社会と私のグラウンディング~サティシュ・クマールとの対話



3月末に予定されていた10日間のサティシュ・クマール来日ツアーがキャンセルになって、なんか、ぽっかりと穴が空いたような感じがしたけど、それは、ちょうど、ぼくが退職する時期に重なっていたからかな、とも思えて、ともかくコロナ危機の到来とともに、不思議な時空間の中にぼくは入り込んでいったのである。


以来、友人としての、精神的な師としてのサティシュ・クマールの存在が、どこかでぼくのコロナ・デイズを支えてくれている、と感じてきた。物理的には、今までにも増して遠く、しかし、心の中では、これまで以上に近い。これも、時間と空間の距離感が捻れるというコロナ的日常ならではの現象の一つかもしれない。


そのサティシュが、数日前にメールをくれた。シューマッハ・カレッジ出身の高野翔さん翻訳による記事を添付してあった。実はそれと前後して、Greenzのコウタ君から、こんなメールとともに、同じ記事が送られてきた。

「サティシュさんのお出ましです。グリーンズでは、いま、ローカル経済の特集ページを展開しているんですが、そのメインライターがシューマッハ・カレッジの出身でして。
サティシュさんがカレッジ卒業生向けに書いたメッセージを受け取り、ご本人に日本語での掲載許可もして、こうして記事ができました」

新型コロナウィルスは地球からの声。思想家、サティシュ・クマールは語る

「この危機から私たちは何を学べるのか?」

https://greenz.jp/2020/05/20/satish_kumar_covid_19/


まだの方はぜひ読んでいただきたい。

また、その補足になればと、以下、サティシュからの最初のメール、ぼくからの返事、そしてそれへのサティシュからの返事を一部省略して訳してみた。その対話の中に出てくる「ワールド・ローカリゼーション・デー」について、またブータンやタイ北部の動きについては、また改めて書きたい。 


辻 信一


 

5月20日


Dear Keibo,


この困難な時に、元気にしていてくれるよう願っている。

・・・私とジューンは元気に、静けさと沈黙の時を享受しています。

Takano Shoくんが私の書いたものを日本語に訳してくれたので、君にも送っておくね。

ぜひ、便りをください。そして君がどうしているか、教えてほしい・・・

ご家族や日本の友人たちにどうぞよろしく。

 

5月22日

Dear Satish,


和訳の原稿、どうもありがとう。感動的で、励みになります。あなたの本を今年訳そうという情熱が高まるのを感じました。・・・・また、そこに、このパンデミックの中にあって、あなた方が見出した静けさに満ちた新しい日常生活の喜びを知ることができて、うれしいです。


ぼく自身にとっても、この日常はとても興味深い経験です。いろんな意味で試練に満ちている、でも楽しくも面白くもある。・・・一日一日、一食一食のありがたさが際立ちます。大学からの現役引退、母の13回忌、兄の一周忌・・・つくづく、人生の特別な数ヶ月であったな、と。


一方では、強いられて始まったこの新生活は時に苦痛なほどに単調で、時間がびっくりするほど速く過ぎ去るようにも思え、他方では、ブータン奥地に行っていた2月末やカナダに行っていた3月上旬が、遠い過去のように感じられる。何か、時間がワープしているようです。


ぼくは近くの舞岡公園の森に通っています。都市には珍しい健全な森の中で平安で瞑想的な時間を過ごすというこの新しい習慣は、ぼくにとって最上の喜びです。毎朝、ヨガと瞑想に一時間以上かける、この数年来の習慣も続けています。最近はiPhoneで、プラム・ガーデンの瞑想ガイドに導かれながら、瞑想をするのを楽しんでいます。



読むこと、書くことにも前より身が入る気がします。コロナ・パンデミックをめぐる世界中のディスカッションにもできるだけついていけるように、努力しています。なんか、学生時代に戻ったみたいです。

パオロ・ジョルダーノというイタリア人の作家が感染爆発で緊迫している最中に書いた本を読んだら、コロナは私たちの文明をレントゲンにかけているみたいだ、と言っていました。実はぼくも2011年の福島の原発事故の直後に、アメリカのメディアのインタビュを受けた時に、同じ比喩を使っていたんです。


あなたがいう通り、この危機を通じて送られきた自然界からの「メッセージ」をしっかり受けとめたいものです。これは、人類が大転換を遂げる絶好の機会となりうると思う一方、これが最後のチャンスにならないといいが、とも・・・。


それだけに、社会に相変わらず支配的な近視眼的な、“ビジネス・アズ・ユージュアル”に戻りたいという「今まで通り」への強い執着には、がっかりしますが。多くの人々が苦しみ、そして絶望の淵にあることには心が痛み、無力感を感じざるをえません。でもその一方で、その同じ人々が待ち望んでいる経済復興なるものが、人類にとっても自然環境にとっても事態をより深刻化することになるのも、明らかです。


地域に根を張って(localized)、大地に足をつけて生きている人たちは、世界のあちこちでますます活き活きとしているように見えます。ぼくのブータンの友人や知り合いたちは、出身地の村へとどんどん戻っているようです。その村々では、国王や政府が奨励したこともあって、過疎化で荒地になっていた耕作放棄地をみるみるうちに畑へと戻しているようです。人口の都市集中が数々の深刻な問題を引き起こしていたつい数ヶ月前までのブータンは、明らかに、今、大きくローカルへと、舵を切り始めているのでしょう。


また、北部タイの友人たちは、他の先住民のコミュニティと特産物の交換を始めているそうで、地域間を結ぶ、インターローカル経済圏が新たに生み出されているようです。

ローカリゼーションといえば、ご存知のように、ぼくたち共通の友人、ヘレナとそのチームは今、6月21日の夏至にオンラインで行われる「世界ローカリゼーション・デー」の準備で大わらわですね。ぼくもこう信じています。この危機を好機として、ぼくたちの社会がグローバルからローカルへと転換すること、そして自分たち自身もまたグラウンディングする(土へと帰る)ことが不可欠だ、と。

どうか、引き続き、お元気で。

愛と敬意を込めて、

マイオカ生命地域より、keibo

 

5月23日


Dearest Keibo

君のメールを受け取り、近況を聞けてうれしい。

私たちは時々、スローダウンしたり、自分自身、友人たちや家族とつながり直すために、危機というものを必要としているんですね。私とジューンにとっても、そう。私たちは今、シェークスピアのソネットを毎日一緒に読んでいる。一緒に歩き、一緒に料理します。(略)


君が私の本“Elegant Simplicity”を訳してくれるのは、とても本当にうれしく、また私にとって光栄なことだ。その本が出版されるのに合わせてまた日本を訪問できるかもしれないね。(略)


ヘレナとは「世界ローカリゼーション・デー」のことで話しています。少し前に彼女が撮影した私とのやりとりを流してくれると思う。オンラインでも出るようにと言ってくれたが、私はテクノロジーに疎いし、私の住んでいる北部デヴォンの田舎ではネットのつながりも弱いようで・・・。

君のいうように、このコロナ危機からこれまでとは違う新しい世界が姿を現すことを願いましょう。もっと自然界と調和した世界が、グローバル大企業の代わりに地域のコミュニティが繁栄するような世界が。

Safe and sound,

愛を込めて

Satish



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