ペマ・ギャルポからのメッセージ 

7月15日はわれらが「ナマケモノ倶楽部」の21回目の誕生日だった。ブータンの友人ペマ・ギャルポからメッセージが届いた。

「エコロジカルでスピリチュアルな生き方がどうしたらできるかって? それには心の中に過去を生き生きと保つことだ。過去なしに、未来はないのだから。でも、心に留めるだけでは足りない。過去を日々生きる。過去にすすんで参加するのだ」


ペマは「過去」や「昔」という言葉に特別な思いを抱いている。彼のツアー・オペレーターの会社の名前は「Ancient Bhutan」。彼の言う「過去」は分厚い。彼はぼくを前世の兄弟だと信じているらしい。



この2月下旬、ぼくと仲間たちはブータンを旅した。インド・アッサム州から陸路でブータン南東の隅にある“玄関口”、サムドゥルップ・ジョンカから入国する。普段はのどかでのんきな国境が、緊迫した空気に包まれていた。


マスクをつけた役人たちが、いつもの入管関係の書類チェックに加えて、検温や、健康診断アンケートなどのためにキビキビと動き回っている。ぼくのその時の驚きは、一体なんだったのか、と今になって思うのだ。世界最大の都会東京から飛んできたぼくたちがいまだ、パンデミックについての無知と根拠のない楽観に浸かったままだったのに、世界の辺境と言われる国の中でも辺境と見なされる奥地の役人たちは、すでに危機的な事態についての認識を共有し、冷静にテキパキと行動している。この逆説的なコントラストにぼくは驚いていたのだと思う。

インド・ブータン国境の門(左がブータン)

ぼくたち一行が旅を終え、無事出国するのを待ってくれていたかのように、ブータンは国境を封鎖した。その封鎖は今も事実上続いている。海外から帰国したブータン人のうちに感染者が出たものの、国内における感染は起こっていない、という。以後、ペマが時々伝えてくるブータンからのニュースは、いつも、ぼくに新鮮な驚きと、パンデミックについて考えるための貴重な視点を与えてくれる。

かなり早い時期から、ブータン国王は全国行脚を始め、奥地の山村にまで足を伸ばして、人々に、パンデミックについて講義をして歩いたのだという。これと呼応するように、政府は、ロックダウンされた市街地に住民のための生活支援策をうち出す一方、出身地である村落への帰還と、食料の増産を促す。


4月はじめに話した時、ペマはこう言った。すでに多くの人々が田舎に戻っている。そして、過疎のために広がった耕作放棄地がどんどん畑として復活している、と。例えば、彼の故郷のチモン村では、2月末にぼくたちが訪ねた時にはまだ草ぼうぼうの荒地だった場所にも鍬が入っている。だから、俺も、早く村に帰りたいんだ、と彼は言った。

5月はじめ、彼からいきなり、「思ったより、農作業は楽じゃない!」というメッセージが送られてきた。何ごとかと思って返信したら、すでに彼は、看護師として働く妻チミーをティンプーに置いたまま、息子たちを連れて、チモンに一時帰村し、農繁期を迎えた家族やコミュニティの中に身を置いていたのだった。そして、焼畑によるコットンの種まき作業の写真を送ってくれた。ぼくも一度だけ経験させてもらったことがあるが、それは、それは苛酷な肉体労働だった。高齢のご両親の元気な姿も写っていた。



現在、ペマはまたティンプーに戻っている。ブータン経済の一つの柱だった観光は完全に停止し、今後の展望も立たない。ガイドやツアー・オペレーターとして観光業一筋で働いてきたペマもまた、収入の道を断たれた。息子たちが学業を終えるのを待って、チモンへと生活の拠点を移動する計画も、今や宙ぶらりんとなってしまった。

しかし、彼には落胆や失望の色は全くない。彼を励まそうと電話するたびに、かえって励まされるのはぼくの方だ。6月末から、彼は新しいプロジェクトに向けて動き始めた。ティンプーから20キロあたりにある山林の傾斜地を手に入れ、そこに自分たちの手で家を建てるのだという。金がかかるが、高い家賃を払い続けるよりはずっと安くつく。つい、一昨日には電話で、チミーが用意してくれている昼飯をもって、これから例の土地を整地してくれている仲間たちのところに戻るところだという。あとでその場所からティンプー川を見下ろす素晴らしい眺望の動画も送ってくれた。

彼には、夢がある。両親が元気なうちに、故郷チモン村にエコ・ビレッジを創造する、という計画だ。できたらぼくもそれにぜひ参画したいと思っている。この2月に訪ねた時にも、予定されている広大な場所を敷地をくまなく歩いた。しかし、その直後に思いがけなくやってきたコロナ・パンデミックによって、その計画はぼんやりとした未来へと持ち越された。それでもペマはめげない。



そんな彼の不屈の精神を支えているのが、学校にもろくに行ったことのない彼が時間をかけて編み出した「バクチャー」という言葉をめぐる人生哲学だ。コロナの時代を生きるために、そしてさらにその先を切り拓くために、ぼくたちが必要としているのは、そんな草の根の哲学かもしれない。


DVDブック『タシデレ! 祈りはブータンの空に』(2016年)に掲載された「ペマ・ギャルポの幸せ論」を、次回から何回かに分けて公開しよう。世界の辺境で育った思想の中に、何か、あなたの心に響くものがあるかもしれない。

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