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農業における暴力と非暴力 ヴァンダナ・シヴァ

週刊金曜日・2002年5月24日号「ヴァンダナ・シヴァの眼」より転載。

私たちは科学の暴力と決別しなくてはなりません。科学と技術は私たちの生活を向上させるものとふつうは考えられています。けれども一方で、科学的知識を生産し、普及させ、新技術を開発してきたこれまでの支配的なやり方はますます危険な性格を帯びるようになり、人間やその他の生物の生存を脅かす凶暴な暴力の原因となりつつあるのです。
 
今日の科学には暴力的な隠喩が組み込まれてしまっています。例えば、遺伝子工学に使われる器具が“遺伝子銃”と呼ばれる。殺虫剤や除草剤などの商品名を見てもわかります。植物と虫は包囲殲滅(「ラウンダップ」)すべき敵であり、戦隊(「スカードロン」)をくり出し、隠密作戦(「プロール」)を展開して、復讐(「アヴェンジ」)をとげるべき敵なのです。口蹄疫のような一時的な感染症でさえ、“恐るべき伝染病”、“悪魔”、“連続殺人鬼”、“神出鬼没の食肉ウイルス”などと呼ばれたり。
  
現在支配的な知のシステムにおいて、暴力というものがどこから生まれるかというと、それは「自由で、生命あるものすべて」に対する恐怖から生まれているんです。それは、自然や人に対して人間の思考様式がどのような影響をもたらすかについての無知からも生まれます。そして、自然界に対する別の捉え方がありうるということ、また別の捉え方をする人たちがいるという事実についての無知が、よりいっそう暴力に拍車をかけています。  

イギリスでは、農村地帯に蔓延した治療可能な感染症を根絶させるために、なんと三百万頭以上の動物が、大々的な軍事作戦によって射殺され、焼却されている。この“戦争”もまた、人間の支配や操作の及ばない、自主的で自己組織的なシステムである自然界への恐怖と、また、その自然界への別の関わり方についての無知から生まれたものだといえます。
私の生まれ故郷の村ガルワルでは、口蹄疫は「クルパカ」と呼ばれます。クルパカは、森や農場のさまざまな植物、たとえばボジパトゥラの樹皮をすりつぶしたものや、ソバ粉、桃の若芽などを用いて治療されます。

病気や感染症は人間や動植物の生活の一部です。病気に対する無慈悲な態度は生命に対する不寛容につながる。だからこそ、病気のない世界という“理想郷”を追求するために何百万もの家畜を殺す冷酷さが生まれるんです。その一方で、私たちの最新技術と貿易システムこそが病気を生み出し、それを拡大させてもいます。口蹄疫が急速に広まった背景には、グローバル化の影響があることがわかっています。そして、病気に感染した牛を粉々にして、他の牛の餌にするという“大発明”が狂牛病を引き起こした原因であることもわかっています。草食動物である牛に肉を食べさせる。これは暴力ではないのでしょうか。しかも病に冒された肉を“科学飼料”として与えることは二重の暴力です。そして食物連鎖の果てに、そうした暴力を行使してきた我々人間のからだにも病は引き起こされるのです。

“改良飼料”とか”改良種子”とかは、科学技術の革命といわれてきました。そして今、異種交配{ハイブリッド・F1}種子もまた高い生産高を約束する“技術的大躍進”だとされている。けれども、それは次世代を採種できない一代限りの種子であり、しかも害虫や病気に弱いのが特徴です。グローバル化によって、このハイブリッド種子がインド中に蔓延するにつれ、農家は種子と殺虫剤を買うのに借金を強いられることになりました。ハイブリッド作物のために新たに井戸も掘らなければなりませんでした。またハイブリッドの綿花の種子がインドを席巻したことで、農薬使用量は二十倍にもなり、一、二年のうちに農家は借金地獄に苦しむようになったのです。自分たちを苦しめている借金の元凶に他ならない農薬を飲んで自殺を図るものが後を絶ちません。これが、科学技術の“奇跡”なるものの惨憺たる結果です。ある推定によれば、これまでにインド中で二十万人の農民が自殺したといいます。
このよう大惨事は、しかし、企業にとっては絶好のビジネス・チャンスでしかない。小規模農家の数が減れば減るほど、化学肥料や遺伝子組み換え作物や機械への依存度が高まるからです。
 
環境破壊に乗じてビジネスがいかに農業の支配を成し遂げるかは、カナダの一農夫、パーシー・シュマイザ−の痛ましい体験の例をみればわかるでしょう。シュマイザー氏は五十年以上にもわたって自分で採取し、保存してきた種子を使ってキャノーラ(訳註)を栽培してきましたが、1997年にその地域一帯に導入されたモンサント社のラウンダップ・レディ・キャノーラという遺伝子組み替え種子によって、彼のキャノーラは汚染されてしまったのです。モンサント社はロビンソン調査会社に依頼して、極秘に彼の農地からキャノーラのサンプルを採取させ、そのサンプルを証拠に、遺伝子を盗んだ疑いでシュマイザー氏を訴えたのです。

2001年3月29日、アンドリュ−・マッケイ判事は、遺伝子がどんな経緯でシュマイザー氏の農地に入り込んだかによらず、彼がモンサント社の特許1313830号を侵害したとする判決を下しました。遺伝子汚染によってシュマイザーの農地に現れた花粉や種子をもって、彼は窃盗の罪をきせられたわけです。彼の農地所有の権利は何ら保護を受けず、種子と遺伝子に対するモンサント社の知的所有権は神聖だというのです。 

環境に関する法律や政策には、“汚染者の賠償責任原則”というものがありますが、モンサント社とシュマイザー氏の訴訟におけるマッケイ判決では、裁判所は汚染された側に賠償責任があるという決定を下したのです。こうして、遺伝子組み換え産業は、作物と農場の所有権と管理権を乗っ取るために遺伝子汚染を拡大するという手法を手に入れたわけです。

“予防措置の原則”こそ、生態系保全の中心に位置する考え方です。それは、安全性が確証されるまではいくら注意してもし過ぎることはない、ということです。だからこそ、消費者団体や環境団体や農民協同組合は遺伝子操作の商業化を凍結すべきだと訴えているのです。さらに予防措置の原則によれば、他のより安全な選択肢を探し出して、それを推進することが求められます。けれども、市場に危険性のある未試験の商品を送り出すことに汲々としている遺伝子操作業界は、その市場により安全で良質の商品があろうが、一向にお構いなしです。
 
生物多様性に富んだ大自然の中に、農村の女性たちは何百という植物をビタミンAの源として認知し、何世紀にもわたって徐々に品種改良してきました。現地のことばでダーニア、バトナと呼ばれる植物、英語でフィナグリーク、ドラムスティックと呼ばれるもの、 そしてアマランサス、マンゴー、パパイヤ、カボチャなど。これらはビタミン豊富な植物の例ですが、“黄金の米”なるもの遺伝子操作で作り出し、それをビタミンA欠乏症(VAD)の解決策として売り込もうとしている人たちには、こうした植物は目に入らないようです。想像してみてください。もし、科学者たちが“黄金の米”に費やしているお金を、自然受粉による多様な果物や野菜の種子を農民たちに分配するための資金として使ってくれたとしたらどうだろう。ビタミンA欠乏症や貧血症を回避できるばかりではありません。種の多様性の喪失や、それと密接に関連している旱魃、砂漠化、虫害、病気といった環境問題に対する有効な手だてとなるに違いありません。

シュージェンタ社とモンサント社は今、コメの遺伝子配列の解明と特許取得に躍起になっています。これらの企業はコメとその遺伝子を独占してしまうことを狙っているんです。多様な特性を持った二十万種ものコメが、何千年にもわたってアジアの稲作農民の手で育てられ、徐々に進化してきた事実がまるでなかったとでもいうように。コメを“発明”したなどという企業の主張は、生物多様性と生命の尊厳に対する暴力です。第三世界の農民たちが育んできた知に対する暴力です。
 
これまで見てきた問題はみな、「非暴力{アヒンサー}」や「不殺生」というテーマの核心に触れるものです。科学技術におけるアヒンサーとは何でしょう。そこには、生命の多様性に対する尊敬と保護とがなければなりませんし、また同時に、それぞれの地域に根づいた知のシステムをありのままに認め、尊重することも含まれるはずです。生命多様性を尊重すること。それは、土壌中、水中、そして地上の微生物や動植物のいのちの豊かさを維持し、それらを絶滅に追い込まないような経済のしくみへの移行を意味するでしょう。ハチやチョウやミミズに危害を加えない。それが非暴力の農業です。それは、水やエネルギーを浪費し、高価で有害な農薬をもって生命の豊かさを敵にまわすような工業的単一作物農業の“生産性神話”に騙されはしません。遺伝子操作によって生産性を高めるという考え方は、知性への暴力です。そこでは“負の経済”が成長として描かれ、稀少性をめぐって競い合うのが豊かさだなどと喧伝されています。そして破壊のシステムでしかないものが、創造だといわれているのです。またこれとは別に独占的権利を振りかざして、農民を犯罪者とし、農業を“警察農業化”しようする暴力が進行しています。私たちが今必要としているのは、農業に慈悲と思いやりを取り戻す運動です。種子の存続を歓び、分かち合いを祝う文化運動です。私が「種子の学校(ビージャ・ビディアピート)」を開校した理由はここにあります。私たちはイギリスのシューマッハ−・カレッジと提携して、2001年10月より、「地球市民のための教育」というテーマでさまざまな授業を開始する予定です。
 
 
 ◆ヴァンダナ・シヴァ Vandana Shiva
1952年インド生まれ。82年に設立した科学・技術・自然資源政策研究財団を主宰。チプコ運動など環境保全や女性の人権を守る運動に深くかかわる実践家であり、開発、農業、グローバル化などさまざまな問題で積極的に発言している世界的なオピニオン・リーダーでもある。93年に「ライト・ライブリフッド賞」受賞。著書多数。邦訳書に『生きる歓び』『生物多様性の危機』『緑の革命とその暴力』がある。
http://www.vshiva.net/
 
訳註 略

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