今日は小正月。満月も間近です。去年の正月からABC順に聴いてきたJAZZの”旅”は、やっとチャールズ・ミンガスの『MINGUS AH UM』にたどり着いている・・・
そう、こういうのが「ナマケモノしんぶん」でいう、ニュース(not-so-news)。
小正月と言えば、思い出すのは、奥会津でこの特別な日を迎えた20年近く前(?)のことだ。
愉しみを雪が運んでくる
雪深い奥会津で小正月を迎える。歳神(サイノカミ)と呼ばれる祭りの前日、家々では「団子さし」を飾り、道具類を並べてローソクに火を灯し、酒食を供えて「年とり」の行事を行う。
雪の降りしきる中、奥会津書房の遠藤由美子さんに連れられてマタタビ細工の名人として知られる、村の長老を訪ねる。コットンンパンツにジャンパー姿、短く刈込んだ白髪頭の下の清閑そうな顔にさわやかな笑顔を浮かべ、83歳の五十嵐文吾翁は、ぼくたちを迎えた。
仏壇や神棚のある奥の間には、すでに団子さしが据えつけられている。餅花と言われるように、木の枝に白、黄緑、桃色などの団子をさして、部屋に春めいた空気をつくり出している。奥さんの手作りのそば団子をごちそうになる。こんなものは都会じゃ食えねぇだろうから、と翁は遠慮するぼくたちを居間のこたつに座らせる。もう自分たちはそばづくりからは引退したが、村では昔から変わることなく自給している。ソバ打ち名人がここにはたくさんおるんです、と翁は言う。
ぼくにとっては、はじめて食べるそば団子だった。醤油だけをつけて食べる。これまでに食べたことのあるソバがきなどよりも柔らかく、独特の弾力があり、とてもそば粉だけででできているとは、思えないほどだ。そのシンプルな味が逆に醤油そのもののうまさを引き立たせるようでもある。遠慮した割には次々に皿に手を伸ばすぼくの様子を見て、彼は手を頭に置いて、悩ましそうに何やらブツブツとつぶやいている。遠藤さんの通訳によれば、彼は、そば打ち名人である自分の息子の打ったそばをぼくに食べさせる算段をしているのだという。
今晩、奥の間で行う「年とリ」の行事のために、仕事場に道具たちを並べてあるのを見てほしい、と翁はぼくたちを別棟に案内する。囲炉裏のように一段下げた床の上の小さな薪ストーブに、乾いたカヤを押し込んで火をつける。瞬く間に部屋が暖かくなり、気づけばぼくたちはストーブを囲んで座り、談笑している。翁のすぐ横にはまるで博物館の陳列棚のように大小様々な形をした、刃物類が並んでいる。鉈(なた)、斧(おの)、包丁、鋸(のこ)。そのほとんどがすでに同じものを作れる刃物職人はもういないだろう、と翁が言うものばかりだ。太い木を伐るための大鋸など、ぼくには片手で持ち上げるのがやっと、という重さだ。五十嵐翁は立ち上がってその鋸の柄を握り、どうやって使うかを実演してみせた。
こうやって向かいあって話していると、まるでその輪の中に道具たちも連なっているようで、不思議な気持ちになる。実際、五十嵐翁はまるで自分の仲間を紹介するように、ひとつひとつの道具についてぼくに語ってくれた。人が新年を迎え、ひとつ年をとるように、道具たちもまた、ひとつ年をとる。そういえば、この中の道具のほとんどがぼくと同年輩か、ぼくよりも年上だろう。
翁の背後の棚には、マタタビ細工の材料、つくりかけの笊(ざる)、籠(かご)などが詰まっている。窓辺には知り合いのそば屋に頼まれたというそば笊が行儀よく並んでいる。
マタタビ細工は、冬の仕事だ。何百年も昔から、雪深い冬に、先祖たちがこうして様々な生活用具を作ってきた。五十嵐翁は、その長い時の連鎖の先に喜々として連なっている。遠藤さんの主宰する奥会津書房が編んだ『縄文の響き』という本があり、縄文時代後期にこの地域で作られていた、マタタビ細工の破片が出土したことを写真入りで紹介している。遠藤さんがそのことに触れると、翁はまるで自分の祖父母を思い出しているかのようななつかしそうな表情を浮かべながら、ウン、ウンとうなずいた。そしてこんなことを流暢に話し始めた。
本当のことを言うと、冬はとても愉しい時なのです。ここは雪が多いから不便なこともいろいろありますが、実は、私にとって雪は愉しいものなのです。だってそうでしょう、雪が降れば野良仕事にも出られません。まあ、雪おろしとか、いくつか用事はできるけど、それを済ませてしまえば朝から晩まで一日中みんな私の時間なのです。時には、あれをしてくれ、これをしてくれ、と頼まれもするが、その他は何をしてもいい時間なんです。
私はこの仕事場でマタタビを編むのが好きです。今では国の伝統工芸にも選ばれて、たくさんの人が教えてくれ、とやって来る。で、教えなければなりませんが、それもまた、なかなか愉しいものです。冬にはまた、よく友だちがここに集まって漫談をやります。中には私より年上の先輩たちもいます。おもしろいですよ。いろんな話題がありますが、政治論議をやらせたら、すごい連中です。選挙の結果など新聞記者よりもみごとに言い当てます。そしてたまにはこれもやります。
そう言って翁は、顔の前で杯を傾ける仕草をした。そして本当に酒を味わっているかのような満ち足りた顔をした。(続く)
(『スロー快楽主義宣言! 愉しさ美しさ安らぎが世界を変える』(集英社、2004)第9章「東北という快楽」より)
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