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執筆者の写真辻信一

新スロー・イズ・ビューティフル序論 (2)



みんな、特別なアーティスト


振り返ってみよう。いわゆるコロナ危機が始まったのは、一年前の冬だった。やがて、春が来て、春が終わり、長い梅雨が来て、暑い、暑い夏が来た。結局、二〇二〇年が二〇一六年と並んで観測史上最も気温の高い年であったことも、今ではわかっている。コペルニクス気候変動サービスの推測によると、二〇二〇年の世界の平均気温は、一八〇〇年代後半と比較して1.25℃高かった。他に、1.29℃まで上昇したという推測もある。コロナ・パンデミックの最初の半年のうちに、オーストラリアでは、日本の本州ほどの面積の森を消失させた山林火災が、アフリカからアジアにかけては、バッタの大量発生による大被害が起こった。シベリア北部では北極圏としては空前の38℃を記録、韓国では五四日間も梅雨が続き、日本と同様に洪水や土砂崩れが頻発した。七月末、モーリシャスで日本のタンカーが座礁、豊かな原生の自然が無惨に破壊された。八月、カリフォルニアでは、デス・ヴァレーで摂氏54.4度を記録、州全体が、異常熱波と異常乾燥に見舞われ、山火事はかつてない広さに及んだ。その後も世界各地からの災害のニュースは後を絶たない。


当初、囁かれていた希望的観測に反して、北半球に暖かい季節が来てもコロナ禍がおさまる気配はなく、そのグラフは、多くの国で、春に一つ目、夏に二つ目、そして秋から冬にかけて三つ目の山を迎えた。


しだいに、大規模な厄災が日常化する時代に人類はすでに突入しているらしいと、多くの人々が感じ始めた。コロナ危機は、平穏な日常に突然舞い降りたのではなく、すでに世界中で人々を見舞っている様々な危機のただなかにやってきたのである。そして、おそらくはそのこととも関連して、その月日は、パンデミックを介して世界中の人々の多くが共通の意識によってつながるという、人類史上またとない機会となった。誤解を恐れずに言えば、ぼくたちの多くがコロナによって、自分たちがこの地球に住む人類の一員であるということを実感する貴重な経験を与えられたのだった。


世界がパンデミックに覆われ、メディアは感染者数、重症者数、ベッド数、死者数などを表す数字やパーセンテージやグラフといった統計学的記号に占領されたが、その一方には、自分の頭とこころとからだで、ものを感じ、思考しながら暮らす“無数”の人々の世界があった。


そこでは誰もが、多かれ少なかれ、生と死というテーマを目の前にして、思い、悩み、考えていた。感染症やパンデミック、微生物やウィルスをめぐる科学、歴史、文学がいたるところで引っ張りだことなり、かつてない広い層の人々が読み、学び、論じた。パニックについてのニュースも確かに世界のあちこちから届いたが、ほとんどの人々は冷静な態度を失わなかった。当初からあちこちの政治権力者が「ウィルスとの戦争」という表現を好んで使い、中にはパニックを煽る言動も見られたが、そうしたレトリックにやすやすと乗る者がそれほど多かったようにはみえない。


世界各地の友人、知人たちからのメッセージには、共通の高揚感が溢れていた。物理的には離れていても、歴史上の「今・ここ」をともに生きているという感覚が研ぎ澄まされていくようだった。国境を封鎖し、経済の第二の柱である観光産業を断念したブータンでは、都市に集中しすぎていた人口の逆流が整然と進行し、奥地の村々では、耕作放棄地がみるみるうちに耕されたという。ロックダウン化のタイでは、先住民族のあいだに物々交換による支え合いのネットワークが創りだされたという。ペルーでも、出稼ぎに出ていた多くの労働者が故郷に舞い戻り、逆に都会に残った同胞のための食料支援の運動が起こったという。草の根からのガーデニング・ブームが到来し、タネや作物の交換会がいたるところに生まれている、とスロべニアの友人が報告してくれた。


ガーデニング、大工仕事、工芸、楽器や言語の習得、ヨガ、ウォーキング、瞑想、踊り、文芸・・・。アナンダ・クーマラスワミの言葉がにわかに現実味を増した。「アーティストとは特別の種類の人間ではない。すべての人間が特別なアーティストなのだ」


ぼくは、この3月に退職したばかりの大学で、一つだけ四年生のゼミを受けもつことになっていた。最初は不本意ながら始めたオンライン授業だったが、デスクトップ上で2、3ヶ月ぶりに顔を合わせた学生諸君の変貌ぶりに驚かされた。これまでとはうって変わった、彼らの思慮深い物言い、知的好奇心と思いやりに満ちた目、平静な態度などには、世界中に広く起こりつつある精神的な変化が映し出されている、とぼくは感じた。


世界を襲ったこの新しい危機的状況がどういうものであり、自分は今その状況のどこに、どんなふうに生きており、そして、この状況に応じてこれからどんなふうに生きていけばいいのか。それはもう特殊な人々だけの問いではなかった。感染症がすべての大陸へと瞬く間に広がっていくのに応じて、あちこちで、同時に、誰もが自分なりのやり方を編み出しながら、手がかかりを探し、各々の学びを重ねる。それは、人類にとっての歴史的な瞬間だったに違いない。


難民としてのコロナ・ウィルス


退職とコロナ禍が重なって、ぼくの暮らしも大きく変わった。これまでの日常が一挙に崩壊し、かえって、これまでよりはるかに日常らしい日常が、向こうの方からズカズカとやってきた。皮肉なことに、それは否定しようもなく一種の“スローライフ”なのだった。またこれも皮肉なことだが、自宅で過ごす時間が増えることで、SNSやメディアを通じてより多くの情報があちこちから届き、自分が動き回っていた頃より、ある意味では世界により連結しているような気さえしてくる。


なかでも、ぼくのこころを動かしたのは、3月半ば以降、世界のあちこちから届くようになった報せだった。なんと、ウィルス対策のために経済活動が停止し、自然環境が急速に改善しているというのだ。イタリアのベネチアの運河の水が透明になり、イルカや魚が現れた。ロックダウンされたインド北部の都会では久しぶりに白いヒマラヤ連峰が見えたり、夜空に星が見えたりして人々を驚かせた。インドの感染症対策によって数十万人の出稼ぎ労働者が家や職場を失う一方で、深刻な大気汚染が続いてきたデリーでは、PM2.5濃度と二酸化窒素濃度がいずれも70%以上も低下したという。4月には、大都会の中に野生動物が現れるという世界各地からのニュースが相次いだ。例年より、空気が澄んでいるとか、動植物が元気だ、というあやふやな印象まで含めて、生態系回復の兆しについてのメッセージも続々と届いた。


当初は神秘のベールに包まれていたコロナ・ウィルスについての知見が急速に蓄積され、これまでのインフルエンザ・ウィルスとの比較によって、その厄介な特質への理解が進むとともに、予防や治療の難しさも明らかになっていった。しかし、その一方で、コロナ・ウィルスへの感染によって失われる人命より、もっと多くの人命が、経済活動の停止など、感染防止のためにとられた対策の間接的な結果として救われるという、奇妙な事態が浮かび上がった。


米国スタンフォード大学の科学者の推算によると、毎年、大気汚染を要因とする死者が毎年120万人に

上る中国では、今回の都市封鎖による大気汚染の軽減によって、5万3千〜7万7千人の命が救われた。ちなみに、例年、米国で10万人、世界全体では6百万〜7百万人が大気汚染によって死亡していると推定される。環境汚染全体による死亡は世界で9百万人にも上ると考えられている。


また、新型コロナ感染症と大気汚染の関係については、こんな調査報告も世界に拡散した。大気汚染物質を長年吸い込んできた人の、コロナ・ウィルスによる死亡率は大幅に高くなる、というものだ。例えば、米国の人口の98%を占める約3000の郡について、大気中のPM2.5の濃度と新型コロナウイルス感染症による死者数を分析した研究によると、PM2.5と呼ばれる微粒子状の大気汚染物質の濃度が1立方メートルあたり平均1マイクログラム高いだけで、その死亡率(人口当たりの死者数)が15%も高かった。また、今回のコロナウイルスと類似するSARS(重症急性呼吸器症候群)の集団感染に関する2003年の研究によると、中国で大気汚染が最も深刻だった地域の死亡率は、最も汚染されていない地域の二倍に上った。(ナショナルジオグラフィック・ジャパン2020-4-14)


メディアはコロナによる感染者数や死亡者数を刻々更新し続け、ぼくたちの意識もそこに釘づけにされかねない。しかし、コロナ感染症のすぐ横で、ずっと前から進行し続けてきた大気汚染によって病に倒れる人が後を絶たないのだ。しかもその汚染と感染率、致死率は相関している。

新型コロナ・ウィルスが野生動物由来であり、そして新しい感染症のうちの約7割がやはり野生動物由来だという事実をぼくたちは突きつけられた。コロナ危機のすぐ後ろに、野生動物の危機が、そしてその生息地である森の危機が浮かび上がる。


コロナを倒す「戦い」という勇ましい政治的スローガンの愚かさはすぐに露呈した。コロナ危機は突然どこからともなく降ってわいたのではなく、その背後に進行するさらに大規模で、長期にわたるさまざまな危機−−大気汚染に限らず、水の汚染、土の汚染、森の破壊、生物多様性の減少、さらには気候変動などと、切り離しがたくつながったものであることが明らかになっていった。


中国に続いて大規模な感染が始まったイタリアで、2月から3月にかけての思索をまとめて、早々と一冊の本にしたのは、パオロ・ジョルダーノという作家だった。3月末にイタリアで出版されたその本は、日本語版『コロナの時代のぼくら』として4月末に出版された。作家であると同時に科学者でもあるらしいジョルダーノはその本で、世界のあちこちから発せられるはずのコロナ禍についての科学的な知見に先駆けて、次のように記していた。


世界は今なお素晴らしく野生的な場所だ。僕らはその隅々まで探検し尽くした気でいるが、実は微生物の未知なる宇宙がまだいくつもあり、いまだ仮説すら立てた者のない異種間の相互作用もたくさんある。

環境に対する人間の攻撃的な態度のせいで、今度のような新しい病原体と接触する可能性は高まる一方となっている。病原体にしてみれば、ほんの少し前まで本来の生息地でのんびりやっていただけなのだが。(64頁)


ジョルダーノは続ける。森林破壊、都市化、動物の絶滅などによって、自然界と人間界のあいだにあったはずの距離が急速に縮小し、バランスが崩れた。森の奥深く、野生動物をニッチとしていた細菌やウィルスは「引越しを余儀なくされている」。まず、急増した家畜は細菌やウィルスの増殖の温床となる。世界中で頻発する森林火災や、それに伴う野生生物の大量死が、「何を解き放してしまったか、誰にわかるだろう?」。微生物にとって、グローバル化した人類こそが「理想的な引っ越し先」なのだ。


ウィルスは、細菌に菌類、原生動物に並び、環境破壊が生んだ多くの難民の一部だ。自己中心的な世界観を少しでも脇に置くことができれば、新しい微生物が人間を探すのではなく、僕らの方が彼らを巣から引っ張り出しているのがわかるはずだ。(67頁)

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