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パレスチナへの旅を振り返って(その2) 辻信一


分離壁に描かれた壁画、ベツレヘム

ヨルダン川西岸を訪ねる者が行って、すぐに覚えなきゃいけないのが、A・B・C というエリアの区別です。これを覚えないと、自分がどこで何をやっているかよくわからない。複雑なんですけど、エリアAっていうのが1970年代以降、パレスチナの支配地域と一応認められているところです。人口が集中してる市街地ですね。


次のエリアBは、共同管理地域と言われていて、エリアCは西岸地区の中なのにイスラエルが支配している領域。近年、エリアAとエリアBがどんどん縮まってしまって、今では90%近くがイスラエルのフル・コントロールだといわれる。これを進める方法の一つが入植なんです。


誰が入植するかというと、主に全世界から呼び寄せられたユダヤ系と見なされる人たち。イスラエルに来れば、非常にいい条件で、いきなり自分の立派な家が持てるというので、やってきた人たちが凄い勢いで入植していく。人口の増加ではイスラエルはパレスチナに到底かなわないので、こういう策をとっているらしい。


その結果、それこそ都市が津波みたいに丘を越えてくるというわけですね。そしてそれを囲むように壁がどんどん作られていく。そして入植地のために道路が縦横無尽に張り巡らされる。その道路にはいたるところにチェックポイントが置かれる。


西岸地区のパレスチナ人は、人生のかなりの時間をこのチェックポイントで過ごしています。どこに移動するにも長い時間をかけてチェックポイントを通らないといけない。このことが会話の中にも実にしょっちゅう出てくる。笑い話のタネにもよくなるようです。


通勤している人などは、毎日長い列に延々と並び、大きな銃を持った自分の子供や孫みたいな若いイスラエル兵のチェックを受けたり、嫌がらせを受けたり。とても屈辱的なことを毎日のように経験している。


ぼくはパレスチナ映画やパレスチナ問題を扱った映画をなるべく見るようにしているんですけど、質が高くて優れているものが多いと思うんです。壁とチェックポイントがよく出てきますよね。まるでそれが主題だっていうくらい。そのことと、いい映画が多いことはやっぱり関係しているんじゃないかなって。



イスラエルの側からエリアAへのチェックポイントの手前、道路脇にひときわ目立つ大きな赤い看板が立ってます。そこにはイスラエル市民による、この先への進入は法律で禁止されている。そして“Dangerous to Your Lives”、つまり「いのちが危ない」と書いてある。これがイスラエル側に向いているわけです。


このイスラエル人向けの言葉を見ながら、パレスチナ人はエリアAに入っていくわけで、そのことについて彼らに訊くと、ニヤニヤ笑いながら「うんまあ、ぼくらは恐ろしいテロリストだからね・・・」などと冗談めかして答える。


じゃあイスラエル人にとってはどうなんだろうと思うと、まるで印象としては「この先、猛獣が放し飼いになってるから入るな」みたいな感じですよね。まあ、大多数のイスラエル人はエリアAに近づくこともないし、この看板なんか見たことないとは思うけど、そういう印象だけは多くの人がもっているんじゃないか。


チェックポイントを通って壁の両側を行き来しているのは、ほとんどがパレスチナ人です。イスラエル人の方は、壁のあっち側には行かないからこっち側だけしか知らない。壁の向こう側は見えない。壁で相手を追い詰めている側が、その壁の向こう側についてどんどん無知になって、想像力も涸れて、相手のことがわからなくなっていく。


当たり前のことなんだけど、行ってみて、壁には両面があるんだってことに気づかされたんです。イスラエル支配地域の側はただの灰色の壁なんだけど、パレスチナ側にはグラフィティから壁画までいろんな表現があって、まるで壁がキャンバスです。


“MAKE LOVE, NOT WAR”をもじって“MAKE LOVE, NOT WALL”とか、なかなかユーモアに溢れている。ベツレヘムは特にウォールアートが面白い。インティファーダという二度の実力抵抗運動をリアリスティックに描いた壁画も迫力ありますが、バンクシーとそのチームが造った「ウォールド・オフ・ホテル」の近くの壁には、所狭しと世界各地からやってきたアーティストによるグラフィティ・アートが描かれ、見事です。壁自体がまるでミュージアムで、ずっと見てても新しい発見があって飽きない。


壁の真ん中に穴が開けられたように空が描かれていて、その前にはハンマーを持った人形が立っていたり。壁の上方に隙間ができているところには、天使たちが壁を左右に引っ張っている様子が描かれていたり。



ウォールド・オフというのは、壁によって向こう側に追いやられるといった意味ですよね。このホテル、結構な高級ホテルでおしゃれでブラックなユーモアが満載。入り口にはベルボーイ役のチンパンジーの人形。入ったところがカフェバーで、壁にはバンクシーや仲間たちのものと思われる作品がずらり。奥は「占領博物館」。


二階から客室で最上階にあるバルコニー付きの部屋は一泊1000ドル。その部屋の名前がふるっていて「世界で一番眺めの悪い部屋」。というのは、そのバルコニーから見えるのが、目の前の壁,そして分断されている両側です。パレスチナ側には戦争以来、国連が管理してきた難民地区。


世界各地から宿泊客が来るらしい。かなり先まで予約でいっぱいだって言うんだから、面白い。このホテルは観光名所で、かなり地元の経済に貢献していることは間違いない。イスラエルとしてはかなり腹立たしいはずですけど、相手が何しろバンクシーですから。


そういえば、確かこのホテルの近くにトランプ大統領の壁画があった。壁のところどころにイスラエル軍の見張り塔が立っているんだけど、その壁のトランプ大統領は、見張り塔の一つに熱烈なキスをしている。これ見るとその時々の時事ネタもあって、壁は新聞みたいな役割もしているようです。


さて、こうしてみると、分離壁というものがアーティストたちの想像力をかきたて、そこからまるで泉のようにこんこんといろんな表現を湧き出している。もう一つ気づくのは、イスラエル側からは壁の向こうがますます見えなくなっているのに、パレスチナ側からは、壁の向こうも含めた世界がますますはっきりと見えるようになっているという不思議な構造なんです。


壁はAとBの間に立つわけですが、Aの側に起こることとBの側に起こることっていうのは、質的に違う。壁を作っているのはイスラエル側で、もちろん繁栄していて金持ちなのはそっちなんです。イスラエルの一人当たりGDPは日本よりも上だそうです。


エルサレム自体が、イスラエル側の西エルサレムとパレスチナ側の東エルサレムに分かれていて、貧富の差をはじめとする格差がどんどん開いている。そこからパレスチナ人を完全に追放することを現イスラエル政権は考えていて、それを後押ししているのがアメリカのトランプ政権です。だからエルサレムをイスラエルの首都として承認するとか、アメリカ大使館をそこへ移転するとかという乱暴なことをやってる。


壁を作る。作る人たちの側は確かに栄えていて、向こう側は確かにいろんな意味で追い詰められ、苦しくなっている。こういうところだけ見ていると、パレスチナの状況は絶望的に見える。もちろん、その絶望的状況をイスラエルの権力者たちは意識的に作ってきたし、今後もさらに進めていこうとしている。じゃあ、最終的にはどうしようというのか?

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