この歴史的なフェスで、警備の役目をかってでたブラック・パンサー党の青年たちも、この映画の登場人物だ。「Say It Loud—I'm Black and I'm Proud」という前年のあのジェームズ・ブラウンのヒット曲に示された自己肯定感があたりに満ちている。そんな中、舞台にあがったジェシー・ジャクソン師は、その場を、非暴力の公民権運動を率いて前年に暗殺されたマーティン・ルーサー・キングを追悼し、その遺志を継ぐ、祈りの場へと変容させる。
ジャクソンは聴衆にこう語る。キング牧師は死の直前に、大好きなゴスペル曲「プレシャス・ロード」を、その夜のミサで同行のミュージッシャン、ベン・ブランチに演奏してくれるよう頼んでいた、と。そしてジャクソンは、この場で、その同じ歌を、MLKの葬儀のときと同じように、マヘリア・ジャクソンの歌と、ベン・ブランチのサックス演奏とで聴いてもらいたい、と言って、マヘリアを舞台中央に招く。体の不調を訴えていたという彼女は、ステイプル・シスターズのメイヴィス・ステイプルズの応援を頼む。二人は支えあうようにしながら、衝撃的な絶唱を繰り広げる。これが『S・0・S』の最大の山場のうちの一つだ。
もう一つのハイライトは、スライ&ザ・ファミリーストーンの演奏だろう。そのシーンもまた衝撃的だ。彼らに『暴動』というタイトルを持つアルバム(そのジャケットはなんと全面星条旗)があるが、SFSを出迎え、一緒に歌い、踊る数万の群衆の姿は、まさに暴力のない音楽的暴動とでもいうしかない。白人、黒人、男性、女性が混じりあうこの異色のバンドが披露する一曲は、コミカルで皮肉たっぷりの新曲、「エヴリデー・ピープル(どこにでいるありふれた人間)」。(以下、歌詞の拙訳)
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肉屋、銀行屋、ドラマー・・・
俺がどのグループにいるかなんて関係ない
そうさ、俺はどこにでもいるありふれた人間
青い奴がいて、
緑の奴が気に入らない。
なぜかって?
痩せたがりの太っちょと暮らしてるからだって。
あれが違う、これが違う・・・
ああだとか、こうだとか、やれやれ。
でも、一緒に生きていかなくちゃ。
俺はあんたより上じゃない。
でもあんたも俺より上じゃない。
何をしようと、おんなじようなもんだ。
・・・・・
そうさ、俺はどこにでもいるありふれた人間
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黒いのが嫌いな黄色い奴
赤いのが嫌いな黒い奴
白いのが嫌いな赤い奴・・・
あれが違う、これが違う、
ああだとか、こうだとか、やれやれ。
そうさ、俺はどこにでもいるありふれた人間
・・・・・
舞台に上がる者たちも、5万人の聴衆も、確かにそのほとんどは黒人に見える。しかし、よく考えてみれば、黒人の定義などは誰にもわからないのだ。そんなことには関係なく、これは「ブラック」なのだ。
確かに、会場にはブラック・パンサー党がいて、アフリカン・ファッションがある。映画にも、マルコムXが、ストークリー・カーマイケルが登場する。繰り広げられる演奏は怒りに悲しみに彩られている。しかし、だからといってこのフェスが、偏狭なブラックナショナリズムだの、「スーパー・ブラックネス」だのに、絡めとられることはなかった。憎しみを超越して、愛と寛容の次元へと人々は手をとりあって進み出ている。
ある力が働いて、このフェスの映像を長く、埋もれさせたのだと仮定しよう。それはある人々の無意識のうちにあった恐れかもしれない。彼らは何を恐れたのだろう? 怒りや憎しみ? 暴力? いや、それよりも、このフェスに表現された生きる喜びが生み出す圧倒的なエネルギーなのではないか、とぼくは思うのだ。
この映画の楽しみの一つは、あの半世紀前のフェスをミュージッシャンとして、あるいは聴衆の一人として経験した人々が、当時を回想するインタビューが散りばめられていることだ。素敵なおばあさんになったグラディス・ナイト&ザ・ピップスのグラディスや、フィフス・ディメンションのマリリン・マックー・・・。当時、群衆の一人だったある人は、「アスファルトを突き破って咲いたバラのようだった」と語る。また当時まだ子供だったという男性は、涙ながらにこう言った。この映画を見て、あれは夢じゃなかった、「自分の頭がおかしかったんじゃないと、やっと確信できたよ。それにしても、なんて、美しかったんだ!」
以下、舞台に登場する人々を、思い出す限り、あげてみよう。
スティービー・ワンダー
トニー・ローレンス
ジョン・リンゼイNYC市長
ハービー・マン
B.B. キング
フィフス・ディメンション
エドウィン・ホーキンス・シンガーズ
ステイプル・シンガーズ
クララ・ウォーカー
ジェシー・ジャクソン
ベン・ブランチ
マヘリア・ジャクソン
メイヴィス・ステイプル
デヴィッド・ラフィン
グラディス・ナイト&ピップス
スライ&ファミリーストーン
モンゴ・サンタマリア
レイ・バレット
ソニー・シャーロック
マックス・ローチ
アビー・リンカーン
ヒュー・マスケラ
ニーナ・シモン
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