ポスト311のいま思うこと~家族と仕事の「しあわせ」をめざして

2011年12月22日

文:小澤 陽祐

ナマケモノのみなさま、こんにちは。お元気にしてらっしゃいますか?
3.11以降の自身の家族・仕事(スロー社)の近況を書かせて頂きます。
 
まず3.11直後ですが、妻が出産をひかえていたため、本当は4月頭からの予定だった里帰りを急きょ早めて、3月14日に妻と2才の娘は妻の実家、岐阜県郡上へ避難しました。
私はインターネットやテレビの原発情報にくぎづけになり、仕事も手につかず、逃げるタイミングのことしか頭にありませんでした。この時は原発の放射能、先行き不安、計画停電、ガソリン、生活物資の買い占めなど、身のまわりのすべてから追いつめられる恐怖から逃げたかったのだと思います。
 
結局3/17~20まで私も郡上に避難しました。スロー社の卸部門は余震と計画停電で焙煎ができず、カフェもスタッフの通勤困難とやはり計画停電で、営業困難な状況があり、その間は一時休業いたしました。休業に際し、自分が決定権を持っているむずかしさを痛感しました。また仕事があるから動けない人たちもたくさんいるというむずかしさも。

それから8ヵ月のあいだに、長男の誕生(「歩」いて「生」きると書いて「あお」と名づけました)があり、スロー社のある松戸市はホットスポットとなり、原発の状況は収束しているとは思えず、家族とは月に1度郡上へ会いに(面会に)行くという“遠距離家族”となりました。震災の前は(2011.2月に)千葉県流山に買った土地に “オーガニック住宅 第1号”として日本 の森を再生させる家を天然住宅さんに建ててもらう計画がまさに進行中でしたが、流山も同じくホットスポットとなり、「家の中は自然住宅で安全でも、一歩外に出たら安全とは思えない暮らし」に未来を見出せず、建築計画を白紙にもどし、流山の土地は現在売りに出しています。

「最近積極的にRapをしてます」

移住・移転も考えて家族・スタッフで話し合いましたが、11/11現在、愛する松戸(マッドシティ)で事業を継続していく所存です。家族も11/17に関東に帰ってきて、ついに“オザワファミリー・リユニオン”となりました!ただ、4年半住んだ葛飾区も子どもにはやはり放射線量が高いため、千葉市稲毛区に引っ越しました。
 
自分のような思いをしている人や、もっとつらい現実に対面している人をたくさん生みだしているこの国のエネルギー政策はおかしいと思います。
 
今後は家族が一緒に暮らせるしあわせ、「これからのしあわせ」を発信していきます。

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