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ひとつの地球・ひとつの健康  ヴァンダナ・シヴァの言葉

4ヶ月ほど前から、ぼくたちはみな、パンデミックという荒海へと初めて乗り出したようなものだ。以来、日々の学びを、その航海の糧にしてきたが、中でも、ぼくが羅針盤のように頼りにしていたのは、ヴァンダナ・シヴァの言葉だった。


彼女が率いる国際的な運動の拠点である「ナヴダーニャ」のブログを通じて、ヴァンダナは、コロナ危機についての論評をいち早く世界に向けて発信してきた。例えば、3月18日の記事「コロナウィルスについての生態学的考察」(英語)は、今にして思えば、歴史的な意味をもっているような気がする。


数日前、楽しみにしていた「リサージェンス&エコロジスト」誌の321(7/8月)号が届いたが、そこには、その3月18日の「考察」の縮約版ともいうべきものが掲載されている。今日はそれを紹介したい。例によって、ぼくの勝手な判断で、一部省略したり、補足したり、思い切った意訳をさせてもらったりした。 なお、写真はDVDブック『いのちの種を抱きしめて』の撮影で2012年にインドに行った時のものだ。     (辻 信一)

 
ナヴダーニャ農場の夜明け

ひとつの地球、ひとつの健康

コロナからのメッセージ:「狂った食のシステムに終止符を!」

ヴァンダナ・シヴァ

私たちはワン・プラネット(ひとつの地球)に暮らす地球家族だ。その多様性と互いにつながり合う関係性こそが、私たちの健康を保障する。地球の健康と私たち人間の健康とは切り離すことができない。

私たちは二つの方法で世界中と繋がることができる。他の生物種の住処に侵入したり、金儲けや貪欲さのために動植物を操作したり、単一栽培を広げたりすれば、コロナウィルスのような感染症を通じて世界中と繋がることになる。一方、生態系の多様性を守り、生物の多様性を守り、不断に自己創出する「オートポイエーシス」としてのいのち(その一種が人間だ)を守りながら、健康としあわせ(well-being)を通じて繋がることもできるのだ


新しい病がつくりだされつつある。それは、グローバル化し、工業化され、非効率的な食と農のモデルが、他の生物の尊厳と健康を無視して、その生態生活圏を侵略したり、動植物を生命操作したりしているせいだ。地球とそこに生きる生物を自分たちの利益のために搾取すべき単なる“資源”とみなす幻想が、世界を病気によって“つなぐ”ことになってしまったのだ。

コロナによる健康危機という“非常事態”は、生物種の絶滅と消滅、気候変動という非常事態とつながっている。これら全ての非常事態は同じ根っこを持っている。機械論的、軍事主義的、人間中心主義的な世界観という根っこだ。その世界観では、人間が人間以外の存在とは切り離された、より優れた存在であり、好きなように、人間以外の存在を所有したり、操作したり、支配したりできる、と考えられている。同じ考えは、無限の経済成長とか、無限欲求とかといった幻想の上に作られた経済モデルにも根を張っている。それがまたそれぞれの生物種の尊厳と生物間の生態的境界を踏みにじってきた。

森林が破壊され、農地は有毒で栄養のない空っぽな“作物”を作り出す工業的な大規模モノカルチャーとなり、私たちの食べ物は、さらに工場での加工、化学合成、遺伝子操作などによって劣悪になる。こうした複合的な変化が、私たちを病気へと近づけてきたのだ。これは“つながり違い”というものだ。元来、自分の内なる多様性と、外なる多様性とにつながることで私たちの健康は保障されてきたはずなのに、グローバル化による食と農と環境の均質化の方へと私たちはつながれ、健康を脅かされている。



必要なのは、システムとして現実を把握するシステム・アプローチだ。コロナ・ウィルス危機の本質を捉えるためには、ウィルスだけを見てもダメで、感染症を生み出した仕組みを見なければならない。いかに、我々人類が他生物の生息圏を侵害することで、この新しい感染症が起こり、拡散していったかを理解しなければならない。同時に、感染症だけでなく、慢性疾患をめぐる状況をも見る必要がある。非伝染性の慢性疾患もまた、まるで“感染症”のように世界に拡散し続けている。そしてその原因は何かと言えば、やはり持続不可能な、自然の摂理に反する、不健康な食のグローバル・システムなのだ。

グローバル化し、工業化した食のシステムこそが、世界に病気を蔓延させているのだ。農薬や化学肥料を多用する単一栽培(モノカルチャー)が、そして農地開発の森林破壊が病を拡散している。さらにそれは、気候変動や生物種の絶滅の要因ともなっている。そうだとすれば、今私たちに必要なのは、このシステムを脱グローバル化することに違いない。

人類の健康を危機に晒す今回の非常事態が、私たちに脱グローバル化を促している。政治的な意志さえあれば、それは可能だ。このウィルスに強制された一時的な脱グローバル化を、永続的なものにしようではないか。そしてローカリゼーションという転換を成し遂げよう。ローカル化された、生物多様性に富んだ農業と食のシステムこそ、私たちの健康を支え、同時に自然環境への負荷をも軽減してくれる。ローカリゼーションは多様な種が、多様な文化が、多様な地域経済が栄えていくためのスペースを創り出す。

森林における多様性はもちろん、農地の多様性、私たちの食物の多様性、そして腸における多様性が、地球を、人類を、生物を、より健康にしてくれる。そして病気に対する、ウィルスや病原菌に対するよりしなやかな強さを育んでくれるのだ。

過去50年の間に、300もの新しい病原体が出現している。それは、我々人類が自分たちの利益の名のもとに、他生物種を思うがままに操作し、その生きる場所を破壊してきたからに他ならない。人間以外の動物から人間に感染する「ズーオティック(人獣共通)感染症」は、野生生物の生息圏の破壊、工場式大農場での動物たちへの無慈悲な扱い、植物たちへの遺伝子組み換え技術などによる生命操作などの結果なのだ。

例えば、WHO(世界保健機構)によれば、エボラ・ウィルスも野生生物から人間へと感染したことがわかっている。西アフリカで2014年から2016年の間に1万1千人の命を奪ったこの感染症が、その地域での急激な森林破壊と関連していることが報告されている。


・・・コロナ・ウィルスの感染源についても、コウモリが疑われている。アメリカのジャーナリスト、ソーニャ・シャーは言う。

「コウモリが生息する森を伐採すれば、コウモリは消えてしまうのだろうか。そうではない。私たちの家の裏庭か、近所の農地にある木に引っ越すだけだ」

人獣共通感染症の専門家、デニス・キャロル(コーネル大学)の研究も、新しい生態ゾーンへと人間が侵入するにつれて、感染症の可能性が高まることを示している。ジョン・E・ファ(マンチェスター・メトロポリタン大学教授)は言う。

「新たな感染症は人間による自然環境の改造と関連している。森林を切り開く時、人間はこれまでより、野生動物との接触をもつことになる。・・・森林破壊は、動物、微生物、そして人間の間にある均衡状態に変化を及ぼす」

問題はしかし、単に野生生物にとどまらない。例えば、“狂牛病”としても知られるBSE(牛海綿状脳症)は、家畜の脳に影響を与えるプリオンと呼ばれる奇形タンパクが引き起こすと言われる感染症だ。そこにも示されているのは、動物が奴隷化され、機械のように扱われて、生命体としての権利や尊厳が侵害される時に、新しい病気が現れる、ということだ。

抗生剤への耐性が人類のうちで強まっていることも大問題だ。その主たる原因は工場式農場で家畜などに抗生剤が大量に使われていることにある。遺伝子組み換え技術で使われている抗生物質耐性マーカーもまた抗生剤への耐性の強化の原因の一つではないかと疑われている。


すでに見たように、新しい感染症を続々と生み出す原因となっている食のグローバル・システムが、非伝染性の慢性疾患の爆発的な蔓延をも引き起こしている。この数十年の間に、癌や糖尿病などの慢性病は世界中で指数関数的に増え、毎年何百万という命を奪っている。その慢性疾患と、新型コロナウィルスのような感染症との合併症もまた、現代の大きなリスクのひとつだ。コロナによる致死率は1.6%と言われるが、それが心臓疾患をもつ者の場合には13.2%、糖尿病で9.2%、ガンで7.6%にはね上がる。

インドの挨拶、「ナマステ」は、「あなたの中の神にひれ伏す」という意味を持っている。(別れの時にこの言葉が使われる時も)それは分離を意味するのではなく、その代わりに「すべてが深遠なる調和の中で繋がっていること」を示唆する。それは、聖なるものによって宇宙に散りばめられた万物が、切り離し難くつながり合っていることを示している。その恩恵は全てに及び、そこから除外されるものは何もない。これが“ワンネス(一体であること)”の意識である。ウィルスという小さな存在が地球上に住む我々皆を病気と恐怖でつなぎ合せてしまった今こそ、私たちが育てねばならないのは、まさにこの意識である。

コロナ危機は新しい機会を生み出した。それは、分離・独占・貪欲に彩られた機械的で工業的な時代から、「私たちはワン・アース・ファミリー(一つの地球家族)」という意識に支えられた地球文明の時代へのパラダイムシフトのチャンスである。私たちの健康は“ワン・ヘルス” — 何よりもそれは地球生態系の相互連関性、多様性、自己再生力、そして調和に根ざしているのだ。

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