辻信一より、新年のご挨拶~恐怖から安心へと、アンプラグしよう

2012年01月11日

辻 信一

親愛なるナマケモノ倶楽部のみなさん、新年のスローな時間を楽しまれましたか。
今日はぼくは俳句会にはじめて出席。ぼくが自選の句は「鼻先の 息のつめたさ いのちなり」。

新年にあたり、2003年に出版された『スローライフ100のキーワード』の中にある、「恐怖」「安心」という項目のところを、以下、転載します。原発のことが出てきたりして、現在の状況ともダブります。また、ナマクラの基本スタンスの再確認を迫られるような感じがするのはぼくだけでしょうか? ちょっと長いですが、よければ読んでみてください。 辻信一

恐怖・安心

『ボウリング・フォー・コロンバイン』という記録映画がアカデミー賞をとって、世界中で大きな話題になった。それは銃による殺傷事件の絶えない米国社会における、銃所持をめぐる議論についての映画だ。監督のマイケル・ムーアの主眼はしかし、アメリカがいかに銃の多い危険な場所かを描くことにあるのではない。むしろ、映画のテーマは銃それ自体よりもっと危険なものの存在、恐怖、についてだ。恐怖がいかにアメリカ人の心を強く捕らえて、その思考や行動を左右しているか。その恐怖をうまく使って、いかに国家権力が国民をコントロールしているか、いかに大企業が民衆を消費行動へと駆り立てているか。映画はこれらのことをぼくたちに教えてくれる。

だがもちろんそれをぼくたちは他人事として見るのではない。思えば、ぼくたちの住む社会にもなんと多くの恐怖が満ち満ちていることか。メディアがそれらの恐怖を煽り、一層膨らんだ恐怖の上にメディアは繁栄する。今日この頃はテロ、北朝鮮、電力不足による停電、SARS、金融破綻・・・。

米国の例でいえば、銃の規制に反対する人々は、暴力に対して自衛できないことの危険を説き、恐怖を煽る。その恐怖を越えた向こう側に、きっと平和と安心がある、と。ではどのように越えるか。銃という恐怖に対抗するための銃所持、暴力という恐怖に対抗するための暴力、核兵器という恐怖に対抗するための核兵器。恐怖を、いわばより大きな恐怖によってのり越えることによってだ。恐怖を生み出す力を、より大いなる力によって凌駕する、というわけだ。

しかし、これと似た論理は何も武器や軍事に限らず、「競争」を原理とするぼくたちの競争社会では日常茶飯事として展開している。そもそも競争社会を支えている基本的感情は恐怖である、とさえダグラス・ラミスは言っている。

「暗黙のうちに存在する恐怖です。一生懸命に働き続けなければ貧乏になるかもしれない、ホームレスになるかもしれないという恐怖。あるいは、病気になったら医者に行かねばならないが、でもその支払いができないかもしれないという恐怖です」

こうした恐怖に囚われた大人たちは、子どもたちを競争に駆り立てずにはおかない。落ちこぼれる恐怖を逃げるように、暇を惜しんで塾に通い、受験勉強に励み、習い事をし、スポーツに精を出し、嫌われないように、いじめられないように努める。そこでは「頑張れ」こそが合言葉。「安心」や「自己満足」はタブーだ。安心は油断の元であり、自己満足は自堕落の始まりだから。「今の自分に満足したら終わり」なのであり、「今、ここ」は常にのり越えられるためにだけある。

消費も同様だ。「みんなもっているからブランドのカバンを買わなければならない」、という心理は、取り残される恐怖に基づいている。新しい服を買うときの喜びは、さもなければ古びていく自分への恐怖に支えられている。消費行動は他者との競争であり、「今、ここ」にある自分自身との競争である。

もちろん競争には競争の喜びがあり、楽しさがある。恐怖から逃れるように受験競争に、消費競争にいそしむ我々は、その競争に勝った時の喜びや、競争を終えた時の安心をこそ励みとしているはずだ。しかし、その勝利の喜びは長くは続かないし、安心は束の間だ。競争を支える恐怖が取り除かれたのではない以上、競争は続くしかない。良い高校に合格した君は、その合格へと君を駆り立てた同じ理由で、さらに良い大学に合格するための競争を始めなければならないし、君が買ったばかりの服は、手に入れた途端にすでに古く、不十分なものになったのであって、次の流行に合わせて、君はさらによい服へ、より美しい自分へと向かわなければならないだろう。

ぼくたちはいたるところで恐怖に翻弄されている。ガンに冒される恐怖、交通事故に遭う恐怖、地震に見舞われる恐怖、自分が死んだ時に家族が路頭に迷う恐怖。これらの恐怖を乗り越えるために保険が用意されている。しかし、保険で安心を得るのは難しい。想定された様々な傷害や事故や災害は、それが実際に起こる日まで、常にそれが起こるかもしれないという不安や恐怖は続くわけだし、仮に、ある日それらの災難がすべて身に降りかかり、めでたく保険がすべて下りたとして、そこに安心を見出す人はさらに少ないだろう。保険によって安心を手に入れることの難しさを承知で、人々はそれでもなお、それ以外には恐怖を和らげる方法はないと思い定めたように、「今、ここ」を削り、切り縮めては、「将来」を購い続けているように見える。

原発の損傷隠しが発覚したことをきっかけに、多くの原発が停止した。すると電力会社は夏の大停電なる恐怖をまき散らし、それを停止原発の運転再開や、さらなる原発建設のためのキャンペーンに利用しようとしている。まるで原発の存在そのものが最大の危険であり、不安の源だということには気づかないような顔をして。

テロや「北朝鮮」という恐怖が蔓延している。政府は、日米同盟をさらに軍事的に強化することで乗り越えられると宣伝している。想定された武力行使に対抗する武力を行使しやすくする。そのために有事法制を通して、憲法を骨抜きにする。そもそもどんな軍隊だって「有事」という恐怖を存在理由としている。こちらの恐怖に対してはいつも、相手にとってのさらに大きな恐怖を用意する必要がある。こうした軍拡競争の論理を駆使する者はしかし、いつも、それこそが安心への唯一の道だと、語るだろう。まるで軍隊の存在そのものが、相手国にとってだけでなく自国民にとっての最大の脅威ではないかのように。

恐怖に一度巻き込まれたものの議論は、そもそもどうして自分たちがそういう恐怖に巻き込まれることになったのか、その恐怖の元になった危機に自分たちがどのようにして直面することになったかということについての思索を伴わないことがほとんどだ。「それどころではない」のだ。恐怖はある緊急性や切迫性を備えていればこその恐怖なのだから。ましてや、そういう恐怖に巻き込まれるようになってしまった自分とは一体何か、という思索に向かうことはさらに稀だ。恐怖とは、到底自分のささやかな思いや力などをはるかに超えたものであればこその恐怖なのだろう。恐怖の起源は限りなく曖昧で見えにくい。それは一種の神話なのだ。

どうやらぼくたちのこの現代社会は恐怖の体制であるらしい。そこでは安心をお金で購い、競争で勝ち取らねばならない。それは椅子とりゲームのようなもの。より多く、より早く、といつも前のめりになって、永遠に得ることのできない安心を追いかけまわす。それがファストな社会に生きるぼくたちの姿だ。

そんな社会にあって、ぼくたちのスローダウンとは一体どんなことを意味するだろう。それは恐怖の連鎖から外へ出ること。恐怖の体制から自らをアンプラグすること。恐怖という登りかけた山を下りて、引き返すこと。山の向こう側に安心などありはしないのだから。安心はどこにあるのだろう。よく見れば安心の種はこちら側にいくらだって見出されるのだ。

恐怖の体制はぼくたちに思い込ませようとしてきた。恐怖だけが成長を、進歩を、発展を可能にする、と。しかし、植物の種子をとってみよう。そこには恐怖はない。恐怖なしに成長し、成熟し、穀物や野菜となってぼくたちの命を養う。それはぼくたちにとっての安心の種だ。安心が種の中にあるように、それは農という人間の営みの中にある。漁労や採集という営みの中にある。そして、そうした生業を持続可能なものとして支え続ける地域の生態系の中にある。さらにその生態系と寄り添うように生きる人間たちの地域共同体の中にあり、コモンズの中にあり、そこに育まれ世代から世代へとゆっくり伝えられる暮らしの知恵が在り,技術がある。そして、安心はそれら多くの地域を包み込む地球(ルビ:ガイア)という巨大な命の共同体の中にこそある。

伝統社会の多くは貧しかったかもしれない。しかし安心だけはふんだんにあった。そこでは、文化とは安心のシステムのことだった。近代社会はこうした安心から人々を引き剥がして、自由や物質的な豊かさを追い求めるように仕向け、その先にこそ安心があるかのよう思わせ、駆り立てた。そこで人々は確かに多くの富や価値を得たが、ただひとつどうしても得られぬものがあった。それが安心。

スローライフとはこうした安心を取り戻すことを意味する。岸田衿子の詩にこうある。

「いそがなくてもいいんだよ
種をまく人のあるく速度で
あるいていけばいい」(「南の絵本」より

そう、種が育つ速度を越えたところに、恐怖はあっても、安心などありはしないのだから。

Page Topへ