映画
「大停電の夜に」
2005年日本/カラー/2時間12分/
製作:アスミック・エース エンタテインメント
プロダクション:アスミック・エース エンタテインメント
配給:アスミック・エース
2005年11月19日(土)丸の内ピカデリー2 ほか松竹・東急系にて全国一斉ロードショー |
 |
『大停電の夜に』劇場パンフレットより
電気は消えて、スローな夜
辻信一(「100万人のキャンドルナイト」呼びかけ人代表、環境運動家)
電気が消える。ローソクを点す。
ただそれだけのこと。
でも、世界はもうさっきまでの世界ではない。
何かが還ってくる。蘇る。
何が?
それは、まばゆい明りの中で、闇とともに長く忘れられてきたもの
――多分、それが聖なる時間というやつだ。
何をするか、はもうそれほど重要ではない。
ただそこにいるだけでいいのだ。
日本の夜は明るい。高度成長の時代、あの「明るいナショナル」のコマーシャルソングをテーマソングに、まるで人々は闇を恐れ、目の仇にするかのように、家を、公共の場を人工的な明りで照らし続けた。ぼくたちのまわりから闇が消え去って久しい。失われた暗闇。思い出すのは昨年亡くなった作家の松下竜一さんのことだ。もう30年以上前、松下さんが、自分の住む大分県中津市に予定されていた火力発電所の建設反対運動にとり組んでいた頃のこと。ある冬の夜、彼は家の電気を止めてしまったことがある。「火電建設反対などと生意気な運動をしながら、お前んとこの電気はあかあかとついちょっじゃねえか」。こんな匿名の嫌がらせ電話を受けて、「ふと冗談みたいに家中を暗闇にしてしまった」と彼は言うのだ。 冷たくなった電気ごたつに一家3世代5人が寄り添っていると、まずひとりの子が問う。「なあ、父ちゃんちゃ。なし、でんきつけんのん?」松下さんが答える。「うん。窓から、よう星の見えるごとおもうてなあ」 松下さんはこの夜の「冗談みたい」な「自主停電」がきっかけとなって、大まじめに「暗闇の思想」ということを考えるようになったという。冗談でなくいいたいのだが、「停電の日」をもうけてもいい。・・・月に一夜でもテレビ離れした「暗闇の思想」に沈みこみ、今の明るさの文化が虚妄ではないのかどうか、冷えびえとするまで思惟してみようではないか。確かにぼくたちは蛍光灯の明るさに幸せを求めてきたらしい。照明を落としている者は、「貧乏くさい」と叱られた。電気の消費量が多ければ多いほど、夜が明るければ明るいほど、その社会は豊かで進んでいる、という奇妙な思い込みに我々は囚われていたかのようだ。現代日本の家庭の夕食の情景はどうだろう。食卓を囲む団欒の場でもテレビをつけっ放しにしている家が多い。聞けば、テレビを消すと「気まずい沈黙が流れる」のだそうだ。一方、欧米では今でも家族や恋人や親しい友人たちとが夕食を共にする時には、照明を落としたり消したりしてローソクを点すことが多い。電気代節約のためではあるまい。競争社会の加速する時間からしばしぬけ出して、幾百、幾千年の昔から続いてきたスローな時間の中に身と心を浸そうというのにちがいない。世界の様々な場所に散らばったユダヤ人の多くは今も、毎週金曜日の日暮れ、ローソクの火のもとに集って「安息(サバ)日(ト)」の始まりを祝う。聖書の創世記に「神は第七日目を祝福し、それを聖なる日とした」とある。ユダヤ学者A. J. へシェルによれば、週に一度の安息日の意義は、空間的なモノに支配された日常から解放されて、時間の聖域に憩うことにある。
へシェルはこうも言っている。「安息日、それは生存の戦いの中の休戦、対立の停止、人と人との平和、人と自然との調和、心の内なる平穏・・・」。「安息(サバ)日(ト)」という伝統をもたないぼくたちにも、しかしかつては、人生のあちらこちらにモノの世界が入り込むことのできない「時間の聖域」があって、そこには安息が、静けさが、遊びが、楽しい語らいが満ちていたはすなのだが・・・。
「電気を消してスローな夜を」という合言葉を掲げ、毎年夏至と冬至に行われる「100万人のキャンドルナイト」は、そんな懐かしい時間を呼び寄せる試みだといえる。コンセント(アンプラ)を(グ)抜く(ド)。それは単なる省エネやCO2削減ではない。闇の中で沈思するのもよい。あるいはローソクを灯す。ローソクの炎は闇を際立たせる。闇は炎を輝かせる。その光の中で、語らい、食事をし、愛し合う。経済成長ばかりを追い求めるモノの世界をぬけ出して、ふと時間のくにへ浮遊するのだ。
そうそう、ふと電気を切ってしまったあの晩、松下竜一さん一家はどうしたろう。松下さんは子どもたちに「マッチ売りの少女」の話をしてあげたそうだ。話が終わりに近づき、凍えた少女が売れないマッチをする場面で、松下さんは実際にマッチを一本すってみせる。すると暗い部屋に、「思いがけないほど美しい炎」が点る。そしてその炎は、驚きの目をみはっている子どもたちの「瞳の中にも、小さくキラキラと燃えた」という。
引用文献:
松下竜一『暗闇の思想を』(朝日新聞社、1997年)
Abraham Joshua Heschel, The Sabbath, New York: Farrar, Strausand Young, Inc., 1951 |