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辻信一
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世話人・辻信一のコラム


新年の挨拶

 ぼくがミャンマーから日本に戻ったのが年末の30日。26日朝に起こったあのスマトラ沖地震の時、ぼくは大学のゼミ実習の最中で、学生諸君たちとイラワジ河の河口地域に滞在中でした。ちょうどこれから朝食という時に大地が揺れ始めました。それは日本では経験したことのない、静かで滑らかで、ほとんど気持ちのいいような揺れ。そのせいか、みんなで宿舎の建物の外へ出た時にも、誰もそれほど慌てる様子はありませんでした。ぼくも表へ出て初めて、マングローブの木々があまりにも大きく動き、すぐ前の水路に波が起こって、つないであった船が岸に激しく打ちつけられたり、船をつなぎ止めていた杭が倒れるのを見て、ああ、これは大地震だ、と思ったのです。揺れが止まった直後、ぼくはつい先ほどまでのんびりと餌をあさっていた豚たちが、興奮してあちこち走り回っている姿を見ました。それと、宿舎のすぐ裏にあるニッパヤシ葺きの質素な家の前で、何ごともなかったかのようにかまどで料理をしている男性の平静な姿とが、みごとな好対照をなしていました。

  電気もない地域、しかも情報が厳しく統制されている国のこと。あの時経験した地震が、アジアの国々はおろか、遠くアフリカにまで大被害を引き起こす大地震だったということを知るのには時間がかかりました。日本に帰り、年が明け、連日、新聞の見出しの死者の数が万単位で膨れ上がっていく。地震に詳しい友人や知人によると、ぼくたちがいた地域に大きな津波がなかったことは大変に不思議なことなのだそうです。まあ、言ってみれば奇跡です。

  こうしてぼくが新しい年を迎えて生きているという小さな奇跡。「枯れ木に花が咲くのを驚くより、生きた木に花が咲くのを驚け」という言葉で知られる江戸時代の哲学者三浦梅園は、地震についてこんなこと言っていました。地震が起きるとみんなびっくりして大騒ぎするけど、今ここに地震が起きていないことにこそ驚くべきだ。新年の都会の空は美しかった。六本木の高層ビルからさえ富士山がきれいに見えたし、郊外の夜空には星がたくさん輝いていた。ぼくの家の周りには鳥がたくさんやってきた。尾長鳥の群れがつむじ風のようにやってきて木々の枝を大きくしなわせた。それらはみなぼくの目には驚きに満ちた、めざましい光景でした。

  そんなわけで、ぼくはこの新年の日々を、多くの人々の命を奪う運命の残酷さと、自分を救ってくれた運命のありがたさを同時に感じながら過ごしました。しかも今月は阪神・淡路大震災の10周年であり、今年は敗戦後60年。今ここにある平和で穏やかな時間が奇跡以外のものではありえない、と思えるのです。そしてその一方で、改めて現代文明というものの脆さ、危うさを思わずにいられません。

  平和というものは、それを失ってはじめてその価値がわかるのかもしれません。それが平和というものの難しさであり、日々の平凡さを引き受けなければならないのが、戦争のない時代の難しさだ、と最近の新聞記事で詩人の長田弘が言っていました。その意味では平和を維持することより戦争を起こすことの方がずっと簡単。日本の経済や政治のリーダーたちは戦後60周年を期して改憲へと大きく舵を切り、日本を戦争のできる国にしようとしています。経団連はすでに武器輸出禁止の原則や、環境税の導入に対して、「経済の国際競争力を弱める」という理由で反対しています。今年で戦後60年、日本人はもう戦争をしないことに耐えられなくなっているのでしょうか。ぼくらはいよいよ曲り角にさしかかっているのですね。

 潮が引くように、スマトラ沖地震・インド洋津波についての報道が消えてゆこうとしている今、ぼくの心にふたつのキーワードが取り残されたように残っています。ひとつは脱原発、もうひとつはマングローブ。
  ミャンマーからタイ経由で帰国するぼくの目には、日本の危うさが際立って見えました。(そういえば、ドイツの保険会社の調査によると、大都市の中で東京と横浜が災害の危険度においてダントツの世界一だそうです)。スマトラ沖で起きたのと同様の地震がいつ起きてもおかしくないといわれている日本。TSUNAMIという世界共通語を生み出した本家本元の日本。この島国の海沿いに原子力発電所が立ち並ぶ様は、まるで大津波がどの方向から来てもちゃんと当たるように配慮したとでも言わんばかりです。津波が原発にもたらすかもしれない被害についての議論をほとんど耳にしないのはなぜでしょう。

  10年前にも思ったことですが、今年を日本における脱原発元年としなければならない。原発による電力を背景とし、電力消費の増加を前提とする経済成長路線(ファストエコノミー)から脱け出して、自然エネルギーを基盤とする持続型の経済(スローエコノミー)へとシフトしていかねばならない。そのために自分にできることをしていこう。改めてぼくは新年にあたってそう誓いました。

  もうひとつ、マングローブの森を守り、育てる活動に一層精を出して取り組もう、とぼくは心に決めました。ミャンマーのイラワジ河口の湿地帯では、マングローブ林の再生のための事業が進んでいて、ぼくもそれに一昨年から参加させていただいていますが、そのフィールドで今度の大地震に会ったというのも何かの「縁」だと、ぼくには思えるのです。

 皆さんはどんな新年をすごしましたか。今年はトリ年。日本最大の電力会社の社長は、年頭の挨拶で「人間の3分の1の寿命しかないトリにちなんで、今年は3倍のスピードで仕事をする」という決意を語ったそうです。情けない話じゃありませんか。ぼくはトリはトリでも、米大陸に棲む美しいハチドリたちのことを思い出すのです。そしてあのクリキンデのこと。

  森が燃えていました。動物たちはみな我先にと逃げ出しますが、クリキンデというハチドリだけは、水場から水を一しずくずつ運んで、燃えさかる火の上に落としてゆきます。それを見て、動物たちは「そんなことをしていったい何になる」と笑いますが、クリキンデはこう答えたそうです。「私は私にできることをしているだけ」

  ナマクラは今年も、「私にできること」を自分なりのペースでやっていきましょう。
FOR LOVE, PEACE AND LIFE.

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