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巻頭コラム08

ボディ・サイレント?身体障害というはるかな異郷への旅

 著者である人類学者ロバート・マーフィー自身の言い方によれば、『ボディ・サイレント』は「はるかな異郷」への旅の報告書であり、民族誌{エスノグラフィ}です。「はるかな異郷」と彼が言うのは、一九七二年に始まった脊髄腫瘍という不治の病いの結果、刻々とマヒし続け、ついに一九九〇年の死によって完全な沈黙{ルビ:サイレンス}に至る彼自身の身体のことです。損なわれた身体という奇妙な「場所」に住むのが彼の旅であり、その一見不条理な世界に、それなりの論理と意味を見出そうというのが、人類学者である彼にとっての最後のフィールドワークだったというわけです。

 『ボディ・サイレント』はしかし、単なる個人的な病いの記録ではありません。マーフィーは障害者となることで、これまで慣れ親しんできたはずの世界が、急によそよそしく、敵対的な様相を呈するようになることを発見します。「異郷」とはだから、損なわれた身体をとりまく社会のことでもあるのです。身体障害とは、医学的な規定であると同時に社会的で文化的な規定です。マーフィーが『ボディ・サイレント』でやろうとしたのは、社会が身体障害をあれこれと定義する、その矢印を逆にたどって、障害のある身体を通して社会をとらえ直し、必要ならばそれをよりよいものへと変革するための途をさぐる、ということです。

 また、『ボディ・サイレント』で、マーフィーは自分自身をも含む身体障害者たちの生きざまを見つめることを通して、人間の生と死についての哲学的な省察を繰り広げます。彼はこう言います。「健常者たちの社会」はこれまで、他者へと連なろうとする障害者たちの欲求を阻み、孤立させてきた。しかし、障害者の生に向けた闘いの中にこそ、実は、社会における個人のあり方の最も崇高な形が凝縮されているのであって、その障害者の生を否定しようとする試みは、結局、生そのものの否定とならざるをえない、と。そして、「身障者ならずともたいがいの人は多かれ少なかれ囚われの身だ」と述べた上で、マーフィーはこう問いかけます。本当に悲惨なのは身体障害やマヒではなく、健常者と言われる人々が社会に盲従していることであり、その心がマヒしていることではないのか、と。

 『ボディ・サイレント』は、優れた人類学の教科書でもあります。彼の著作『社会生活の弁証法』(未邦訳)にぼくが出会ったのは、アメリカで大学院生だった1983年のこと。ご本人にやっとお会いできたのは1990年、それは彼が亡くなるわずか数ヶ月前のことでした。彼はあの時、弱々しいかすれ声でぼくにこう囁いたのです。

人類学というのは、人間の脆さと愚かしさについての学問だ。すばらしいじゃないか

あれから16年、ぼくのうちに響くその声はもはや弱々しくないし、かすれてもいません。

文明の頂点に立つアメリカから、その底辺にある未開社会まで、20世紀という壮大なドラマの全幅にマーフィーは、人間というものの「脆さ」と「愚かさ」の様々な表現を見出しました。しかし上には上、あるいは下には下、があるものです。彼の死後、20世紀末と21世紀の初頭に生き残ったぼくたちに、ますます深刻化する地球温暖化などの環境危機が、わが種の「脆さ」と「愚かさ」をさらに総体的で明白な形で突きつけています。景気のためには、経済成長のためには、「環境どころではない」というのが政治や経済のリーダーたちの本音で、金儲けと買い物に忙しい庶民もまた「人類生存の危機どころではない」のです。あの世のマーフィー先生と話ができるなら、まずそのことを報告したいと思います。

この16年、人類学の研究よりは、むしろ環境運動に熱心だったぼくですが、それでも人類学に連なるものとして、「小ささ(スモール)」と「遅さ(スロー)」という言葉を大切にしてきたことだけは、彼に伝えたいと思います。特に拙著『スロー・イズ・ビューティフル』(平凡社ライブラリー)の「スロー」というキーワードは、『ボディ・サイレント』を読み、訳しながら、マーフィーの体内で氷河のようにゆっくりと進行していった病いをたどる、という幾重にも「遅い」プロセスを通して、ぼくのうちに育まれていったに違いないのです。

思えば文明人は、自分たちの種の「強さ」、「聡明さ」、「大きさ」、「速さ」ばかりを強調し、賞賛することに忙しく、その「脆さ」、「愚かさ」、「小ささ」、「遅さ」にはあまりにも無関心だったようです。でもどうでしょう。自らの「脆さ」や「愚かさ」や「小ささ」や「遅さ」に謙虚に向き合い、その本当の意味に打たれる時、否定は肯定に転じて、同じ人間という存在が光り輝き始めるのではないか。マーフィーはそう考えていたに違いありません。