『弱虫でいいんだよ』おわりに 辻信一

2016年03月07日

辻 信一
『弱虫でいいんだよ』おわりに

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ここまで「弱さ」というテーマにつき合ってきてくれた、ねばり強くて、がまん強いきみのことだから、もうわかってくれているにちがいない。「弱さ」について考えることは、同時に、「強さ」について考えることでもある、と。
こう言ってもいい。「強さ」という言葉が混乱し、衰え、その本来の力を失っている時代だからこそ、一見、その対極にある「弱さ」という言葉について考える必要があるのだ、と。もう一度、「強さ」という言葉に輝きを取り戻すためにも。
その意味で、本書のテーマは「強さ」だったとも言える。

もともと、「強い」とは、何かがよくできること、好ましい状態にあることなどを意味したはずなのに、いつの間にか、その「強さ」という言葉の意味がねじ曲げられてきたらしい。
人間ならではの才能、人間としての良さやすばらしさ、そして、個々の人間が発揮する賢さ、優しさ、気高さ、心の広さ、美しさ、などの資質を表す言葉だったはずの「強さ」。しかし、今ではどうだろう。その言葉が意味できるのは、ほんの狭い範囲に限られてしまっているではないか。
では、そこからはみ出た分はどこへいってしまったのかというと、実は、その多くが「弱さ」の中に一緒くたに詰めこまれていたらしいのだ。その結果、たとえば、同情したり、共感したり、譲ったり、許したり、与えたりすることが、また、優しさ、慎ましさ、謙虚さ、寛容さといった性質が、「弱さ」と見なされ、軽視され、時には蔑視や嘲笑の対象にされることにもなった。なんてもったいないことだろう。
でも、少し見方を変えるだけで、「弱さ」とは、宝物がつまった袋のようなものだということがわかる。その袋の中から、「弱さ」と見なされているいろいろな「もの」や「こと」や「ひと」をとり出して、吟味してみよう、というのが本書だ。

「弱さ」という袋の中に閉じこめられていた多くの宝物の中でも、ひときわ輝いているのが、「愛」だ。一見、「愛」なんてどこにでも溢れているように見えるかもしれない。でも、「弱さ」がそうであるように、実は、「愛」もまた日の当たらない端っこに追いやられ、孤立し、ひそかに傷ついているのが、現代の世界だと、ぼくには思える。
「弱さ」と「愛」というこれらふたつの言葉の近さと親しさ。それもまた本書の大切なテーマだった。
そういえば、こんなお話がある。北米の先住民に伝わる話だというが、本当のところはわからない。

  今から ズーッと昔の地球。そこにはたくさんの生きものが生きていました。
  ある時、空からの声で、地球上のすべての生きものの種(しゅ)が、ひとつずつ呼ばれて集まりました。
  空からの声はこう言いました。
  「ここに集いし生きものたちよ、よく聴いてほしい。今から、地球上で最も弱きものが生まれてくる。その生きものは 自分だけで食べものを得ることができない。
  また、自分だけでは、暑い日ざしや冷たい風から、身を守ることもできない。
  だから、ここに集いし生きものたちよ、どうか、おまえたちの力をかしてやってほしい。もしその生きものが、食べるものに困っていたら、草や実や動物たちよ、
  どうか、自分のからだを与えてやってほしい。もし、その生きものが寒さに震えるときは、動物は毛皮に、植物は布に、樹木は家になってやってほしい」
  そこまで空からの声が話したとき、一羽の鳥がたずねました。
 「その生きものの名は何というのですか」
  空は答えました。
 「その弱き者の名は、“人間”」

ここには、最も弱い存在としての人間が、同時に、大自然の思いやりと愛を最も多く与えられた存在でもあった、ということが語られている。「弱さ」と「愛」はこんなふうに、いつも裏と表の関係で、切り離すことができない。このことを肝に銘じたい。

もうひとつ、思い出すのは、ぼくの好きなヴィム・ヴェンダース監督の映画『ベルリン・天使の詩(うた)』。それは、地上の世界にやってきた天使が、人間の女性に恋をして“堕(だ)天使”となる(つまり、天使であることをあきらめて、人間へと“堕落”する)という物語だ。

なぜ堕天使になるかといえば、人を愛するためには、自分にも身体が必要だから。そのために天使は、時間や空間に制約されず、永遠に生きられる「不老不死」の存在であることをあきらめるのだ。

こうして、身体を得た堕天使は愛する人になった。でも、その瞬間から、病気、老い、死といった、避けることのできない人間的な「弱さ」を抱えこむことにもなった。そうすることなしに愛は不可能だから。逆に、「弱さ」が「愛」を可能にしたのだと言ってもいい。

愛するために人間になる。人間として生まれてくる・・・

きみも、ぼくも、愛するために人間として生まれ変わった堕天使なのかもしれないね。

BC3

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