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シゲさんの地球ふらふら旅ある記(金井 重

  世界中を旅する80歳のおばあちゃん、金井 重。たった一人で旅を始めた54歳から、その後、60代、70代とゆっくり世界中を放浪し続け、その数120カ国以上。地元のバスや電車、そして自分の足で旅する風来坊。旅の目的は「ただ、楽しむ」。「人生とは、道草にありと見つけたり」

★重流旅の極意:1.お金をかけずに時間をかける。2.自分の足で歩く。3.相手(その土地)の暮らしを大事にする。

「秋の天河・吉野の旅」 (Shige通信09.10.30より転載)


 ニュースが台風18号の接近を刻々と伝いています。今年の8月は沖縄小浜島に到着したその日、台風8号が追いかけてきて、島の5泊が全部ご一緒ということになってしまいました。

 長い間チャンスを待っていた大峯本宮=天河大弁財天社ですが、ここは出発を1日伸ばすのが無難かな、慎重に翌日の10月9日早朝の東京駅をスタート、京都から近鉄で昼すぎ下市口に着きました。

 快晴です。ここで天川川合バスセンターまでのバスを待ちます。バスは台風あとの山中を約1時間走り川合バスセンターに着きます。

 一緒に下車した4〜5人の人達はそれぞれリュックをかついで、山上ヶ岳を登り大峯山寺を目指す人、みたらい渓谷をハイキング、洞川温泉で入浴しバスで帰る人、この人達は大阪から、日帰りでもこんなコースが、思いがけない発見です。さすが歴史と神秘の大峯と天河です。

 やがて天河代弁財天社(天河神社)を通るバスが到着、バスには客が一人、今日下市口駅で会った女性です。彼女は明日から始まる天河神社のセミナーに参加する1日前の到着、去年も参加しているそうです。

 天河神社は木の香りも高い清楚なお社。境内では宮司さんを先頭に巫女さんも全員で、昨日の台風で折れた枝など始めすみずみまで清掃し、明日のセミナーの準備です。

 彼女の案内でセミナーについてお尋ねしました。今年のテーマは天河に伝わる五十鈴の本義。天宇受売命が岩戸の前で舞を舞った、歓喜の五十鈴の意義と実践です。神話の時代と言われる今日、大いに心が動きます。とりあえず明朝の「伝御組による御朝拝式」に参加させて頂くことにし、夜の天の川温泉まで彼女と同行しました。

  翌朝の御朝拝式を始め、吉野川や旧社など散策、天・地・人を満喫して天河大弁財天社を後にしました。

 天河村と吉野はほんとに近い。昔の人は歩いたでしょう、今でも修験の人は歩いています。霊場吉野と大峯をつなぐ大峯奥駈道は世界遺産なのです。私はバスで、近鉄駅に着いて、電車で終点吉野駅、ここからケーブルカーです。宿までは10分足らずですが、吉野山は車の往来がひっきりなし、日本中どこも車だらけ、いや世界中です。

 この日はまず修験道の総本山金峯山寺に、そして夕方の座禅です。私の前で法蔵さんの足がぴたりと止まりました。合掌して頭を下げます。右肩にぴしゅっと警策が音を発します。次に左肩にぴしゅっ。鈍感にも肩こりもないし、傲慢にも思い煩うことなしと思っていたのですが、一気にもろもろが素っ飛びその軽やかさ、日常の世俗の衣を脱ぎ捨て幼児に帰ったような開放感です。姿勢を正し合掌します。

 翌日の午前中、みんなで西行庵に行くことになりました。車でいけるところまで車にする人がいて、私もそのコースを選び、二台のタクシーに5人で出発しました。山道を通り終点は金峯神社まで。ここから先は歩きです。登り道を出発してひとりがすぐ引き返しました。タクシーで戻る、私に山道は無理という初参加の女医さんでした。

 草木をわけやっとたどりついた西行庵は一面の黄葉の中です。桜の満開の時を想像し、桜の下でわれ死なんという西行さんを偲びました。下りは登りと別コースで金峯神社に着き、広い舗装されたバス通りに出て、やっと歩きの皆さんが前を行くのに追いつき、あんまり元気にすいすい歩いているので、ほんとに西行庵に行ってきたのかと念を押してしまいました。

 このメインロードに出てまたすぐ皆から遅れました。なにしろ降りだけの帰途は楽勝と思っていたのですが、大きくカーブしながらどこまでも続く坂道の彼方に国宝金峯山寺が見えます。この舗装道路があそこまで続くのかと思ったら、これは大事よ。

 運よく一台の車がきます。道路の真中に出て運転台を注目、青年がひとりです。早速手をあげて西行庵の帰りだと告げ乗せて頂きました。せっせと熱心に歩いている皆さんに追いつき追いこし、助手台からにこやかに手をふります。みんなはあれがしげ流、と呆れ顔、しげ流と言われればさすがに赤面しますが、いつも出たとこ勝負です。
なにはともあれ秋晴れの西行庵の山道コースを、往復できたのはとても幸せでした。

 蔵王堂の脇道から四百余段の石段を降りると脳天神社です。ここの滝業が目的という参加者も大勢います。洋服を脱いで白布一枚で体をつつみ、二人ずつ滝壺の上に立ちます。前の二人が次の人が終わるまで般若心経を唱えて引き継ぎです。この般若心経に励まされ両肩に受ける冷たい滝水が和らぎ、自らも知っている個所では大声を出しますが、さすがに後半冷たさがじんじんと身にしみた頃ようやく終わりで助かりました。
あがればあの冷たさがほかほかというエナジーとなって体を回ります。

 滝行のあと柳沢阿闍利のゴマ祈祷、夜は宿で阿闍利の御講和を頂きました。千日修行のあと、今年は洞で90日修行をなさった阿闍利は、今の考えを誇らず昂らず自然体でお話する、その内昂なる声にみんなの心が振動しました。特に事前に提出した質問を法蔵さんが読みあげ、阿闍利がひとつひとつ丁寧に答えるこの場の空気に共振し、質疑の内容よりなにより阿闍利の人格そのものが、人々の心にしみ透りました。

翌日は蔵王堂で阿闍利の護摩焚と御祓を頂き、心豊かに下山、吉野の山が特別の響きを心に刻みました。

天河・吉野詠
   ここよりは日に三本のバスとなる 天河神社へ 山の気迫る
        山伏の足音をきく参道の くぼみに野菊 お社の秋
   台風に 折れし小枝を踏み分けて ここより 杣道 奥吉野入り
        頬なでて 突き放すごと反り返る 西行庵の すすき道ゆく
   切り株の年輪かこむ 青き苔 あさつゆふくみ 端々とせり
        朝日さし 光背くきやか持国天 読経の鈴と 人ら守りて
   すくと立ち 口元きりりと 役の行者 拝む頭に 神変大菩薩

10月詠
 おや満月 ふらふらと自転車をこぐ 「母なる証明」に心しびれる
        母なる証明=ポン・ジュノ監督の韓国映画の邦名
 今年から渋柿の予約なくなりぬ みんな年だで 柿ばもげぬと
        霜月に すでに売り出す年賀状 返り花さく ひとりぐらしに

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