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サマー・オブ・ソウル 魂の夏 (1)


正月に、ぼくがもっているジャズのCD、テープ、LPをABC順にかたっぱしから聴き直していくというぼくのミニ・プロジェクト。今、Lに達して、まだ最愛のアビー・リンカーンが残っているとはいえ、10月にはやっとのことでMに入れそうだ。このMが、アルファベット26文字の中で、もっとも長くかかりそうなのだ。とにかくミンガス、モンク、モーガンが待ち構えているんだから。


昨日から、ラムゼイ・ルイス・トリオの大ヒットアルバム、「ジ・イン・クラウド」を聞いている。最初のタイトル曲は、いつ、そして何度聴いても、おしゃれで、シンプルで、軽薄で、ご機嫌で・・・そこでクラブの客たちが体を揺らし、手拍子とって、お互いの顔を見合わせたりしながら、幸せそうに笑っているのが、伝わってくる。同じアルバムには、しかし、「カム・サンデイ」のような重厚で、敬虔な祈りに満ちた好演も入っている。軽さと重さ、笑いと祈り、楽しさと悲しさ、それらがこのアルバムの中で、見事に、しかし易々と融合している。これがブラック・ミュージック、そして、これがライブだ、という見本みたいなアルバム・・・(ちょっと大げさ?)


今年の夏、ぼくの人生に起こった重要な出来事の一つに、『ソウル・オブ・サマー』というドキュメンタリー映画との出会いがある。まさにこれこそ、BM、まさにこれこそライブ。そしてそれは大げさでもなんでもない。


実は今朝、小林武史さんがホストを務めるオンラインの座談会に出ていたのだが、テーマと関係ないのに、冒頭で小林さんに『サマー・オブ・ソウル』見た?と訊いてしまった。まだだという彼に、あれはぜひ見てほしい、とおせっかい。久しぶりのAPバンク・フェスやレコーディングで忙殺されていただろう彼をつかまえて、暇人のぼくが・・・と後で反省してしまった。


ま、あなたも忙しいでしょうけど、よかったら見てね。



『S・O・S』は映画としてもなかなか優れているのだ。

映画評論家の秋山登はこう言っている。


 野外音楽フェスティバルといえば、1969年夏の「ウッドストック」に止めを刺す。ところが、同じ年の同じ夏に、そう遠くないニューヨーク市ハーレムで6回にわたって開かれた野外フェスのことは一般には全く知られていない。延べ30万人がひしめく大コンサートだったのに。米文化史上の事件のひとつともいえる祭典だったのに。

 これは、その「ハーレム・カルチュラル・フェスティバル」の映像記録である。68年に暗殺されたキング牧師追悼のために黒人ミュージシャンが集った。

 しかし、なぜ長い間日の目を見なかったのか。2016年、本作の製作者がこの音楽祭とその映像の存在を小耳に挟み、探し当てた著作権者は言う。「黒人ライブはどのテレビ局にも相手にされなかった」(朝日新聞、映画評より)


歴史上の大事件として定着したウッドストックと、まったく日の目を見なかったもう一つのフェス。この対比もまた、本映画を貫く一つのテーマだ。この辺の事情を、ローリングストーン誌はこう説明する。


『サマー・オブ・ソウル』は、豪華ラインナップが集結した伝説のイベントの全貌を明らかにしてみせる。「黒いウッドストック」というニックネームを考えたのは、同イベントを映像として記録する役目を務めたハル・トゥルチンだ。・・・同年の夏、そこから約100マイル離れたニューヨーク州北部の農場で開催された、愛と平和を掲げた3日間の音楽の祭典(注:ウッドストック)を描いたドキュメンタリー映画はヒットを記録していた。トゥルチンは自身のプロジェクトを同フェスティバルと並べて語ることで売り込もうとしたが、誰も興味を示さなかった。「ウッドストック」の前に冠された形容詞の部分が、マーケティングにおいてネックになると見なされたからだ。


「黒いウッドストック」、なんと挑発的な言葉だろう。でもタイトルだけが原因だとは思えない。当時のマーケティング業界が、「ブラック」という言葉とその背景に広がる大きな文化的・社会的エネルギーに、脅威を感じていたことは想像に難くない。

1969年といえば、まだ、黒人が自分たちのことを「ブラック」と呼び始めたばかりなのだ。本映画の中にも、「われわれはもうニグロではなく、ブラックなのだ」という表現が出てくる。その「ブラック」という新しいコンセプトを前面に押し出し、高らかに掲げたのが、この映画に描かれた歴史的なフェスだったというわけだ。今日のブラック・ライブズ・マター(BLM)運動の、起源と言ってもいいだろう。


さて、日の目を見なかった記録映像はどうなったのか? なんと、ハル・トゥルチンの自宅の地下で50年近く眠っていたというのだ。その存在を知り、そのクオリティの高さに驚き、プロデューサー、監督として本作をつくりあげることになったのは、アミール・“クエストラブ”・トンプソン。ぼく好きなザ・ルーツというバンドのメンバーでもあり、最近はドキュメンタリー制作の分野でも才能を発揮しているのだという。


さらにローリングストーンから引用しよう。


本作には、当時キャリアのピークにあった複数のアーティストやその他による、ポジティブなエネルギーに満ちたライブ映像が多数収録されている。・・・黒人の権利に対する意識が向上し、多くのリーダーたちの命が失われた激動の60年代の終わりに、彼らの音楽はリアルに響いた。モータウン、ブルース、R&B、アフロ・ラテン、賛美歌など、当時のブラックミュージックは愛と癒し、精神性、欲求、活気、そして怒りに満ちていた。その魅力を知り尽くしたクエストラヴは、強欲さと差別によって黙殺されてきたこれらの映像を蘇らせ、後世に伝えようとした。


最初は6回(8回という説もある)のハイライトを集めた、“グレイテスト・ヒッツ”的な映像作品をつくるつもりだったというクエストラブは、しかし、製作を続けるうちに、より野心的になっていった。出来上がった映画は単なる音楽映画ではない。そこには、<1969年、ニューヨーク・ハーレム>という「欠かすことのできない時代背景も描かれている」


もう少し、ローリングストーン誌より


・・・本作は、ブラック・パワーとブラック・ビューティーの時代だった60年代末に、彼らの住む町が誇った文化の豊かさを体現している。その一方で・・・暴力や不安、暴動、不安定な情勢、コミュニティを蝕んでいたドラッグの蔓延、そして非暴力を訴える反対運動の参加者と、自己防衛のためならどんな手段も厭わない人々の分断も描かれている。

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