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小さな種(和田彩子)


コミュニティーに住むということ@

 前回「小さな種」を書いてから、1年経ちました。
その間、いろいろなことがありました。
このコミュニティーに住み始めてから1年8カ月。
コミュニティーに住むということはどういうことなのか、
たくさん感じさせられました。

 私たちがこのコミュニティー、エル・バタンに住み始めてからすぐのことです。
ある日出かけ先から帰ってきたところ、10人くらいの知らない男たちが
私たちの敷地内を測量しているのです。どうしてだろうと思いながら、
近づいて聞いてみると、コミュニティーのために新しい灌漑設備を作るとかで、
その用水路が私たちの敷地を通るので測量しているのだという。

 私は、はぁ?と思いました。それなら私たちがいないときに
やることはない、ましてや黙って入ってやることもないだろうと思いました。
私のパートナーのエクトルも、どうして一言言ってくれないのかと聞いていました。
そう言うと、彼らは「あなたたちのためにもやっている」と言う。
って言われたって、いきなり自分のうちに知らない人がいる、
しかも測量している不快感、不信感というのは消えないものです。
私たちにもあれこれやりたいことがあり、私たちに一言もなく、
灌漑用水路を作ると言われても承諾できません。
そこで言い合いになってしまいました。
最終的には、村の村長さんが間に入ってまとめてくれ、灌漑用水路は
私たちの土地を通るが、私たちが使う予定の場所にはしないということで
落ち着きましたが、後味が悪い思いをしました。

 その後、ある日村の会議に行ったところ、
エクトルはつるしあげと言ってもいい扱いを受けました。
コミュニティーのことを考えない自分勝手な人間、車があるのに
誰も乗せてくれない、コミュニティーの人にあいさつすらしない、
などなどの言葉を投げつけられました。
はっきり言って、子供じみたイジメとも言えるものでした。
会議はほとんど先住民族の言葉のキチュア語で行われるので、
私はほとんど行きません。

 エクトルが帰ってきてから会議の一部始終を聞いてから、
私は頭が爆発しそうになりました。
意味わかんない、こんな村、おん出てやる!!
 
 さらに、その用水路ができた後、もっといやなことが起こったのです。
ある日、私たちの敷地を囲っている有刺鉄線を切ろうとしている人たちが
いるので、見に行ったら、用水路の開会式をやるという。
開会式はけっこうだけれども、どうしてうちの有刺鉄線を切る必要が
あるんだと言ったところ、そこにいた人が「私たちは首都キトからきました。
これはコミュニティーのためのものです。あなたたちはコミュニティーの
利益を考えないのですか」と言う。
っていうか、はぁ?と日本語で言いたくなりました。
エクトルが、「キトから来たのなら、高い教育を受けているのでしょう。

 どうして門から入れないのか」と言うと、私たちがいかにエゴイスト
なことを言っているかまくしたてられ、なおかつコミュニティーの
発展を阻害する者たちということでビデオにまで撮られました。
そばにいるコミュニティーの人たちは何も言わない。

 彼らは結局私たちのところには入らず、迂回して他のところで
開会式をやったらしいのですが、帰りがけに私たちの家の塀の高さまで
ビデオカメラを持ち上げ、私たちの家や私たちを撮影しながら帰って行きました。
私は再び怒り心頭。プライバシーの侵害で訴えてやる!!と私は叫んでいました。
なんてことだ、どうしてこの国のやつらの感覚はこんなに田舎者なんだ、
キトだって?冗談じゃない、そういうこと言ってること自体が田舎者なんだ、
だからなんだっつーんだ、どうしてみんなあんな馬鹿な理屈を黙って
聞いてるんだ、ばかやろう…。

 私の中で、理屈の通らない苛立ちと空恐ろしさのようなもの、
そしてこれからどうやってここで暮らしていけばいいのか、
こんなところに住み始めたのがいけなかったのか、
そもそも農村部に住んだことのない私がコミュニティーに
住もうなどと思ったのが間違いだったのか…
などの混乱が渦を巻きました。
 
 私のパートナーももちろんこのキチュアのコミュニティーの出身です。
彼は怒っていたけれども「大丈夫だよ。普通はあんなじゃない。どこの
コミュニティーだって、いくら親しくても一言言って入るのが礼儀だし、
あっちが間違っているのははっきりしているし、普通にしていれば大丈夫」と
あっけらかんとしていました。

 その後、別に無視されてもいいやと思いながら自分からあいさつしたり、
普通にしていたら、周囲の人も普通になってきたような気がしました。
仕事も頼んだり、ミンガ(結、あるいは協働作業)に参加したり、
採れた野菜をもらったり、あげたり、そして娘のムユがコミュニティーの
子供たちと遊ぶようになって、コミュニケーションが増えてきました。
そうして、ある日村長さんと世間話をしていたとき、私は聞いてみました。
 
 「私たち、特に(外国人である)私が引っ越してきたとき、
あんまりみんな快く思っていなかったみたいですね。」

「ああ、あの時は地主が土地を売り始めたときだったんだ。
コミュニティーの人たちにしか売らないっていうこと
だったんだけど、みんなお金がなくて買えなくてね。
結局地主は約束を破って、外部の人たちの売り始めたんだ。
そこへきたのが君たちだ。
しかも一番いいところだったし、土地の値段もさらに
上がってしまったから、みんな嫉妬と怒りの塊になっていたんだろう。」

「なるほど…。(ため息)」

「でも君たちはミンガにも参加しているし、自分勝手なことを
しているわけでもないし、有機農業など地域の人たちに
貢献しようとしているのがみんな分かり始めてきているから、
大丈夫だろう。」

 つまり、コミュニティーの人たちにとって、私たちよりもっと
目障りな人たちが出てきたのです。
その話に出てきた地主が、見境なく外国人や比較的裕福な
エクアドル人に土地を売り出し始めたのです。
彼らの出現により、まさにこれがグローバリゼーションの文化的
側面だというようなことがたくさん起こり始めたのです。



続く・・・。
 

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