったときに、もちろんはじめてだったんですけど、すごく、こう、ホッとして、なんか昔ここに来たことがあるような気がして、自分の気持ちが安らいだんです。

悩んでた時だったから、もう一瞬にして「これだ!」って思ったんですね。一回のつもりだったんですけど、それから一年間、勉強会に通いたくて、通いたくて、でもじっと自分の気持ちを抑えていた。でも、前日になって義理の母に、「勉強会に行きたいから行ってきます!」って。もう相談じゃなくて、「行ってきます」って言って、結局1年間通わせてもらいました。私のうちには川口さんの自然農をやりたい、それをなりわいとしてやっていくんだっていうエネルギーがありましたが、それに加えて、勉強会に行きだすといろんな仲間が増えて、それがまたエネルギーになって、一年間通えたのかな。

九州では私が最初で、他に自然農を知ってる人がいなかったんです。まあ、レールがないところを歩いていたわけですが、でも、人間て意外と難しいことや、やったことがないことをやるときって、不安もあるけどワクワクしますよね。若かったこともあって、「絶対、自分はこれで生きていきたいな!」って思っていたんです。だけど、さすがに周りからは変わり者扱いされて、部落でも孤立したりして、辛かったけど、やめようと思ったことは全くなかった。申し訳ないけど、部落のつき合いにもだんだんと出なくなったんです。出なくなったから、なおさら周りの評判はよくなくなってしまったけど、でもそれはそれでよかったなぁと私は思うんです。

でも今はですね、ちょっとずつ考え方が変わって、自然農をやって自分の畑にしっかり根をはることってことも大事だし、地域にしっかり根をはることも大事なことだと思うようになりました。今は部落の用事にもちゃんと行っているし、するとまたそういうふうに私が変わったことで、部落の人たちも私のことを受け入れてくれます。

今、うちには全国から研修生とかが来ます。やっぱり私のところには自然がいっぱいだからと、皆さん気に入ってくださって、この地域に住み着いて農業をやり始めたいと人もいる。そういう人にも、周りの人たちが「松尾さんのところはいいよ」って言ってくれるんですよ。だから自分のありようというのも、やっぱりすごく大事だなって思うんです。最初に来た者がしっかりしていないと、あとから来る人たちも嫌な目で見られる。ああ、自然農やってる人たちというのは、どうせこういう人たちだからって。

最初に来た人たちがどう動いたかが、次の人たちにもつながっていくんですね。だから最初に来た者が道からはずれているようなことをすれば、次の人たちもそういうイメージで見られる。だから、やっぱり自分のありようっていうのが、自分だけじゃなく、次の人たちにとっても大事なんだっていうことをちゃんと意識して動いていかないといけないなあと思います。

辻:「自然農」と言って、「自然農法」という言い方をしないわけは?

松尾:まず農的な生き方は人となりを表すと思うんです。たとえばおおらかな人はおおらか、几帳面な人は几帳面、でもそれはどっちが良いとか悪いとかじゃない。手の出し方ひとつでも微妙にこう、一人ひとりちがう。ちがっていて、それはそれでいいんです。「自然農法」となると、やっぱり「農法」だから、誰かが決めたらその通りにしないといけないということになったり、これが正しくて、これが正しくない、ということにもなる。

川口さんはそうじゃないんだよって言うんですね。一人ひとりのいのち、生き方そのものが自然農なので・・・。

辻:それに、その場所ごとに生態系も違うし、人によって状況がちょっとずつみんなちがう。

松尾:ええ、状況もちがうし、その人の性格もちがう。それと私が自然農の畑に立つとき、この豊かな風景をそのままとっときたいと思うのはなぜだろうと思ったら、自然農の畑は、耕さないので、草とか、虫とか、野菜とかがみな調和してるんですね。それで畑が豊かなんです。だから、そういう畑をやっている私はその豊かな風景をいただいているわけで、その中で私は癒され、また自分自身が豊かになるんだということがわかるんです。また、自然農の畑に立つと、いのちの生態系の中に自分という人間が存在しているんだということが、実感できる。

今日も、この(ウォンサニット)アシュラムで皆さんと一緒に瞑想をしながら、「今ここに在る」ということ学びましたが、その「今ここに在る自分」を、自然農の畑に立つとほんとうに体感できるんですね。だからでしょう。いろんな悩みを持った人たちが畑にいらっしゃるけど、農作業をもくもくとやっていくうちに、もう帰る頃にはほんとうによい顔になられる。皆さん、ほんとにいい顔になって帰られます。ただ単に自然農の畑に来られるだけでも。ほんと、自然の力ってすごいなあと思います。

辻:今日の「歩く瞑想」でのあの、「一歩、一歩」というお話と似ていますよね。つまり、収穫という目的を達成するための手段としての農作業ではなく、プロセスそのものに意味があるという。目的のために、今日はこれをしなければいけない、目的に結びつかない行為はムダであり、意味がない、目的が手段を、結果が過程を正当化する、といった考え方、生き方をぼくたちはしがちなわけですが。

靖子さんが言われているのは、もうそこにいるだけで、満ち足りているという境地ですね。

松尾:普通は草刈りって楽しくないんですけど、自然農の場合は草刈りさえも楽しい。私は草刈りしながら瞑想している気分になるんです。

学生B:とはいえ、松尾さんは作物を商品作物として生産しているわけですよね?

松尾:私は生業(なりわい)として農業をやっているんです。生業っていうことはお客さんに届けて、それで生かされているということですけど、私の考え方では「私=つくる人、あなた=買う人」ではなくて、お互いに生かし合う関係でいたいと思ってるんです。基本的に私は自給自足の生活をしたいので、自分で食べたい野菜を全部作るんです。私が食べているものと、同じものをどうぞっていう感じでお渡ししてるんですけど、その代わりあなたは私の生活を少し支えてくれることによって、互いに生かし合いの関係としてつながっていく。そういうことを私は大切にしたいなあと思うんです。

個々の野菜に値段はつけず、一箱2000円というふうにいただいてるんです。私が生きていくためでもあり、また今やっていることを次へとつなげていくためでもある。そうやってお金がめぐっていく。自然農で儲けようとかってことは一切考えてないんです。ただつながりの中で、自分の役目を全うしたら、ちゃんと私も生かされるんです。私に必要なお金でも、人との出会いでも、私がつくろうとしなくても、ちゃんとあとからついてくる。だから私としては来たバスにただ乗ればいいという感じです。なんかそういうご縁の中で生かされてるんだなって思うんです。

学生C:でも、日本の農業はほとんど全部、農薬も化学肥料も使う慣行農業だと習いました。慣行農業についてどう思いますか?

松尾:農業で生きていくこと自体、すごく厳しいことなので、慣行農業をやっている人に対して批判したり、反対したりする気は私にはないです。ただ私は自然農というものを“生き方”として選んだので、これで年収いくらとか、そういうことは考えません。ただ生き方として選んだので。経営を考え出したら自然農はできません。自分は、こういう生き方がしたいんだというところに立って、ひたすらここでやってきたからこそ、生かされるようになった。自然農を生業にするのはなかなか厳しいところもあるので、どんどんそれをやる人が増えることはないかもしれないけど、でも特に若い人たちに、自分の生き方として、自然農をやってみてほしいです。




中村隆市とベンチング@ほのぼの農園



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