ゆっくりノート

2016年09月12日

『いよいよローカルの時代~ヘレナさんの「幸せの経済学」』はじめに


ゆっくりノートブックシリーズ5
『いよいよローカルの時代~ヘレナさんの「幸せの経済学」』
はじめに

5

「スローライフ」についての講演をしていて、時々、ぼくはこういうコメントに出会う。「それって、過去に戻れということじゃないですよね?」。この言い方には「戻る」ということに対する、真剣な拒否感が感じとれる。一種の恐怖と言ってもいい。おそらく、人生というものを多くの人々がこれまで「前へ進む」というイメージでしか捉えることができなかったことを、それは示している。現代日本人が多用する「前向き」、「未来志向」、「頑張る」などはみなこの「前へ進むものとしての人生」というイメージに合致する言葉たちだ。

「懐かしさ」という価値が貶められてきたのも、同じ理由からだろう。懐かしさという過去へのこだわりは「後ろ向き」で、前へ向かって進もうとする人間の足を引っ張りかねない、というわけだ。

「未来」と「懐かしさ」。このふたつの一見背反する言葉をつなぐ「懐かしい未来」というタイトルをもつ本がある。インド最北部ラダック社会について書かれた名著『エンシェント・フューチャーズ(古代的な未来)』の邦訳、『ラダック――懐かしい未来』(山と渓谷社)だ。それは「スローライフ」を志すものにとってのバイブルでもある。

その著者として、世界に大きな影響を与えたのが環境活動家として名高いヘレナ・ノーバーグ=ホッジだ。

ヘレナ(彼女を呼ぶときにいつもそうしているようにファーストネームを使う)がラダック地方を最初に訪れたのは1975年。彼女は仏教文化の伝統を守りながら心豊かに暮らす人々の社会に出会い、魂を揺さぶられた。以来、人々との親密なつき合いを通じて、彼女は、ラダック社会が一方では開発の波に洗われて大きく変化しながらも、他方では伝統文化の価値を保持して、グローバル化とは異なる「もうひとつの発展」のあり方を模索し始めるのをつぶさに見てきた。そしてその「もうひとつの発展」のための活動に自ら参加することを通じて、それが単に「途上国」のモデルであるばかりか、「先進国」にとってのモデルともなりうることを確信するようになった。

ヘレナにとってラダックとの出会いは、まず何よりも、従来「先進国」で言われてきたのとはまったく違う「豊かさ」の意味を発見することを意味していた。『ラダック――懐かしい未来』のエピローグの中で彼女はこう言っている。

たぶん、ラダックからのもっとも重要な教訓は、幸福というものに関することであった。・・・心の平安、生の喜びを生まれながらの当然の権利であると感じている人びとをラダックで私は知った。共同体や大地との密接な関係が、物質的な富や技術的な洗練などを超えて、人間の生活をとても豊かにすることができるのだということを知るようになった。別の道も可能なのだということを学んだのである。

これまで「先進国」では、GDPやGNPなどで示される消費の量、科学技術の進歩、経済的な効率性や生産性などを「豊かさ」の度合いを計る指標としてきた。しかし、ラダックでヘレナが見たのは、その「豊かさ」が増えるほど、自然環境が悪化し、文化やコミュニティが壊れ、人間関係が希薄化することだった。とすれば、これからは、社会を評価する時の基準そのものを変えなければならないはず。これからは、人々が幸福になるための条件をどれほど備えているか、環境面では人と生態系の関係が持続可能かどうか、といった新しいモノサシでその社会の豊かさを計ることにすればいい。

しかし、多くの人には、「前へ進まなければならない、後戻りはできない」という思いがまるで呪いのように染みついている。ヘレナはそれについてこう言っている。「もちろん、たとえ望んだとしても、私たちは後戻りはできない」。だが、私たちの未来への探求は、同時に、人間同士が、そして人間と自然とが調和した関係を再発見して、そこへと回帰することでなければならない、と。なぜなら、調和を踏みにじってきたこれまでのやり方はすでに破綻しており、未来があるとすれば、それは懐かしさに満ちたあの調和の中にしかありえないから。

2008年夏の金融危機に端を発した深刻な経済危機が、今、世界を覆っている。地球温暖化をはじめとする環境危機、エネルギー危機、食糧危機などとあわせて、まさに危機のオンパレード。これらはすべて、これまで世界を支配してきたグローバル経済システムの破綻を示しているにちがいない。

アインシュタインはこう言ったそうだ。「ある問題が引き起こしたのと同じマインドセットのままで、その問題を解決することはできない」。しかしどうだろう。「景気の回復」を唱えることしかできない主流社会は相変わらず、危機を引き起こしたのと同じマインドセット(心構え、精神構造)のままで、その危機が克服できるかに思いこみ、ふるまっているではないか。

ヘレナは、この危機の時代に、これまでのマインドセットからぬけ出す方法を示す世界的なリーダーのひとりだ。ヘレナがラダック地方とその人々に出会って35年、そしてそこでの生活と研究の成果である『ラダック 懐かしい未来』の出版から20年、世界の大転換期といわれる現代社会において、ヘレナの思想と行動は、変革を志す世界中の人々――ぼくがそのひとりだ――にとって貴重な導きの糸であった。

そのヘレナを、ゆっくりノートブックシリーズ第5巻に迎えることができる幸いに感謝したい。

本書の第1部では、その思想的な背景ともいうべき、彼女の生い立ちからラダックへの旅にいたる軌跡をたどる。また、その後の彼女とラダックとの親密な関わりが、いかに、彼女の世界観の形成に大きな影響を与え、また彼女の明晰な経済システムの分析を可能にしてきたかを、跡づけてゆく。第2部では、そのラダックを例に、ヘレナが「近代化」「開発」「都市化」という名で呼ばれてきた変容のプロセスについて論じる。そして、「豊かさ」を追い求める従来の経済学が、実際には社会に大いなる不幸をもたらしたことを見る。ヘレナによれば、その「豊かさの経済」に代わる「幸せの経済」の軸となるのが、ローカルフード(日本で言う「地産地消」)である。彼女が制作をすすめるドキュメンタリー映画「幸せの経済学」から、そのローカルフードのさまざまな例を紹介してもらう。

第3部では、あらためてヘレナとともに、危機の時代をもたらしたグローバル経済の仕組みについて、詳しく見ていく。その上で、この危機を乗り越えるための「ローカリゼーション」、つまりグローバルからローカルへというマインドセットの転換の筋道を明らかにしたい。

本書のためのインタビューが行われたのは、世界仏教徒会議での基調講演のためにヘレナが来日した2008年の終わり。時まさに、金融危機とそれに続く世界的な不況によって、倒産や失業が急増し、貧富の格差がますます拡大しているさ中だった。彼女の宿舎であったホテルの外では、大企業の救済にばかり熱心な政府に対して、庶民の生活の救済をこそ求めるデモ行進が行われていた。

だが同時にそれが、数々の希望の兆しに満ちた秋でもあったことを覚えておきたい。政財界や、その意を汲んだマスメディアが「危機だ、危機だ」と騒ぎたてるのをよそに、静かにしかし自信に満ちて、ローカリゼーションという「懐かしい未来」に向かって歩んでいく人たちの数は、世界中で、そしてこの日本で急速に膨らんでいるのだ。

本書でヘレナが紹介してくれるような世界のあちこちでの農や食やコミュニティをめぐる動きに連動するかのように、この日本でも、地産地消、地域自給、地元学、半農半X、有機無農薬、自然農、産直、契約栽培、食育、スローフード、直売所、ファーマーズマーケット、地域通貨、市民バンク、エコビレッジ、グリーンツーリズムといったキーワードのまわりに大きなうねりが起こっている。またそれらが相互につながり合うことによって、従来の経済学の常識をくつがえすような経済の新しい形(ビル・マッキベンの言う「ディープ・エコノミー」)を編み出しつつある。それらはもはや単なる一時的な流行でも、何かに反対する「運動」でもない。これまでとはちがう価値観や美意識や生き方からなる新しい文化の創造(カルチャー・クリエイティブ)なのだ。

日本のローカリゼーションの道筋を示す良書が近年、続々と現れている。世界的な文脈の中でローカリゼーションを論じる本書と、ぜひ併せ読んでいただきたい。

鎌田陽司さんをはじめとする「懐かしい未来ネットワーク」の皆さんのご協力によって対談が実現したことに感謝する。この「懐かしい未来ネットワーク」は、ヘレナの思想と活動に共鳴した人たちによって設立されたNPOで、ヘレナの著作や発言を紹介しながら、日本のローカリゼーションに向けてダイナミックな活動を展開している。

最後に、長時間にわたる対談に快く応じてくれたヘレナにあらためてお礼を言いたい。彼女のことばが、この時代を照らし、読者を励まし、懐かしい未来への導きとなりますように。

2009年初夏
辻 信一

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