巻頭コラム23



追悼:ぼくの里子、ナマケモノの「サニー」

辻信一より、残暑お見舞い申し上げます。

皆さんいかがお過ごしですか。暑いですねえ。ぼくは8月1日にコスタリカから戻って、この日本の夏が熱帯より暑くてすごしにくいのに呆れています。コスタリカでは、ついにマヤの昔から神の鳥といわれた「ケッツァル」をたくさん見ることができました。野生のトゥーカンや金剛インコも間近に見ました。

ただひとつ悲しかったのは、アヴィアリオス・ナマケモノ保護区で育っていたナマケモノでぼくが里親だったサニーが、亡くなっていたことでした。訪問前に電話で話した時には、伝えるに忍びなかった、とジュディさん。ある時何頭ものナマケモノがいっぺんに病気になり、サニーの他にも3頭のミツユビが病死したそうで、どうやら原因は、運ばれてくる主食のセクロピアの葉が、近くのバナナ農園に空中散布される農薬で汚染されていたことだったようです。

来年の6月8、9日の無農薬デー、6月10日の無添加デー(3日連続の無農薬無添加デイズ)やりますよ。ぼくにとっては息子の仇うちです。

のんびりする時間が多いせいでしょうか、夏はどうしても過去のことを思うことが多くなり、懐古趣味的になっている自分に気がつきます。

この夏の選挙を前に、「前進か逆行か」と日本の首相が国民に迫りましたね。(「成長の実感を」、というのもあって、これには笑ってしまいました。おいおい、半世紀もやってきて、いまだに実感できなかった成長って何なんだ?、と)。少し前には「改革にイエスかノーか」と迫った首相がいたが、今回の「前進か逆行か」という二者択一にはもっと深刻な響きがある。まあ、どうせどっかの広告屋さんがつくっているコピーでしょうが、こういう「イエスかノーか」みたいな迫り方は、政治の嫌な面を表していて、嫌ですね。もちろん、「いや、そのどちらでもない」と言って、「前進か逆行か」というあまりに単純化された二者択一そのものを拒むことはできるわけです。その二つの間ににも、またその外側にもたくさんの選択肢があるだろうし、いやそもそも、「前進」の中身こそが問題なのだ、と反論することもできます。

でも、ぼくはあえて、同じ二者択一の土俵に乗ろうと思うのです。その上で、「逆行」をとりたいと思う。そしてこう言ってやるんです。「前進」などという強迫観念に背を向けて、豊かな森と海と川に囲まれた過去へと逆行しよう、と。 皆さんも一緒にいかがですか。

さて、この夏一押しの映画です。ぼくの出番は過ぎちゃいましたが(^^;地方の方々、ぜひこの映画の上映にご協力ください。

ちなみに、徳山村について最近出た本に『ぼくの家にはムササビが棲んでいた―徳山村の記録』(編集グループSURE)があります。これもすばらしいです。徳山村とブータンの村々が重なってしまいます。

ダムは単なるムダじゃない。こんな宝物を壊してしまう。大きなアヤマチであり、罪です。

では皆さん、よいお盆を。