| 今日本中で注目を集めている地域通貨。そのはじめの大きな動きのひとつがあべさんたちのレインボーリング(RR)だった。ぼくがあべさんに会ったのは、まだ彼がタクシー運転手をしながら、あちこちで地域通貨についての講演やセミナーをしている頃。まだ生まれたばかりのナマケモノ倶楽部のセミナーで、「銀行ゲーム」をやってくれた。ゆったりとした物腰で、全身から人の善さを発散しているような彼が、人々を次々に負債や倒産に追い込む過酷なマネーゲームの主役を演じる様は滑稽だった。しかし今思えば、そのミスマッチがかえって、人の善意ではどうにもならないシステムとしてのマネーの恐さを際立たせていた。あべさんと出会うことで、地域通貨が善意のお金であり、分け合い、助け合うことこそが本来の経済なのだと信じられるようになったという人は少なくないはずだ。
とにかくやってみよう
辻(以下T): RRはどんなふうに始まったんですか。
あべ(以下A): いい加減なんですよ。お金の問題や経済の仕組みに問題があるということは前から感じていたけれども、99年にNHKテレビの『エンデの遺言』という番組で、お金の何が問題なのかっていう核心的な部分を教えてもらった。また、自分たちが使っているのと違うお金があることをそこで初めて知ったわけです。で、これは面白い、やらない手はないだろう、やってどうなるかはわからないけど、とりあえずやってみようと始めてしまったのがRRです。
T: とにかくやってみる、というのはすごいことです。今の日本にはそういうエネルギーが足りないんじゃないか。最近若い人と話していてよく聞くのが、「え、いいんですか?」ということば。以前は当たり前だったようなことでも、禁じられているとか、許可なしにはできない、とかと感じている。あまりにも「あれしちゃいけない、これしちゃいけない」と言われて育ってきたんですね。最近、ナマケモノ倶楽部でもやっと「ナマケ」という通貨をつくったわけだけど、「え、いいんですか?」ってよくきかれます。お金なんて特にそう。そんなものつくれるはずないという思いこみが強くある。
A: 私の場合、これはやんなきゃいけないんだって先に思っちゃいましたね。
T: そこまで確信をもてたのは、どうして?
A: 私、以前カウンセリングのような仕事をしていて、いろんな人の相談を受けていたんですが、ある程度共通の悩みというのがあって、それは社会に求められる人間にならなきゃいけないという意識なんです。本当の自分は違うんだけれど、人に認められるためには自分を殺して社会に合わせなければならない。それがとても辛いっていうことでした。じゃあ人をこんなふうに生きにくくする社会って何なんだろうって、そこではじめて社会に目が向いたんです。そしてそれが、お金の仕組みにすごく影響されているってことが理解できるようになり、この仕組みを変えないとたぶん社会は変わらないんだろうって。じゃあ具体的にどう変えたらいいのかはその時点ではわからない。でも、とりあえず動き出そう、と。
T: やってみてはじめてわかるってこと、たくさんありますよね。
A: そう、私も地域通貨を始めてから、「え、こんなことだったんだ!」って愕然とした覚えがあります。
いろいろあっていいんだ
T: 地域通貨にもいろんなタイプがありますね。
A: ボランティア的サービスだけに使われるものと、市場経済の中でも使われるものと、大きく二つに分かれると思います。またその形態が、紙幣や硬貨のかたちだったり、銀行の通帳のような通帳型だったり、借用証書のようなかたちだったり。利子がつかないもの、価値が減ってしまうマイナス利子のものもある。ナマケモノ倶楽部の場合、2,3年の間にいろんな人が関わって、いろんな地域通貨のことを調べて、自分たちに合うものっていうことで最終的に「ナマケ」という通貨ができたと思うんです。渋谷で使われているアースデイマネーも、日本に合った地域通貨ってどういうものだろうと多くの人がアイディア出し合って、ああいう形になった。いろんな人が関わって、こうしたらいい、ああしたらいいって言いながら、新しい地域通貨をつくっているところがすごく面白い。たぶん日本は世界一の地域通貨のレパートリーをもっている国でしょう。
T: ベルナルド・リエターという人と親しくなりました。地域通貨についての世界的な議論の中で中心的な人物のひとりですね。その彼が日本に非常に注目している。世界一地域通貨の動きが多いのが日本。どうして日本なのか、それを知りたいって。「え、いいんですか?」症候群が広がっている国に、それだけの地域通貨がボコボコと生まれてしまう。これは一体何なんだろうか。リエター氏が言うのは、近代化の中で風化したり、破壊されたりした伝統的な価値の根がまだ残っていて、そこから地域通貨が芽を出したんじゃないかって。そしてそこに日本の未来の大きな可能性を見ている。
A: それはそうだと思います。確かに地域通貨的な仕組みは昔からあった。江戸時代には、金銀という全国通貨があり、各藩に藩札があり、共同体には、「結」とか、「講」などの助け合いのシステムがありました。一方、今の金融システムの原点は大阪の堺にあると言われる。こんなふうに実は日本はいろんなシステムをうまく複合的にとり入れていたんじゃないかな。
T: リエター氏は、経済には大きく分けて、陽の経済と陰の経済があると言う。道教でいう陰と陽ですね。女性原理と男性原理と言ってもいい。これらが補完し合うことによって健全な経済、健全な社会が成り立つという考え方です。一方、南米エクアドルでぼくが注目しているシントラルという地域通貨は、ドルに替わるものとして、もうひとつの経済圏を目指しているように見える。
A: グループによって、コミュニティによって目指すものは違うし、いろんな考え方がある。それでいいと思うんです。将来どうなるかは誰にも予測できない。ただ、行き過ぎのグローバル化の波をもろにかぶっているところは、そこから抜け出さないと生活できない状況になっていて、だから代替的なものを目指すのはもっともだと思う。でも私はリエター氏が提唱している陰陽、つまり陰の中にも陽があって、陽の中にも陰があるという考え方に惹かれます。最終的にうまくいくとしたら、そういうかたちなんじゃないかなって。
T: リエター氏の言う陰陽の陰っていうのは、ぼくらが言う「スロー」ということと、よく似ています。ぼくは環境問題は文化の問題であり、文化の貧しさを示すものだと思っている。地域通貨というのも、文化とそのスローな価値を再生していく文化運動なんじゃないかな。だからぼくは「スロー・マネー」と呼びたい。つまり、つながりを壊すこれまでのお金に対して、つながりをつくるお金です。地域における人と人とのつながり直し、人と自然とのつながり直し。つながるってことには時間がかかる。手間もかかる。面倒でスローなんです。地域通貨って、けっこう面倒ですよね?
A: すんごい面倒です。
T: ぼくらは今まで経済成長や効率性一辺倒の裏側で、そういう面倒なものをどんどん切り捨ててきたわけです。そもそも人づき合いにはいろんな面倒臭さがつきまとう。つながりを取り戻すってことは、同時にある種の面倒臭さをもう一回引き受け直すってことになりますよね。
陰陽のバランス
T: 地域通貨のこれからについてどう思いますか。
A: 持続可能な社会とは地域循環型社会のことです。なるべく地域内で資源の循環、経済の循環を実現していく必要がある。そこに地域通貨の大きな役割があると思います。
T: 今、注目されている地方自治や地産地消はまだ、地域通貨と別々に動いているけど、いずれそれらが出会うときが来るでしょう。
A: そうですね、たぶんそうなると思います。
T: そうなると、陽の経済を補完するものとして、もうひとつの陰の経済のエネルギーが活性化して、バランスを回復していく。
A: そう、バランスってことがすごく大事だと思います。こっちが正しい、いやあっちがって言ってると、必ず争いになってしまう。そうじゃなく、こっちもあっちも、あっていい。行きたいときにどっちにも行けるっていう方が私は好きなんで、できたらそういうふうになってほしいです。
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