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パトリシア・モゲル「いのちの種を蒔く~トセパン・モデルとメキシコにおける持続可能なコミュニティ~

パトリシア・モゲル 「しあわせの経済」フォーラム 講演   2018年11月11日 いのちの種を蒔く ~トセパン・モデルとメキシコにおける持続可能なコミュニティ~

今日はこの機会を本当にありがとうございます。話を始める前に、ここに招待してくださったウインドファームの中村隆市さん、「しあわせの経済」フォーラム実行委員会のみなさんに感謝したいと思います。この場でメキシコからの経験、特に先住民族の人たちが持続可能な社会のモデルを担っていく話を皆さんと共有できることを嬉しく思います。


■生命に対するグローバルな戦争

今、私たちは、人類史上、特別な時代を生きています。グローバル経済の名の元、資本家たちが生命への戦争をグローバルに宣言している時代に、私たちは直面しているのです。

「エコロジカル フットプリント」という言葉をご存じでしょうか?私たちが、地球が持っている資源をどれだけ消費しているかを表す指標です。私たちが消費しても、地球がどれだけのものを再生産できるか、それをはるかに超える量を日々消費していて、そして私たちが捨てているものが、地球が再吸収できるよりもずっと大きなものになっていることを表す指標です。

この「エコロジカル フットプリント」を見ていくと、二つの側面が浮かび上がってきます。今、世界人口の20%が地球3個から5個分の資源を消費しています。一方で残りの80%の人たちは、地球の半分にも満たない量を全体で消費しています。20%の人々によるいき過ぎた消費による経済的なメタボリズムを、80%の私たちが必死に支えているのです。いま経済は、極限の疲労状態にあることは明白です。

メキシコでは、新自由主義と呼ばれる現象に直面した1980年から、自然環境と貧困に対する闘いと向き合ってきました。いま画面に出ていますけれども、これだけたくさんの自由貿易協定、たくさんの合意が結ばれました。この合意によって1980年代以降、経済、政治の面で大きな変化が見られるようになりました。どういった方向への変化かと言いますと、一部の大企業がすべてを搾取できる方向に、です。貧富の差が拡大し、ごく一部の人たちに富が集中しました。

メキシコの人口は、現在1億2,000万ですが、そのうち5,500万人が貧困層です。いま画面に出ています10人、11人という、1%にも満たない富裕層の人々が、メキシコ国家のGDPの半分を占めています。これは連邦政府の対外債務のバランスを超える額です。

メキシコでもラテンアメリカの他の国々と同様、新自由主義の波が押し寄せています。通信、銀行、鉱山業、食、石油、それから水道…、すべてが民営化されていきました。それから暴力の問題もあります。メキシコでは世界一たくさんの人が殺されていて、2006年からこれまでの間に25万人が殺され、3万5千人が行方不明となっています。そして、加害者の93%が罰せられないまま流されていくのです。実際に昨日、とても悲しいニュースを知りました。私たちが支持してきた新大統領が所属するMORENA(モレナ)党副代表のお譲さんが殺されたというニュースです。

このような変化によってもっとも打撃を受けたのは農業分野でした。1994年に結ばれた北米自由貿易協定によって、メキシコは特に米国に対する自立の度合いを著しく低めることになりました。食、技術、労働力の分野で、まるで従属しているかのような関係性がここから生まれ始めたのです。私が深く関わっているコーヒーの生産地、小規模農家のコミュニティが、グローバル経済の推進によってどれだけの打撃を受けたかがこの画像に示してあります。

今年7月に行われた選挙で、3,200万人がアンドレス・マヌエル・ロペス・オブラドールに投票し、2018年12月1日からいよいよ新政権が発足します。新自由主義中心だった経済に変化が起きるとして、世界から注目されています。彼は確実に変化を起こしてくれるでしょう。市民のため、そして自然のための政治がこれからメキシコで生まれようとしています。

■先住民族がまもってきた生物多様性と文化的多様性

次に、メキシコの自然環境で起こっていることを見ていきましょう。メキシコにもたくさんの問題があります。地下水源の搾取、熱帯地域の森林伐採、河川の汚染、海岸線の荒廃、鉱山開発や石油・ガス開発、特にフラッキングと呼ばれる水圧破砕法による環境破壊。それから道路開発、観光業、単一作物栽培の増加、いき過ぎた家畜生産…、数えられるだけでも560もの環境的な対立、社会的な紛争を抱えています。

しかし、一方では、社会的、文化的、環境的に好ましい状況もこの国にはあります。今このグラフで一番濃い色(黄、緑、オレンジ)の部分すべてが自然保護区です。メキシコは生物多様性が豊かな国ですが、その自然保護区の多くが先住民の居住地域と重なっていることに注目して頂きたいと思います。

メキシコには7、8千年前から文明があります。それはトウモロコシの栽培が始まった時期です。考古学者たちはメキシコにはメソアメリカ文明が3千年も前からあったといいます。世界には5つの主要な農耕発祥の地があると言われていますが、そのうちのひとつがメキシコです。これを見て頂くと、メキシコが生物多様性では世界で5位、文化的・民族的多様性では世界4位となっています。

実は、この国が生物多様性に恵まれ、文化的にも大切な種を守ってきたことは、偶然ではありません。私は20年前から農業生態学とともにメキシコのアグロフォレストリー(森林農法)によって生産されるコーヒーの研究を行ってきました。この森林農法を研究していくととてもおもしろいことがわかります。

これは、メキシコの主要な先住民族の分布を示したものです。先住民族が暮らしている地域が、まさにコーヒーを森林農法で生産している地域と重なっているのです。そして、先住民族が森林農法を行っている地域が生物多様性の豊かな地域と重なっています。国内でも国際市場でも売れる作物がたくさん収獲できますが、これはすべて先住民族たちが守ってきた森林農法という智慧からきているのです。

ここには市場価値のある作物のみが書いてありますが、もちろんそこに住んでいる小規模生産者たちにとっては、市場価値がある作物だけではなく自分たちの生存にとって必要な植物もたくさんありますし、その植物が存在するだけで生態系の豊かさに貢献している、未来につながる植物もたくさんもあります。

皆さんの前にたくさんの美しい写真がありますが、これらはすべて私が長い間、森林農法の研究を通して関わってきたプエブラ州シエラノルテ地方のものです。ここに、数ある先住民族の協同組合の中でも最も重要な組合のひとつである「トセパン協同組合」があります。

皆さんがいまご覧になっているのは、森林農法によって実を結んだ熱帯の果物たちです。こちらは森林農法でコーヒー栽培を行っている熱帯雨林で暮らしている鳥たちです。リストに載っているだけでも200種以上もの鳥たちがこのコーヒーを育てている森に共存しています。同じ森に、小さな動物や昆虫たちもたくさん暮らしています。たくさんの花もあります。森林農法の生産者たちは、動物、鳥、昆虫、自分たちの作物だけでなく、伝統的な祭事に欠かすことのできない観葉植物や花なども育てています。

いま皆さんに見ていただいているのは、森林農法でコーヒーやオールスパイスなどを育てている先住民ナワット族の人たちです。彼らが素晴らしいのは、元々ある生物多様性の豊かさをただ守ろうとするのではなく、グローバル化の流れの中で、森林伐採が進んでしまった森の再生をすると同時に、森づくりが自分たちの仕事になるよう自分たちのコミュニティを組み立てていこうとしている点です。つまり、生物多様性を守ること、そして一度失われてしまった生物多様性を再生すること、この2つのやり方で森林農法に関わっています。

彼らが挑戦しようとしたのは、森の多様性を取り戻すことです。高さも大きさも全く違う木をたくさん植えることによって、植物、動物、昆虫そして微生物の多様性を守っています。ナワット族の人たちが管理しているこの森林農法のコーヒー園では、たった1ヘクタールの中に350種もの有用植物が見られます。

いま目の前に皆さんが見て頂いている左側がメキシコや他の国々で行われている森林農法によって守られている森の写真、そして右側がコーヒーを育てるためにすべて伐採したプランテーション型で単一作物栽培をしている畑の写真です。この写真を見比べると明らかですが、環境的に見ても経済的に見ても、右側のプランテーション型の方が脆いことがわかると思います。もし市場が崩壊してしまった時、コーヒー以外の作物が取れなかったらどうなってしまうのかということはもちろんのこと、自然を守る、生物多様性を守るという意味でも、森林農法の方が優れていると言えるでしょう。

■ナワット族の知恵に学ぶ

ここまでお話してくると、皆さんは「森林農法を続けてきたナワット族とはどういう人たちなんだろう? そのナワット族が作ったトセパン協同組合はいったいどういう組織なんだろう?」と思われることと思います。

このトセパン協同組合は、先住民にとって大切な協同組合であるばかりでなく、12月に発足するメキシコの新政権においても非常に重要な存在となっています。

今皆さんがご覧になっているのは、プエブラ州シエラノルテのナワット族の人たちの暮らしを描いた画家グレゴリオ・メンデスさん(ナワット族)の絵です。トセパン協同組合は一つの組合ではなく、その中に小さな組合がいくつもあるんですが、その主要な「トセパン・ティタタニスケ」という組合は、ナワット語で「共に働き、共に考え、共に行動すれば、打ち勝つことができる」という意味です。

トセパン協同組合は、プエブラ州北東部にある26の自治体に広がる11の協同組合から成っていて、410以上のコミュニティで35,000世帯の組合員をかかえています。いま皆さん左にご覧になっているのがプエブラ州全体の写真です。そして右側にあるのが、クエツァランという町です。トセパン協同組合の拠点があるクエツァランは本当に美しく魅力あふれる町です。左の写真で影になっているところはすべて森林農法によってコーヒーを栽培しているところで、生物多様性の宝庫となっている森です。

トセパン・ティタタニスケ協同組合は40年前に、5つのコミュニティから集まったほんの数家族が始めました。彼らは搾取し続けられる自分たちの資源、生産力などの人材、そして何よりも大切な自分たちの尊厳をどうやって取り戻していくのかという問題に立ち向かうためでした。

いま右手にある写真が、480のコミュニティから地域集会をするために毎月集まっている人たちの写真です。そしてこれがトセパン協同組合の中にある「マセウアル・チカウアリス」という名前のまた別の組合です。ナワット語で「先住民族の力」という意味です。主要な生産物であるコーヒーとオールスパイスを焙煎し、袋詰めして加工するのがこの組合の仕事です。


去年、クエツァランにトセパン協同組合初のカフェがオープンしました。それから、これはまた別の共同組合で、「女性たちよ、つながれ」という意味の「トセパン・シウワメッフ」という協同組合です。コーヒーとオールスパイス以外のさまざまな作物の加工を女性中心で担っています。

2年前、トセパン協同組合が設立されて初めて、女性の代表が選出されました。彼女の名前はパウリーナ・ガリードさん。他にも「私たちの家」を意味する「トセパン・カリ」という組合があり、エコツーリズムを行っています。とても美しい場所やルートを作って観光客を受け入れています。それから、「健康な生活」という意味の「トセパン・パフティ」という伝統医療に取り組む組合もあります。彼らは189種のハーブや薬草を知っていて、200以上もの病の治療に使っています。

そして、「みんなのお金」という組合の銀行「トセパン・トミン」についてお話したいと思います。1988年、組合員の小さな事業をサポートするために誕生した銀行です。出資先の74%が女性となっているこの「トセパン・トミン」は、マイクロファイナンスの素晴らしいモデルとして、2017年、ルクセンブルクの外務省からヨーロッパ・マイクロファイナンス賞を受賞しました。そして1980年からトセパン協同組合でアドバイザーとして関わっているアルバロ・アギラルさんが、現地で賞を受け取りました。

トセパン協同組合についてはおもしろい取り組みが他にもたくさんあるのですが、時間がないので、教育の分野についてお話したいと思います。トセパン協同組合は、「精神の開く場所」という名前をつけた教育センター「カルタイクスペタニロヤン」を建てました。

■いのちの種まき~メキシコ新政権による100万ヘクタール植林プロジェクト

最後に、メキシコの新しい政治にも触れていきたいと思います。12月から大統領になるアンドレス・マヌエル・ロペス・オブラドール氏は、先住民ナワット族が長年培ってきたトセパン協同組合を、これからの新しいメキシコの社会・文化・環境を作っていくのに大切なモデルであると話しました。彼が発表した新しい25のプロジェクトのうちの1つを今日は紹介したいと思います。

オブラドール氏が大切にしている最初のプロジェクトは、「センブランド・ヴィダ」(いのちの種をまく)というもので、プロジェクトのリーダーとして、メキシコの社会開発省大臣マリア・ルイサ・アルボレス・ゴンサレスさんを指名しました。マリア・ルイサさんは、トセパン協同組合で技術アドバイザーとして25年間活動していた女性です。このプロジェクトでまず掲げているのは、100万ヘクタールの土地に植林をしていくこと。それを行う際に参考にするのは、もちろん単一栽培のプランテーション型ではなく、森林農法による作物の植林・栽培です。

この100万ヘクタールの植林プロジェクトによって、およそ200万人の農民や先住民、貧困層に雇用をもたらすと言われています。植林していくのは、比較的短いサイクルで栽培、収穫して直接販売することができる果樹や木材で、森林農法の森で伝統的に栽培されてきたトウモロコシやカボチャといった作物も含まれています。

このプロジェクトでは、森林システムを元に戻して豊かな生態系を取り戻すだけではなく、地域に昔からあったコミュニティのつながりも再生することを目的に掲げています。これをもっと推進するような組合を増やし、技術的、経済的支援をするだけではなく、「トセパン・トミン」のように、そこに暮らす若者に奨学金を出したり、保育園を作ったり、それぞれのコミュニティに銀行を作るといったことが計画の中に盛り込まれています。

ですので、国家の政策であっても、そこにあるすべての命とつながり合うことがキーファクターとなっていくわけです。そういったことを考えている時に思い返す言葉があります。トセパン協同組合の設立者であり、2年前に亡くなったドンルイス・マルケスの言葉です。彼はこんなふうに話していました。「彼らの発展や技術、知識を鵜呑みにするのはやめよう。自分たちのフィルターを通すようにしよう。自分たちに有用な部分だけ新しいものを取り入れるようにしよう。科学技術は、私たちの組合にぴったりの戦略を見つけるためのツールにすぎないのだから。」


最後にお伝えしたいのは、新政権の「センブランド・ヴィダ」(いのちの種をまく)プロジェクトで一番大事しているのは、バイオポリティック、つまり命のための政治であること。本当に久しぶりに、政治にすべての命が考慮され、盛り込まれたかたちで決まっていくことになりました。

最後に、またドンルイスさんの言葉をお伝えしたいと思います。「自然こそが私たちの力の源である。この自然がくれる力を使って、この地球上でいま生きているすべてのいのちにとって、そして未来に生きる者たちのための安全な場所を私たちは作っていかなければならない。」

ありがとうございました。

通訳:小野寺愛

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