20年目のキャンドルナイト その2  辻信一


今では「キャンドルナイト」として知られる運動が始まったのは2001年。カナダのバンクーバーで発信された電力ボイコット=自主停電キャンペーンを受けて、ナマケモノ倶楽部の仲間たちと、開店したばかりのカフェスローで、“暗闇ナイト”をやったのが最初だった。

ぼくが2004年のちょうど今頃書いた文章で、その頃を振り返ってみたい。

それを参考に、ぜひ、あなたも、自分自身の「キャンドルナイトの思想」を育んでほしい。

5回連載の、これは第二回。


カナダ、クワギュール民族のポトラッチ


(2)太陽の恵み、火の歓び


さて、何も訴えなくてもいいキャンドルナイト、何を訴えてもいいキャンドルナイト。ぼくには訴えたいことがあるかって? もちろん。ぼくにはぼく自身のささやかな儀礼に込めた様々な思いがある。闇の中で思い巡らすことがある。ローソクの灯を通して伝えたいメッセージがある。それを聞いてもらいたい。


まず、なぜ夏至や冬至の日にキャンドルナイトをやるか、ということ。実は、他の日にしてもいいのではないか、という議論はあって、それは今でも続いている。確かに日本の夏至は多くの場所で梅雨の季節で、せっかく闇が戻ってきても星空を愉しめない可能性が高い。しかし数年前の「自主停電」の呼びかけが夏至の日であったのは、それが世界中の“共通言語”であり、多くの社会でこの日を昔から特別な日と見なしてきたからだろう。


一年で一番日の長い夏至、一番日の短い冬至の日。夏至はさんさんと降り注ぐ太陽と、生命の充溢や豊穣、冬至は太陽の休息と、生命の死と再生のドラマ。例えば現代世界最大の儀礼となったクリスマスだって、太陽信仰のゲルマン人の冬至祭を基にしてできたものだ。夏至、冬至どちらも多くの伝統社会で聖なる日とされ、人々は祝い、祭り、祈った。表現は様々でも、生きとし生けるものが太陽エネルギーのおかげで生きていることへの感謝と畏敬の念は共通だったろう。


しかし、そんなことに思いを馳せる機会が現代社会にどれだけ残っているだろうか。ぼくは自主停電やキャンドルナイトのおかげで夏至や冬至という聖なる日を再発見したような気がしている。生き別れていた家族にでも出会ったような、晴れがましく、懐かしく、ちょっと照れくさい気分だ。


2003年の冬至には夜明けから日の入りまで食事をしないという自己流の“一日ラマダン”をやってみた。その少し前にモロッコを訪ね、ぼくがそれまでもっていた暗く禁欲的なイメージとは違うラマダンの愉しさに感動した。老若男女が立場や思想を超えて、みんなで日の出、日の入りを基点として動く。お腹をすかせて、家族とのフトゥール(日の入り直後の食事)をいそいそと迎える。そうすることで彼らは個々人の命を越えた命の大きさや、人間を越えた自然の営みの偉大さを実感しているように見えて、うらやましいくらいだった。そして今の日本に欠けているのはこういう“聖なる時”であり、“愉しい不便”なのではないか、と思ったのだった。


モロッコ、カサブランカでのフトゥール

キャンドルナイトはまた、火というものについて考えさせられる機会だ。 ぼくは時々、南伊豆の山あいに山本剛さんを訪ねる。いつの季節でも彼は自分が焼いた竹炭で火を焚いてぼくを迎えてくれる。そしてぼくたちはその火を見つめながら、話をする。放置された竹林が急速にひろがって、生態系のバランスを崩しているのを見て、竹の産業を復活させるための事業に乗り出した。そのひとつが竹の炭焼きで、それがいつの間にか、彼の主要な仕事となった。


山本さんによれば、現代文明のおかしさの根っこのところに、人々が火との接点を失ったという事実がある。言うまでもなく、人は火をもつことによって人となり、以来、何万年という年月を人は火のそばで過ごしてきた。その火から遠ざかった時、人間に何が起こったのか。


マッチを擦れない子どもたちが多い。焚き火をおこすことができないのは、言うまでもない。親たちが火の恐さを教え込んでは、子どもたちを火から遠ざけてきたからだ。日本の家庭でローソクに火を灯すことへの抵抗感も根強い。山本さんも言うように、それは大人たちが水の怖さを教え込んで、子どもたちを水辺から遠ざけてきたことと、重なる。その一方で、川という川に三面張りを施し、ダムを建設し、海辺という海辺にコンクリートを敷きつめてきた。土もそうだ。体や服に泥をつけて帰ってくる子どもを親は叱る。都会ではもう土が太陽に触れることがないほどに、コンクリートやアスファルトで覆いつくした。


ぼくは幾度となく、若者たちを連れては北米や南米に豊かな自然を訪ねる旅をしてきた。旅の中で彼らが何より喜ぶのは、キャンプファイアーの時間だ。同じオレンジ色の炎に頬を輝かせながら、夜の更けるのも忘れて語り合い、歌い、踊る。心の鎧を外して、共に笑い、共に泣く。そんな時、ぼくは思うのだ。焚き火をするためにこうしてわざわざ海を渡ってきたのだな、と。同時に、ぼくたちの社会が、たったこれだけの喜びを子どもたちに与える力さえ失っていることを痛感する。


ブータン、チモン村

目の前から消えたぼくたちの火は、どこへ行ってしまったのか。火を囲む文化を失った社会は、同時に、膨大な年月をかけて蓄積された太陽エネルギーをたかだか一世紀あまりの内に使い尽くし、「生命の惑星」としての地球の微妙なバランスを狂わす社会でもある。それでもまだ発電所の火は、絶えざる開発と経済成長のために更に激しく燃え続けなければならないというのだ。


テレビをつけっ放しにして食事する日本人が多い。それが日本の文化度の低さを物語っている。電気を消してローソクの火で食事をしてみよう。ただこれだけの行為の中に、輪になる、共に食う、火を囲む、という3つが同時に実現されている。思えば、それらは、人間が人間であることを示す文化の3大要素と言ってもいいくらいだ。そんな大事なことさえ、忙しさに追われるぼくたちはどこかに置き忘れてきてしまったわけだ。

 
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