「土が蘇る。その喜びが私を生かしている」 韓国報告

ナマケモノ倶楽部のみなさん,大地×暮らし研究所、そしてローカリゼーション・ムーブメントに関わる仲間たち、ご無沙汰していますがお元気ですか。先月のラダックに続き、今月は韓国に行っていました。現地の友人たちのおかげで、二つの願いが叶いました。その報告です。
秋晴れの日曜日、毎回楽しみにしている「農夫市場 マルシェ@」にも行って楽しい半日を過ごした。その日は、マルシェの14周年を記念する誕生日だったのだ。この機会に、韓国が世界に誇るべきこのファーマーズマーケット運動の創設者,ぼくの20年来の友人であるイ・ボウンさんにビデオ・インタビューした。(それをいつか字幕付き動画にしてお見せしたいと思っている)

「マルシェ」は質量ともに着実に成長し、真冬や真夏を除き、ほぼ毎週、場所を変えながら開催され、年間500人の生産者が参加し、年間20万人が集って、長い時間をピクニックしながら過ごす場所となっている。
インタビューの詳しい内容は省くが、エコフェミニストの運動、「女性環境連帯」の創始者でもあるボウンさんは、オーガニック農作物を手がける小農民を支え、同時に大都市の子育て世代を支えるというC S Aを展開するために、マルシェという方法を選んだ。最近ではオーガニックから、自然農、バイオダイナミックなどを実践する農民をサポート、今では、熱心にリジェネラティブにも関わり、韓国のパタゴニアなどと連携している。来年の春には、メノビレッジを訪ねたいので、一緒に行ってくれと頼まれた。「大地再生の旅」を韓国でも展開できるといい。


もう一つ、念願のウボ(牛歩)農場を訪ね、イ・グニさんに会って話を聞いてきた。日本の支配下で、一度失われた朝鮮半島のイネの在来種460数種を、政府機関のシードバンクなどにわずかに残る種子から、一つずつ再生してきた人だ。ローカリゼーション・デイJapan で彼にインタビューしてくれた韓国在住のナマケモノ倶楽部理事、韓国ハンサリム生協理事の鈴木あゆみさん、そして、マルシェを通じてイ・グニさんのプロジェクトを応援してきたイ・ボウンさんが連れていってくれたのだから、ぼくはなんという幸せ者だろう。やはり秋晴れの美しい一日だった。(この時のインタビュー動画もいつか皆さんにみていただくつもりなので、当てにせず待っていてほしい)
グニさんは一年前に医師から余命2ヶ月の宣告を受けている。車椅子には乗っているけれど、あちこち飛び回っているようだし、その全身からエネルギーがほとばしるようにぼくは感じられた。
その日は牛歩農場の収穫体験に参加している家族づれにまじって、ぼくとあゆみさん、ボウンさんも、まさに農場のある地域の在来種であるチョドンジ(趙同知)の収穫に参加させてもらった。

この一年、一挙に知名度が高まったグニさんのもとへ話を聞きに集まったメディアやスローフード協会の人たちと共にグニさんを囲むインタビューの後、参加者の皆さんが各地から持ち寄ったご馳走を、ぼくもありがたくいただくことになった。お米は、なんと復活したイネのうちの108種を混ぜたものだという。しかもそれを、グニさんご本人と同じテーブルでいただけることに、感慨無量だった。グニさんの食欲は旺盛で、彼の満ち足りた表情は、どうみても病人のものではなかった。

食事の後、同じテープルで彼はぼくの問いに答えながら、こんなことを言った。一年前に余命2ヶ月を宣告された時には、覚悟を決め、「人生に悔いはない」と死を受け入れた。しかしその後、自分の活動に対する人々の期待の大きさを知って、これはまだ死ぬわけにはいかないと,活動に励んできた。何よりも自分に力を与えてくれたのは、在来種子を植える度に死んでいた土が蘇っていくこと。このことに心を打たれ、深い喜びを感じる。自分を今日まで生かせてくれたのはそれだと信じている、と彼は言った。
ああ、ここにも愛に生きている人がいる。リジェネラティブとはまさにこのことだ、とぼくは思った。自己中心、人間中心を超えて、“つながり中心(キンセントリック)”へと突き抜けていった人の姿がここにもあった。
今、世界のあちこちで、何か重要な転換が起こっているという気がしてならない。でもそれはもう、手遅れなのだろうか。いや、やっぱりあきらめるわけにはいかない、と。






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