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ブータン・チモン村に学ぶ「豊かな住まい」の知恵


大岩剛一(スローデザイン研究会代表)

2015年3月、ブータン東部GNHツアー報告集より



祈りの家

ブータン東南部のペマ・ガツェル県中西部。チモン村はモンガル県境を流れるダンメ・チュに近い、奥深い山間部の隠れ里のような集落だ。標高1100~1200mの谷合の緩やかな斜面に家々は広範囲に点在し、母屋と作業庭を中心にトウモロコシや雑穀、野菜畑、放牧地が広がる。水田が谷をびっしり覆うブータン西部とはまったく異なる集落景観だ。 チモン村には石の家が多い。西部のような豪壮さはないが、ここの石の壁には独特の気品がある。積んだ石を土で固めた厚さ50~60cmもの保温力の高い壁が、かつて家畜小屋だった一階(*注)と二階の居住空間を風と寒さから守っている。深い軒に覆われた屋根裏は、風通しの良い格好の貯蔵庫だ。


かつては家畜小屋だった民家の一階

薪置場になっている二階の厚い石の壁からは仏教様式の装飾を施した薄い木造壁が迫り出している。採光と通風を兼ねた火燈(かとう)窓と白いしっくい壁がセットになって、まるで大きな出窓のように見える。それは、住居が神と共に生きる場所であることを示す聖なる徴(しるし)だ。チモン村の住居の特徴は、母屋と炊事小屋が二棟に分かれた分棟型の配置にある。宿泊したタラモ、ルンテン夫妻の炊事小屋での食事風景は忘れられない。

朝日もほとんど入らない煤だらけのまっ暗な室内。壁際の竈(かまど)にくべられた薪の炎を中心に、車座になって床に直接座る。煮炊きの手をゆるめずに、さかんに食事を勧める夫婦の絶えない笑顔と笑い声。煙が充満する煙突のない室内は、虫を殺めず寄せつけない村人の知恵かもしれない。


マツの板で屋根を葺いた炊事小屋。左が母屋
かまどのある炊事小屋の内部

この炊事小屋の屋根は厚いマツの板を少しずつ重ねて並べた板葺きだった。ブータンではマツはさまざまな生活儀礼に欠かせない聖なる木だそうだ。入口の軒先に吊された男根をかたどった彫物や魔除けの弓。そこは、いくつもの結界を張りめぐらせた火の神の棲む家。豊饒なる大地の恵みと家族の幸せを願う、祈りの小屋だ。

*注)現在一階の多くは寝室や作業場に改造されたり、そのまま薪や農具置場に転用されているが、かつて家畜のいた吹きさらしの一階部分は、いわば高床様式の縁の下に当たる


「M夫人の家」平面図。作成:大岩剛一

自給の楽園

チモンはシャチョップと呼ばれる先住民の村だ。竹を編んだ壁下地の上に土を塗っただけの、仏教文化の影響をあまり受けていない質素な平屋の高床の家も多い。日本の民家では竹を格子に組んで藁縄で縛って下地にするが、ここでは竹を網のように編んで使う。形を自在に変えるしなやかな竹版技術は、ザルやショイコなどの生活用具から、家畜小屋や牧草地の見張り小屋の壁、屋根裏や窓の風除け、室内の間仕切に至るまで、暮らしの中に深く浸透している。石、土、木と並ぶチモン村の住まいの主役といっていい。

面白いのは母屋の壁に張りつくように設置された高床のテラスだ。床には割竹を敷き詰め、屋根は庭先で栽培しているバナナの葉と、シンブーという草を組み合わせて葺いている。柱や梁や床組は、フランシンという樹の皮を割いて作った縄で縛って接合する。


母屋に隣接した作業用テラス
バナナの葉で葺いた屋根と樹皮で作った縄

このテラスは、風通しの良い日陰のある半戸外ともいうべき貯蔵と作業のためのスペースである。竈での煮炊き以外の調理の下ごしらえから、家事労働のほとんどすべての作業がここで行われ、村人同士の交流も行われる井戸端的で多機能な空間だ。

人の暮らしが自然界と一体となって循環する自給の村チモンでは、母屋とテラスと、その周囲に広がるすべての外部空間が作業場なのだ。村の暮らしを支えているのはヒマラヤ山脈がもたらす豊富な水と、夏のモンスーンがもたらす森の恵みだ。モンガル県の水力発電所からはるばる引いてくる電気は貴重だが、生活に必要な水はすべて山から引き、煮炊きと暖房は薪でまかなうエネルギー自給の村だ。

近年民家の屋根のトタンを始めとする安価なインド製の工業製品の流入が目立つようになったが、家を自給するための彼らの知識の豊富さは測り知れない。多様な植物建材の種類とそれぞれに適した用途。そしてそれを可能にする技術。親戚、友人と一緒に楽しく家作りをする結(ゆい)も生きている。村を取り巻く環境を知りつくした人々の、長い伝統的な暮らしの中で積み上げられた優れた技術と豊かな知恵は健在だ。

チモン村は自給の楽園。大地に根ざした暮らしが受け継がれていく限り、住むための豊かな知恵も継承される。それは、私たち日本人が失って久しい「住む」という技術だ。

 

大岩剛一プロフィール


建築家(一級建築士)。成安造形大学造形学部教授。スローデザイン研究会代表。(有)ゆっくり堂役員。99年、環境文化NGOナマケモノ倶楽部のメンバーとして、持続可能な社会に向けた住環境のあり方をテーマに活動する中でストローベイル・ハウスに出会う。2001年より「藁」と「スロー」をキーワードに、住の見直しと新しいライフスタイルの創造を視野に入れたスローデザイン研究会を主宰、「藁の家」の研究と普及に努める。

著書に『スローなカフェのつくりかた ~暮らしをかえる、世界がかわる~』 (共著、自然食通信社、2009)、『わらの家』(インデックス・コミュニケーションズ、2006)、『草のちから藁の家』(共著、INAX出版、2000)、『ロスト・シティ・Tokyo ~忘れられた風景からの都市論~』(清流出版、1995)、『大岩剛一とスローデザイン研究会の仕事』(スローデザイン研究会、2018)。

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