ナガスクジラ!!と「地方の時代」 ナオキン

こんにちは!ナオキンです。

みなさんは「地方の時代」という言葉をご存知ですか?「地方の時代」は、1977年(昭和52年)、当時の神奈川県知事であった長洲一二(ながす かずじ)氏が提唱した概念であり、一躍時代の流行となり、その後の日本の地方分権の流れを作り出した「歴史的キーワード」です。


地域主義の第5回は、小生も多大な影響を受けました「地方の時代」の思想と、それを実践した長洲県政についてご紹介できればと思います。




長洲知事の登場


長洲知事は横浜国大教授、気鋭のマルクス経済学者として全国的に有名であった当時、革新自治体ブームの中で周りから推され「神奈川が変われば日本が変わる」をフレーズに1975年に県知事選に出馬し初当選(長年の保守県政からの転換、革新派の学者知事の登場で、当初は火星人のように見られていたとの御本人の弁!)。


以後先駆的な県政を推進、全国自治体を先導するとともに、親しみやすい人柄と「長洲スマイル」で県民の絶大な支持を受け続け5期20年御活躍されました(トレードマークは巨鯨ナガスクジラ)。


●「地方の時代」

環境・資源・エネルギー・食糧・核軍縮・巨大都市・管理社会と人間疎外など、現代文明の直面する問題群に対して、国家中心・中央集権的システムから、世界(人類)・国家(国民)・地方(地域・共同体・市民)の三つの視点の組み合わせによる自治・分権・参加型システム、「自治と連帯の社会」への新しい文明モデルの転換を求める運動として氏が提唱、70年代当時の世界的な思潮の影響もあり、時代の注目を浴びる事となりました(「世界」78年10月号に論文「地方の時代を求めて」を発表)。


首都圏4都県市による研究会、全都道府県参加による全国シンポジウム開催等により自治体で連携して発信、地域発の提言として時代の注目を浴びる事となります(その後を追って大平内閣が「田園都市国家構想」を発表するも総理の急逝により頓挫。長洲氏はその主な違いを「参加分権型か否か」と述べている)。


なお、長洲氏は理論構築にあたり「スモールイズビューティフル」のシューマッハーやルネ・デュボス等を参考とし、自らシューマッハーの本(「宴のあとの経済学」)を監訳、氏の来日講演の招致も計画するほどのシューマッハー支持者でした(シューマッハー氏の急逝により実現せず)。


●「日本の知性の結集」学術研究者ブレーン団の協力とシンポジウム開催

「理念と哲学のある県政」を目指す学者出身知事の見識、人脈から200名近くの研究者、学者、市民活動家の学際的なブレーンが集まり、その協力を得て先駆的な理論と政策を議論し実現しました。17回にわたる「地方の時代シンポジウム」では、直面する課題を提示して議論を公開するシンポジウム形式の先駆けとなりました。テーマは東京一極集中、自治体の国際化、文明と地球環境、先端技術産業、人生80年時代、男女共同参画社会、高度情報化社会、芸術と自治体等、常に時代を読む未来志向の問題を提起。

ブレーンは、篠原一、鶴見和子、辻晴明、大河内一男(当時の東京大学総長)、松下圭一、西尾勝、清成忠男、田村明はじめ第一線で活躍する学者・専門家多数、そうそうたる顔ぶれ!


●情報公開と自治体革新

今では情報公開は当たり前ですが、お役所・官民格差意識の当時、「情報なくして参加なし」として情報公開研究の第一人者、堀部政男氏をブレーンとして研究、神奈川が国に先駆けて都道府県初の情報公開条例を実現し「官庁革命」と評価されました。

●政策自治体と「自治体学会」

政策は国が考え自治体が実行するという従来の行政のあり方から、自治体が市民とともに自ら考え、その地域に適した政策を実現していく政策主導型の自治体づくりを実践。また、全国の研究者、自治体職員、市民の三者がともに集い学際的な自治体政策研究の情報交換交流をする場として「自治体学会」を設立(現在も継続して活動)。

●「騒然たる教育論議」と「ふれあい教育」

長岡藩の「米百俵」の話を例えに教育を重視し、県民とともに本音の議論をする「騒然たる教育論議」を呼びかけ、ふれあい、体験、生きぬく力など二年半の議論の成果を教育に活かす取組を実施。


●「先端は市町村」と「自治体の国政参加」

地方の時代では市町村が主役との認識から、市町村と県の協力関係強化、市町村への必要な権限委譲を実施。市町村独自の取組を「小さなまちの大きな挑戦(実験)」として高く評価。全国の自治体と連携して「国のかたちを変える」行財政の分権改革を研究し国へ提言。

●地方のボディ(実体)を支える経済

産業政策として、一次~三次産業、福祉・環境・文化を結ぶ総合的な産業政策や、京浜工業地帯の強みを活かす「頭脳センター構想(かながわサイエンスパーク)」、大学と産業の有機的連携を実施。


●地域に根ざした文化

行政に文化はいらない、と言われてきた時代に「行政の文化化」を唱え、公共施設建設の予算に「文化のための1%システム」を導入。

●「民際外交」

長洲県政を象徴する画期的な政策のひとつである「民際外交」。

「外交は国がやるもの」という考えを脱し、地方と地方、市民と市民の間による「民際外交」の概念・枠組みを提唱、世界(人類)、国家、地方(市民)の各レベルによる国際交流・協力の多層構造による外交が、人間同士の理解交流と地球的な課題の解決、共通の安全保障につながるとして政策を推進。

民際外交の理念構築の背景には、

1)地球化(課題領域のグローバリゼーション)

2)地域化(担い手のローカリゼーション

3)民主化(方法のデモクラタイゼーション)

を目指す国際社会の姿の認識がありました。

坂本義和、武者小路公秀、緒方貞子、江橋崇、鈴木佑司他、日本の国際政治・平和学の権威をブレーンに民際外交を研究し、市民の実践を支援。自治体として初めて体系的に南北問題(グローバルサウス)の取組みを推進。

政策としては、

○かながわ民際協力基金の創設

○非核兵器県宣言と非核自治体世界会議への参加(国内第二の基地県として)

○開発教育・国際理解教育(シンポや第三世界理解促進パンフ「たみちゃんシリーズ」発行 等)

○在日外国人と「ともに生きる」ための「内なる民際外交」、人権政策 など

○湘南国際村の開設

※フェアトレード(公正な貿易の促進)についても、神奈川では早くから市民の問題意識と活動が始まっていたようです。

長洲氏の人物像

マルクス経済学者から、その革新を求める「構造改革」派の論客へ転向、西欧型の社会民主主義を目指す立場として、知事時代はリアリストの政治家と高く評価されました(「革新とは理想と現実の間に『橋を架ける』こと」「革新自治体から自治体革新へ」と呼びかけ)。

「西欧的知性と東洋的人生観、下町庶民の情感を合わせた人物」(長年知事補佐官として支えた久保孝雄氏の評)

氏は唯物論者ではなく、伝統的な価値感を大事にする人柄であり、趣味は仏典・神学・漢詩の研究、その学問と教養から深い哲学理念、数々のアイデア、名コピーと語りかける言葉が生まれました。

「和顔愛語」の笑顔が「長洲スマイル」として氏の人柄を表すシンボルに。

【長洲氏の好きな言葉(著書より)】

「十人十色、一人十色」

「大切なものはみな、ただ」

「ともに生きる」(共生の思想・諸文明共存の時代)

「燈燈無盡(とうとうむじん)」(心のともしびが尽きることなく広がっていく様)




「地方の時代」のその後


長洲氏とそのブレーン達がその県政で発信し続けた「地方の時代」の考えは、成熟国家・成熟社会のあり方として様々に支持を受け、日本社会に「地域」の価値の再発見と「自治・分権・参加」という新たな軸を提起し、地方分権は政治課題となり、具体的な形として結実してゆきます。


93年に細川護煕氏(熊本県)・武村正義氏(滋賀県、長洲氏の盟友)の元県知事の二人が中心となった政権交代、細川内閣の誕生も、当時の情勢が大きく影響していたと思われます。


長洲氏自体は再三の要請にかかわらず国政進出の道は選ばず、一地方政治家として地方分権の道筋づくりに尽力されました。95年の勇退の後も同年成立の「地方分権推進法」により設置された地方分権推進委員会の委員として活躍、99年に氏は逝去されますが、同年に画期的な「地方分権一括法」が成立し2000年4月に施行、国政府と地方政府が法律上、対等協力の関係となる「分権改革元年」、97年のNPO法と合わせて日本の成熟社会づくりへ向けた大きな前進となる筈でした・・・

ところが、21世紀に入り際、日米両国での新自由主義路線の強い政権の誕生と、911の衝撃、テロとの戦争の始まりのショックドクトリンで時代の空気は一変、分権自治への機運は(地球サミットで合意された地球環境危機への行動とともに)事実上脇に置かれる形となります。民主党政権下での「地方主権改革」の動きも、再度の政権交代で挫折、今日の状況に至る事となります。


現在は、諸外国に遅れた生産性向上のためのデジタル化と、パンデミック危機対応のための分散化が目的であり、「地方自治は危機的状況」(片山善博元鳥取県知事・大正大学地域構想研究所長)と見られています。


しかし、「地方の時代」の考え方、流れは受け継がれています。片山氏と同じく90年代の改革派知事の旗手であり、「生活者起点」「マニフェスト」「バタフライ効果」等を提唱された元三重県知事の北川正恭氏は、「長洲さんは天才、あの長洲さんがあって今の分権がある」と評価、現在も早稲田大名誉教授、同マニフェスト研究所顧問として日本の地方自治と全国の自治体を指導されています。

先述の「自治体学会」では長洲氏やブレーンの先生方の薫陶を受けてきた研究者や全国の自治体職員、地域づくりの実践者が研究活動と交流を続けてきており、特に神奈川県職員として長洲県政を支えてきた森啓氏が指導してきた北海道自治体学会は現在も活発な活動を続けています。


「地方の時代シンポジウム」はその後、高橋清川崎市政において「地方新時代市町村シンポジウム」が、長洲県政のブレーンであった政治学者の篠原一東京大学名誉教授を中心に2000年まで開催、全国の先進自治体が集い発信するモデルとなるとともに、以降も川崎市は篠原氏の指導の下市民自治の先進地として評価されてきました。


現在、気候危機対策と、市民が参画する討議(熟議)デモクラシーの試みの例として注目されている「気候市民会議」が、日本では北海道札幌市と神奈川県川崎市で先駆けて取り組まれている事もその現れと思われます。


もし「地方の時代」に関心を持って頂いた方がいらっしゃったら、長洲氏・長洲県政関連の著作(写真)、そして主要なブレーンであり全国の自治体職員に影響を与えた三人の先生方、松下圭一(分節型政治・自治理論の大家)、田村明(まちづくりの神様・自治体学を構築)、篠原一(生活者・市民の政治学)の著作を手にとって頂けたら大変嬉しいです。

「ローカリゼーション」への期待をこめて


長々と記してしまい、申し訳ありません。しかし、分権改革元年から20年以上が経過した現在、ネット上でも「地方の時代」や長洲氏とブレーンの先生方、、当時関わった市民、県職員はじめ多くの方々の挑戦と成果の跡はほとんど記録されておらず、このまま埋もれてしまってはあまりにも惜しい、現代史における「地方の時代」の意味と価値を今こそ再確認し、共有したいとの思いから、長洲氏の考えに今も共鳴し続ける一ファンの立場から稚拙ながらご紹介させていただいた次第です。


長洲氏は母子家庭で一家離散、そして戦争体験の経験を経て学びで身を立てられたことから、貧困問題とともに、人類が直面する文明的な危機である「三つの大量死」、核による突然の大量死、環境破壊による緩慢な大量死、管理社会による精神と人格の大量死の危機への問題意識を学者時代から常に持ち続け、語ってきました。


気候危機、コロナ危機、ウクライナ侵攻、科学技術万能主義・・・今でも、現在進行形の世界と日本の情勢を、長洲さんだったらどう考えて、どう行動するだろう、と想像することがあります。


おそらく、天国の長洲さんは、現在世界で起きているローカリゼーションやミュニシパリズムの動きを、我が意を得たり、70年代当時描いた「地方の時代」の理想の姿への動き、国家と国益中心、権力と富の一部集中のビラミッド構造から、食料・エネルギー・ケアを(協同労働を中心に?!)自給する地域・コミュニティを単位とした自立分散共生型のネットワーク社会のモデル、「地球化・地方化・民主化」の諸文明共存の世界のための新たな挑戦の動きとして、長洲スマイルで最大限の賛辞と応援をして見守ってくださっているにちがいない!!そう思うのです・・・


ご覧くださりありがとうございました!

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