ありがとう、ニッポン原住民  追悼石垣金星 



石垣金星さんが、逝ってしまった。

どこに行ったんだろう。金星さんがいない西表なんて、想像できない。金星に帰ったのかな? などと冗談を言ってみたくなる(実際、彼はよく、講演会やコンサートで「金星から来ました」と言っては結構ウケていた)ほど、この世の人とは思えない不思議なオーラを放っていた。いやいや、どこへ行ったかと言えば、ヤマネコとイノシシたちのいる山に帰って、森の精となったのか、いややっぱり、ニライカナイかな? 節(しち)祭りの時に、男たちが颯爽と海に船出していくのを浜で女性たちが手を振って踊りながら見送る光景が目に浮かぶ。行ってらっしゃーい。

長い間、ご無沙汰してしまって、会いたいとたびたび思っていたのにそれができず、悔しい。

「この世の人とは思えない」と言ったが、それでいてこれ以上ないっていうくらい大地にしっかり根を張った地球人だった。今から30年近く前、14年間の海外暮らしを経て帰国したばかりのぼくにとって、彼の存在感は圧倒的だった。海人にして、土人。ぼくが探し求めていたニッポン原住民(中国語ではこう言う。「先住民」はもう亡くなってしまった住民のこと)がここにいた。お連れ合いの石垣昭子さん(ぼくにとってもう一人の憧れのヒーロー)と組めば、それはもう怖いものなしだった。


三度目の訪問だったか、ぼくの友であり、師でもあるカナダのデヴィッド・スズキと一緒に書いていた本(のちに The Japan We Never KnewやThe Other Japanというタイトルで出版)の取材で訪ねた時のことを10年後にぼくはこう回想していた。


出発を明日に控えたぼくたちのために、昭子、金星夫妻は紅露(くーる)工房で小さな宴を催してくれた。昼間の仕事をすでに終えた機織り機が、部屋の片側に静かに並んでいる。窓やドアはすべて開け放されて、心地よい風を呼び入れている。闇の中でいっそう黒々と見える木々の花や葉や実が、濃密な香りを送り込んでくる。どれも昭子さんが染織に使う植物たちだ。天井から吊るされた昭子さんの作品が風に揺れている。テーブルの上には魚とイノシシの刺身、山から採ってきたばかりの山菜そして、金星さんが長寿の薬と呼ぶ泡盛。その金星さんは、ゴザの上にあぐらをかいて座り、三線(さんしん)を奏で、静かに歌いはじめる。島唄が熱を帯びはじめる頃、昭子さんは立ち上がり、織布を頭に巻いて踊り始める。


 夜がゆっくりと更けてゆき、ぼくたちは「丸ごと」の感覚の中にいた。闇さえ囁くような静けさ、三線の懐かしい響き、優雅な舞い、新鮮な味覚、芳しい風の香り。それらに包まれてぼくたちは満ち足りていた。欠けているものも、余計なものも何ひとつなかった。ぼくたちの住む都会は遥か彼方だった。常に時間に追われ、満たされぬ思いに駆られている人々の住む場所を異星のように遠く感じながら、ぼくたちは今、ここにあることの幸せを感じていた。

(『スロー快楽主義宣言』辻信一)


その後、デヴィッドの娘、セヴァン・スズキやナマケモノ倶楽部の仲間たちと何度か西表を訪ねて、その度にご夫妻に大変お世話になった。また坂本龍一さんのテレビ番組のための旅にも同行させていただいた。去年12月に旅立った藤岡亜美も、ご夫妻に可愛がっていただき、西表を自分の故郷の一つだと思っていたようだ。ここ数日、真砂秀朗さんと金星さんのアルバム『真南風(マーパイ)』を聴きながら、その頃の写真を掘り出して見ていたので、いくつか見ていただくことにしよう。『真南風』の最後の曲、「鳩間節」での金星さんの三振と歌声が胸に染みる。YouTubeにもあるのでぜひ。


以下、2000年台の半ばに、「ソトコト」誌に載せていただいた金星さんへのインタビュー記事を読んでいただきたい。冒頭の写真はその時のもの。また、文中に出てくるリゾート開発問題には、坂本龍一さんも強い関心を示してくれた。


 

西表島のスローな時間とエコツーリズム


沖縄西表島が今、大規模リゾート建設をめぐって揺れている。その開発計画の見直しを迫る運動の中心に石垣金星さんはいる。60年代にいちど東京に出て暮らした金星さんは、1972年の沖縄返還の直後、西表に戻った。「復帰のどさくさにまぎれて、島外資本が「島を剥がすように」、二束三文で土地を買い占めていくのを見るに見かねて、「とにかく島に帰らなければいかん」と思ったからだ。


それから三十余年、変動する世界を島から見てきた。「島から見ていると世界がよく見える」と彼は言う。沖縄本島を見ると、背中ばかりが見える。本土ばかりを見ているから。日本を見ても背中ばかりが見える。アメリカばかり見ているから。


西表にも明治以降、たびたび開発の波がやってきた。それらの計画のすべてが、島に昔からあった知恵を完全に無視する点で共通していた。そして、どれも、地元の人たちのためのものであったためしがない。結局、西表の人々が、戦争をはじめとした歴史の波に揉まれながらも生き延びてこられたのは、豊かな自然とその恵みのおかげだ、と金星さんは悟った。それさえあれば生きていけるし、実際生きてこられた。


「外で何が起ころうと、お金があろうとなかろうと、常に変わらない島の土台だったんです。これをなんとしても守りたい。緑豊かな森があるからこそ、よい水がある。西表では、どこでも山の水は安心して飲めます。世界中にそんな場所がどれだけありますか。石油は飲めないけど、西表の水は安心して飲める。そしてそのよい山の水があればこそ、おいしい米があり、川や、サンゴ礁の海の幸がある」


リゾートが破壊する自然、時間、暮らし


 今度のリゾート開発の計画が実現したら、一体何が失われるのでしょう。

石垣 西表島の人口は二千人ちょっと。リゾート計画が持ち上がっている西部地区は千人です。そして、リゾート開発の内、今ある計画だけでも、ホテルやコテージの収容人員、従業員、そういったすべての人を合わせると千人。つまり、地元の人口に匹敵する人々が押し寄せるわけです。これで島の人々の生活が左右されないわけがない。私がいちばん危惧するのが、島民のゆったりとした生活のペースが壊されることです。潮の満ち干に寄り添うように生きてきた島民の時間が、リゾートを中心とした時間によって壊されていく。もちろん、水の問題やゴミ処理の問題も出てきます。また、その場所は、浦内川の河口地域で、生態系にとっていちばん大事な汽水域です。そして、海側は、西表で最も美しいといわれる浜に面したところです。


辻 いわば生態系のホットスポット。そんなところにリゾートなんて、この計画はほとんど植民地的な発想ですね。

石垣 全くです。島には戦前炭鉱があって、これも西表島最大の産業として君臨したんですが、それは、島の伝統的な産業である農業や伝統文化が衰退した時期でもあった。炭鉱と一緒に本土から様々なものが流入し、人々は貨幣経済に巻き込まれ、農業よりも炭鉱で働いて現金を得る暮らしに巻き込まれた。お金さえ出せば、それに代わるものを手に入れることができるようになった。その中で真っ先になくなったのが伝統的な織物だったんです。現金収入を得る仕事のために、田んぼも打ち捨てられるようになった。つまり、炭鉱が島にやってきて、すべてが変わり始めたんです。観光と炭鉱は、「か」と「た」が違うだけで、基本的には同じこと、植民地型、搾取型の構造なんです。


 物質的な破壊もさることながら、金星さんが真っ先にあげられた、時間のことも重要です。自然との切っても切り離せない関係の中にある島の時間が一度壊されるをされると、取り戻すのはとても難しいと思う。

石垣 そう。たとえば私の家は先祖から五百年続いている。五百年の厚みがあるから五百年先が見通せる。それが文化というものではないでしょうか。リゾートによって一時的に一部の人が潤うかもしれないけれど、島の人たちの暮らしや自然は断ち切られてしまう。

 そして自然が破壊されてしまうと、未来の世代の生きていく基盤が失われてしまう。

石垣 そして、西表独特の価値が失われてしまって、西表を第二の故郷のように大事に思ってくれている外の人たちに、そっぽを向かれてしまうでしょう。

 リゾートなんて、どこにでもあるわけですからね。リゾートがないことこそが西表の魅力なのに。


スモール・イズ・ビューティフル


石垣 スモール・イズ・ビューティフル。これは西表に全くぴったりの言葉です。小さいけれど、そこにすべてがセットになって揃っている、というのがこの島の特徴なんです。そして、そこに培われた文化の特徴は、山、森、川、サンゴ礁と、島の一人ひとりが、そのセットすべてに関わり、利用して生きてきた、ということです。西表は、山の奥まで行っても、一日で帰ってこられる規模です。山の奥にはイノシシが何千頭といて、何年何百頭と獲ることができる。海にはもちろんいつでも魚はいるし、サンゴ礁は海の畑と言われるほど貝や海藻が豊富です。昔の人は、まずカマドに火をつけておいて、それから海に食べ物を採りにいったと言われるほどです。また、自然といかにつきあうかという伝統的な知恵や作法があって、それが歌や祭事となり、一年を通して神様にお祈りし、感謝の気持ちを表す、豊年祭や節(しち)行事となって表現されるわけです。だから、歌や踊りや祭を守っていくことは、とても大事なことなんです。


 リゾートというのは、その小さくてスローな美しい島に持ち込まれる巨大でファストの開発です。西表には、その小ささと遅さにふさわしい発展の仕方があるだろうに。

石垣 私は初めから反対でした。でも反対だけでは解決にはならない。それに代わる具体的な地域振興のあり方を、様々な人の知恵を借りながら模索してきたわけです。そのひとつがエコツーリズムです。

辻 世界中でエコツーリズムが経済発展のための方法として注目されているけど、単にお金を稼ぐ手段であればマスツーリズムでもいいはずですよね。島の人々にとって、エコツーリズムはどんな意味をもっていると思いますか。

石垣 今、エコツーリズムは流行り言葉だけど、ややもすると、金儲けが先に立ってしまいがちです。でも、まず第一は自然環境を大切にすること。自然あってのエコツーリズムなんだから。お金は結果として後からついてくるもの。短期的に自然を食いつぶしてしまうのではなく、百年も二百年先も見通せるようでなければ。さもないと必ず自分で自分の首を絞めることになります。エコツーリズムとは諸刃の剣なんですね。実は観光地といわれるところほど、自分の時間がないんです。いわばお金で自分の時間を売り渡してしまっている。だから、本当のところ、私は、積極的に観光は進めたくないんです。あくまでも伝統的な生業(なりわい)と祭を守るのが基本。そしてもし必要なら余った時間でエコツーリズムなどを進める。観光はあくまで「従」でなければならない。


 小さな島には、それにふさわしい暮らしぶりがあるように、エコツーリズムにもそれなりのスモールでスローなやり方があるはず。

石垣 観光客にとっても、あっちこっち四島、五島と短い期間にも回る、なんて大変。ただゆっくり過ごすだけでもいいんです。疲れている人は木の下でゆっくり寝て、島の風に吹かれる。それも一つのエコツーリズム。きちっとスケジュールを組まず、流れに任せてやるんです。縦横無尽にゆったりと。都会の人たちはみな時計を持ってきて、動きを時計に合わせようとします。しかし、潮の満ち干は、時計に合わせて起こるわけではない。エコツーリズムの基本、それは自然の流れに身を任せる、ということです。

辻 ところで金星さんは時計を持っていないんですか。

石垣 持ってませんよ。


石垣金星:西表島祖内地区(沖縄県八重山郡竹富町字西表)に生まれ育つ。西表を代表する文化伝承者として、過去30年にわたって、島の自然と文化を土台とする「島おこし」運動に取り組み、伝統織物の復興、完全無農薬米の栽培、エコツーリズム協会の設立等で指導的役割を果たしてきた。現在、「西表の未来を創る会」会長、「西表エコツーリズム協会」会長。三線と歌によるコンサート活動でも知られる。CDに真砂秀朗とのコラボレートによる「真南風) (マーパイ)など。


注:西表島のリゾート問題

日本で最大の亜熱帯生態系を持つ沖縄県の西表島にある月が浜。この美しい海岸で、多くの反対を押し切って大規模のリゾートホテル建設が進められた。地元竹富島は住民の了解を得ないまま犬に開発許可を申請。生態系への負荷、ゴミやその処理問題など西表島の貴重な自然環境に多大な悪影響を及ぼすとして建設反対の声が全国的に高まり差し止め訴訟が起こされたが、2007年1月住民側の請求が棄却された。





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