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「お山の楽校」の皮むき間伐(2)

樹皮を剥がされたばかりの木の白く滑らかな肌の痛々しいまでの美しさは、息を呑むばかりだった。その木から、みんなが樹皮を引っ張りながらゆっくり後ずさっていくとき、一人の男の子がすっと前へ出て、裸になった真ん中の木を抱きしめた時にも、心を揺さぶられた。樹皮のかけらなどが頭の上に降ってくるのをものともしないで、その子は、じっと、まるで幼児を愛おしむ母親のように、しっかりと抱きしめ続けていた。作業の途中で、今朝とったトカゲが心配だから、ちょっと見てくるといって、下に降りていったのも、その同じ男の子だった。


この朝だけで6、7本の木が皮むきされた。森のすぐ奥には、すでにしばらく前に皮むきされた木々があちこちに立っている。間伐された木があるせいだろう、その一帯だけ明るんで、すでに下から木々が元気に育ちはじめている。皮むきから半年くらいすると、木はすっかり乾燥し、軽くなって、切り倒した後には重機の助けを借りることなく、手作業で運び出すことができる。難しく危険な作業という間伐のイメージが、今日の作業を見て一新された。お山の楽校では、すでに、この森から伐り出された木で、テーブルや椅子が作られている。今日の作業で皮むきされた木々は、計画されている新校舎建設に使われるのだという。中でも太く、まっすぐな一本の威容を見上げながら、きっと誰もが、この木を大黒柱とする校舎を想像していたのではないか。


作業が終わってみんな下に降りる。下には小さい“校舎”、東屋風の台所、鶏舎、ヤギの牧場、畑などがある。少し前に食事の支度のために先に降りていた数人の子どもたちが、料理担当の大人の周りで働いている。二人の子どもが向かい合って作っているのは、冷汁だ。食事当番というものはないそうで、毎日、自分がやりたいと思う子たちが働くことになっている。これも子どもたちと“先生”たちで話し合って決めたこと。「誰もやりたい子がいないときはどうするのか」という問いに先回りして答えを出すのではなく、そういう問題が起きたときに、みんなでまた考えて、答えを出していくのだという。


汚れた服を着替えるもの、食事の支度をするもの、自家製のアスレチックで遊ぶもの、ブルーベリーを取りにいくもの、トカゲとりにいくもの、ヤギと遊ぶもの・・・みんな黙々と遊び、働いている。怒鳴り声とか、泣き声とかはない。大人たちから子どもたちへの指示や命令の声がないだけで、なんと静かで平和なのだろう。「食事だ、集まれ」もないのに、気がつくと、みんなが集まっていて、自分たちで間伐した木で作ったというテーブルを中心に、食事が始まる。





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