野草手紙(1)同時代を生きる者として

2011年12月09日

その他

文:小野寺雅之

ファン・デグォン(黄大権 Hwang Dae-Kwon)さん、いよいよ来日されましたね。

実は、彼のことをまったく知らなかった。隣の国とはいえ、同じ世代の人間が、「スパイ容疑」などという前時代の遺物のような罪で拘束され、しかも13年2カ月もの間、牢獄に閉じこめられていた。それを知らずにいたのですから、正直、愕然としました。


ファンさんが逮捕されたのは1985年。その頃の韓国の出来事を思い起こすと、
1979年10月 朴正煕大統領暗殺事件
1979年12月 全斗煥によるクーデターと独裁
1980年 5月 光州事件
1983年10月 ラングーン爆破テロ事件
1987年11月 大韓航空機爆破事件

など、凄惨な事件が相次いだ時代であったことがわかります。

僕らが20代から30代に入る時代のことで、朝鮮半島の成り行きを注視していたはずなのですが、ファンさんたち同世代の韓国の人たちが大規模なスパイ容疑をでっちあげられて過酷な状況に置かれていたことは、まったく伝わってこなかった。

当時の状況を、ファンさんは『野草手紙』の「日本語版によせて」の中でこう記しています。
「1980年、クーデターによって大韓民国大統領の座を手にした全斗煥(チョン・ドゥファン)将軍は、自分を批判するすべての反対勢力を武力で威嚇し、ひざまずかせて鉄拳統治を展開した。しかし、いかに極悪非道な独裁者といえども、自由と正義を渇望する国民の口に、いつまでも猿ぐつわを噛ませておくことはできなかった。1984年後半から、民主主義を求める国民の抵抗は日増しに強くなり、この民主化運動の先鋒として、学生たちが台頭しはじめた。1985年春、総選挙で敗北を喫した与党は少数与党に転落した。同じ年、韓国初の全国的な学生運動組織が結成され、反米・反独裁のスローガンを高らかに掲げるや、全斗煥政権は局面打開のため、国民の恐怖心を煽るべくスパイ事件の捏造に踏みきる。そこへ、不運にも巻き込まれてしまったのが、このわたしであり友人たちであった。わたしたちは、純粋に祖国を憂う気持ちから、民主化運動が進むべき道を模索していたにすぎなかった。しかし、当局は、仲間のひとりが民族的好奇心により敢行した北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)訪問を口実に、大規模なスパイ事件をでっちあげ、大々的な政治攻勢に打って出た。」

そして、ファンさんは「この仲間とつき合いがあった」という理由で連行され、60日間にわたって、ありとあらゆる拷問を受けます。そのあげく、北朝鮮の指令を帯びたスパイとされ、無期懲役を宣告されることになります。

独房に放り込まれた時、ファンさんは、
「自分の人生がこれからどこに向かってゆくのか、皆目見当がつかなかった。まさに「混沌」そのものだった。混乱していたのは頭だけでなく、拷問によって満身創痍となった身体も、手の施しようがない状態だった。」

孤立無援の刑務所の中で、ファンさんの身体は深刻な病に蝕まれていきます。
「このまま、何もせずに死ぬわけにはいかない。わたしは、自然医学を学んで自分の身体は自分で治そうと決めた。ほかに選択肢はなかった。」

「自分自身で病を治すには、身体の自然治癒力を高めなければならない。自然治癒力を高めるためには、生活習慣や生活態度を自然に即したものに変える必要がある。食べ物から着る物、考え方に至るまで、すべてが自然の法則にのっとっていなければならない。そこで、尿療法や自然呼吸法、導引術(呼吸と運動により、体内の気の流れをスムーズにする健康法)、民間療法などを広範に研究した。民間療法においては、多くの野草がさまざまな用途で用いられている。これなら、刑務所のなかでもなんとか実践できる気がした。」

そして、刑務所に生えている草や社会見学の時に採取した草を育てます。
「(野草の)一本一本の成長過程を観察し、対話し、摘んでは食べ、乾かして茶にし、一つ一つスケッチしながら、完全に草と一体化していった。すると、そこから驚くべき世界が開けはじめた。草たちは、人間社会がこの世のすべてと思い込んでいたわたしに、人間社会よりもずっと複雑で神秘に満ちた生命の世界を見せてくれたのだ。」

『野草手紙』には、ファンさんが見た「生命の世界」が穏やかに、時にはユーモアをもって綴られています。

この本はまた、僕たちが今どのような時代に生きているのか、そして、この時代を生きるにはどうあるべきなのかを、あらためて確認することができます。

同時代を生きる者として、この本から触発され、学んだことを、これからいくつかに分けて書き留めてみようと思います。

(追記)
『野草手紙』について書かれた文章としては、宮脇瑞穂さんの「小さな庭」がお勧めです。歌を詠まれている方らしく、細やかに目の行き届いた内容です。http://homepage3.nifty.com/tabine/linkto5.html

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