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世話人・辻信一のコラム


2002年春、エクアドル報告

●代替通貨「シントラル」

 旅の一番始めと終わりは、代替通貨「シントラル」の取材でした。シントラルの考案者で、現在のコーディネーターでもあるグループの中心人物らに話を聞いてきました。パオリナ・ペニェレラとその夫パスカル、姉のパトリシア。シントラルの思想的なバックボーンであるスイス系エクアドル人マオリシオ・ヴィルドとその妻レベッカも駆けつけてくれました。彼らの素敵な家は、トゥンバコとよばれる地域、一種のコミューンにあります。オルタナティブな生き方をしている中上流階級の人があつまって住んでいるその一角に、マウリシオ
中心のペスタロッチ・スクールがあります。彼らは18〜19世紀に掛けて教育運動を展開した活動家の流れをくむ人たちなのです。ペスタロッチはノンディレクショナル(子供の自主性を重んじ方向づけをしない)、フリースクール運動の先駆け。話し合いは終始、非常に楽しい雰囲気でなされました。

 まずぼくたちは、日本の我々ナマケモノ倶楽部がどんなふうにシントラルと関わりを持てるか、という話をしました。今までの援助のように、「お金を落としていけばいくほど、上下関係が生じる上に、援助を受けた側は通貨制度のなかにいっそう依存していってしまう。」といやりかたでいいか。そういった矛盾をかかえている援助とチャリティーについてどう思うか。を聞きました。パオリナは「お金を持っている人間がお金を出すのでいいのでは?」と答えました。ぼくは一瞬ぎくっとしましたが、考えてみたら、ぼくはそんなに金をもってなかった。(笑)

 マオリシオはなんとか国を越えて地域通貨の関係を結びたいという僕らの思いをくみ、考えてくれました。ただ、それは物の交換である場合難しいと。なぜならぼくたちは圧倒的格差の世界に生きている。だから、何がフェアなのかは非常に難しい問題となります。例えば、我々がエクアドルでテープレコーダ−1台プレゼントしたことで、その対価として10年に渡ってトウモロコシをもらうなんてことはフェアじゃない。やはり、この場合交換するのはサービスが考えられるいいのではないか、ということでした。例えばナマケモノ会員がエクアドルに来たときに、泊めてもらって食事を頂くなど、何かいい関係を作る方法を一緒に考えていこうという結論に達しました。それなりに大変で、時間がかかることかも知れませんが、シントラルを介したフェアな関係を目指していきたいと思っています。

 また、この会合の後に決めたことですが、彼らシントラルにも9月の「コタカチ・エキスポ・会議2002」に前向きに参加してもらうことにしました。その参加の為に必要な経費として、ナマケモノ倶楽部、世話人の中村さんとぼくで200ドルずつ、計600ドルを寄付してきました。パオリナとパスカルは、最後にぼくに言いました。「私は生まれてこのかた、組織というものに関わったことはないけど、実は初めて入りたくなった組織がある。それはナマケモノ倶楽部なの。」と。

 ぼくはシントラルが、ぼくらがこれまで関わってきたエクアドルの人々との結びつきをつよめてくれるはずだと確信しています。3月10日にコタカチで200人のシントラルによる市場が開かれました。沢山の先住民が近隣の村々から訪れて活発に交換を行ないます。去年来日したベレフのいるエスメラルダスからも来ていました。シントラルのトラックがまえもって高地の物資を運び、海岸地帯まで降りていって交換して来るという仕組みです。

 派手な衣装で目を引いたのが、イバラから来たルミパンバ(通貨名ルミス)という先住民のグループ。一番積極的に取り引きをしていた彼女達から、ぼくはキヌアを買いました。(つぶつぶした食感が特徴のアンデスの雑穀。カフェスローで、キヌア入りのスープが飲めます。)コタカチ地域のコーディネーター、アルベルト・アロティンゴの話に、興味深いものがありました。サンタバルバラ村の27名のグループ、アエジュクナパック(通貨名サラス=とうもろこし)のリーダーである彼は、「前は生活するのに週30ドル必要だったのに、今では10ドルで済むようになったと言ってみんな喜んでいるよ」といいます。僕らは普通、逆に発想します。「今は10ドルですませたのに今は30ドルもつかえる」と。彼らは政治学者ダグラス・ラミスのいう「引き算の進歩」を信じているのです。

 他にも素敵なことが沢山起きています。「前はみんな同じものを作っていた。市が終わる度にそれを反省し、だんだんと違うものを作るようになり、色鮮やかに商品が多様化してきた。」「シントラルを始める前は仲買人にコントロールされていた。商品はバカにされながら買い叩かれるので、生産者は威厳が持ちにくかった。しかし、いまは自分がいいと思って、相手がいいと思えばそれでいい。お互いの直接の関係の中で交換することができる。」この他様々なエピソードがのった、マウリシオのシントラルについてのエッセイ集や、彼の妻レベッカがかいたペスタロチ教育の入門書を頂いてきました。その紹介を今後是非やっていきたいと思ってます。

 一方でシントラルには問題がないわけではありません。資本主義の原点、生産手段としての機械を誰が所有するかの問題です。機械を所有する人の権力の問題から、現在「皆で脱殼機をともに持とう」という運動が生じています。その為にはどうしても資金援助が必要になります。脱穀機の他にも、トラックやガソリンなどの交通手段、諸道具、といった資本の要るものの壁をどうつき破っていくかというのが非常に難しい課題だといいます。

 当初はシントラルと国民通貨スークレの比率が50:50で行なわれる交換でした。しかし、ドル化のお陰でかえって100%シントラルで交換が行なわれるようになったそうです。もちろん比率は自由に設定できます。ペスタロチスクールの学費は130ドルですが、30パーセントはシントラルで払えるようになっています。教員給料も一部シントラルで支給されます。

 ここまで徹底した運動であっても、彼らは宣伝活動をしません。これが運動だとも言わない。無政府主義、自由であることをめざし、「信用」以上の信用はないと断言します。講習も難しい規則もなし。それに、彼らは評論することも嫌います。シントラルのシステムを使って生きているわけではない学者や経済学者に、とやかくいわれたくないそうです。ただ、一つのグループは50人を越えないということを守り、村単位のコミュニティーを背景にしています。「顔の見える関係」を非常に大事にしているといえます。


●コタカチ・エキスポ・会議・2002

 9月にコタカチ郡で開催され、ナマケモノ倶楽部とウィンドファームも参加する、「コタカチ・エキスポ・会議2002」の準備会にも出席しました。すでにナマケモノ倶楽部からは和田彩子さんが事務局スタッフとして現地に滞在しています。「待ち構えていた渦のなかに入っていった。」という印象でした。準備会の構成は、アウキ知事、民衆会議の議長。実質的な議論は、議長のアルカマリ、アンニャ、ソーニャ、アヤ(和田彩子)、カイア(カナダ)、UCODEPからフランチェスコ(イタリア)、フロールマリア・バカ、リオインタグコーヒー生産者組合(AACRI)からフランクリン・バカ、CORECAFからホセ、ラモンなどで行なわれます。とても国際的なメンバーで構成です。ホセが「世界のコーヒー事情をめぐり深まる危機のなかで9月の時期を捉えて、エクアドルから世界に強烈なアピールを」と訴えました。彼はプロジェクターを使って、コーヒーの観点から世界がどうなっているかを見事に捉えた方報告をしました。ネスレを始めとする4つの大会社とIMFの陰謀によって世界のコーヒー生産者が大打撃を受けた。その問題の中で、ではどうしたらいいのかという提案がされ
ました。有機栽培、団結型貿易(Mercado solidario)などです。

 ぼくが強調したことは、「認証制度」についての議論を会議で取り上げるべきだということです。以前から認証制度については第2の植民地主義ではないかという批判がありますが、今回の価格暴落によって、認証制度をめぐる問題は違うレベルの「格差」として浮かび上がってきたのではないかと思っています。

 また、ホセの提案で別にエクアドルで予定されていた第2回アンデスコーヒー生産者会議を、第3回有機コーヒーフェアトレード会議ならびにエキスポといっしょにやることになりました。会議を合同で行なうことで、世界的文脈にすえた確固なアピールをする場になるのではと思っています。ただそのことで、コタカチが没してしまうことは不安です。どうやってお金をもうけるのかという議論に片寄るのではなく、地元コタカチ発信のオルタナティブな生き方、引き算の進歩が上手く発信できるようにということを強調してきました。

 その為には、AACRI、フニン、ナマケモノ倶楽部によるコタカチカフェ、エコツーリズム、カマリのブース参加、タグアの取引先、シントラル、アンニャが前々から一緒に活動してきた女性たちの参加といった要素をうまくもり立てていくことが大事になってきます。


●その他いろいろ

 キトのカマリ(エクアドル環境読本参照)では色々な雑貨を選んで買ってきました。今回はウインドファーム東京支部での買い付けで、それをナマケモノ倶楽部や、カフェスロー、その他に卸していきます。カマリで、去年のフィエスタの際に作ったCD、パチャママを販売してもらえることになりました。カマリでは小生産者の技術訓練のためのグラントをとったそうです。で、13グループにコンピューターとデジカメの操作を教えることになっています。そのカメラを日本で調達して欲しいということで、去年ナマケモノ倶楽部でお手伝いしたのですが、13台の寄付先の対象にAACRIとエコパペルが選ばれました。彼らはカマリと組むことで商品化のアドバイスや新しい販路を得ることができるでしょう。こうして、現地でバラバラに動いている人と人をつなげるのがナマケモノ倶楽部の役割だと思います。

 今回はバイーア・デ・カラケスの会議開催は見送り、コタカチでの「エキスポ・会議2002」に参加してもらえるように話し合ってきました。バイーアではアクトマンがマングローブ植林の儀式を新しい女性の環境大臣とともにしていました。ホテルはカサグランデを中心にフル回転。ファンカにも大きい建物ができていました。そんな中、ニコラはあいもかわらず駆け回っています。環境学校の経営はこのままでは大変。エコパペルもう一歩。エビも価格暴落で、困難な状況だそうです。日本になんとか販路を開拓できないかと思いました。

 残念ながらエスメラルダス州にはいけませんでした。カルロス・ルビオとも電話で話しましたが、コロンビアでの戦争の影響が出ていて、ツーリズムが完全に麻痺している状態です。彼らの地域にも地域通貨シントラルを紹介したいと思っています。昨年10月のフィエスタ・エクアドルで設立されたアナ=リディア基金をベレフのシントラルへの参加のために使うことを考えています。その為に、9月の「コタカチ・エキスポ・会議2002」にエスメラルダス州からベレフを呼びたい。パパ・ロンコンにも電話しましたが元気でした。「状況は悪いんでしょ?」ときいたら、「うん、いいとは言えない。」といっていました。

 キトにポブレ・ディアブロという素敵なジャズバーを見つけたので、そこでパパやアンニャの演奏会できないかと思っています。

 今回はナマケモノ会員の大石君と「スローフードな人生!」の島村奈津さんと一緒に旅をしました。2人とも旅慣れていました。島村さんは好奇心とエネルギーが旺盛で、ジャーナリストとしてさすがでした。新しいことでも持続的に要点を捕まえ核心に迫っていく姿勢に感心しました。

 アンニャからもみんなに宜しくということでした。彼女はお父さんが病気でオーストラリアに帰国しています。看病をしながら、オーストラリアで9月の会議に向けてしっかりとした仕事ができると確信しているそうです。日本にはしばらく来れませんが、日本もまた私から休暇をとった方がいいんじゃないか?と笑っていました。カルロス・ソリ−ジャの所には2泊しました。日本でのみなさんの歓迎に対してとても感謝していました。一回でいいと思っていたが、もう一度来たい。日本に奥深いものを感じたそうです。彼は国際的に活躍をしてますが、最近世界と密接で地元が遠いというふうに感じているそうです。しかし、元気そうでしたよ。
アルカマリ、アウキ夫妻はディナーパーティーに招待してくれました。アルカマリも日本に呼んでくれたことを感謝していました。出国直前に先住民団体パチャクティックがアウキさんをエクアドル大統領候補に推薦したことを発表。その話題が新聞をにぎわせている最中に、ぼくは帰国しました。(辻信一談、記録:藤岡亜美)

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