『しあわせの開発学』あとがき

『幸せの経済学』とスラック 

数年前、スラック・シワラック師のことをぼくに教えてくれたのは、環境運動家として名高いヘレナ・ノーバーグ=ホッジだった。その時、ヘレナは『幸せの経済学』という映画を製作中だった。富の増大を自己目的化学』という映画を製作中だった。

富の増大を自己目的化学』という映画富の増大を自己目的化した従来のグローバル経済が、環境破壊、格差の拡大、暴力の連鎖、社会問題の増大といった深刻な危機を招く一方で、世界のあちこちで、まったく新しい発想のもとに、ローカル経済を創る動きが始まっている。まだ点のようにしか見えないそれらの動きを線としてつなぎ、さらに面として浮かび上がらせるような映画をつくりたいのだ、と来日したヘレナはぼくに熱っぽく語ってくれたものだ。

まだ完成まで2、3年はかかるというその映画の完成まで待ちきれない、と感じたぼくは、映画が扱うことになるだろう数々のエピソードをヘレナから聞かせてもらった。そして、その一部をすでにヘレナと一緒に企画していた本の中に入れさせてもらうことになった。それが、2009年6月、映画の完成に先だって出版された『いよいよローカルの時代――ヘレナさんの「幸せの経済学」』(大月書店)であった。

その中に、スラック・シワラックが登場する(そこでは英語の綴りにしたがって、スーラック・シヴァラクサと表記していた)。その部分を抜き出してみよう。

まずヘレナは、タイで「仏教とエコロジーのムーブメント」を始めた指導的人物としてスラックを紹介している。高齢を感じさせないパワフルな社会活動を展開する彼は、「グローバル経済がいかに破壊的であるかを各地で説いてまわっている」、と。

ヘレナによると、スラックは、社会に公正な経済的発展を求める政治活動を進める一方で、コミュニティがエコロジカルな発展を自力で、草の根からつくりだすことを提唱、実際にその手助けをしてきた。ヘレナが特に高く評価しているのは、社会変革の担い手を育成するための教育プログラムだ。その拠点がバンコック近郊につくられた「ウォンサニット・アシュラム」だ。それは学校であり、精神的な修養の場であり、休息や癒しの場であり、そしてエコロジカルな暮らしのモデルでもある。

ヘレナは言う。「土でつくられた美しい建物」では、コミュニティの若いリーダーたちを育成するためのセミナーが開かれている。タイはもちろん、アジア各地から集まった人々が、「草の根リーダーシップのトレーニングを受けて、自信、自尊心、威厳を回復することを学ぶ」のだ、と。ヘレナはその例として、本書の本文にも出てくるSEM (魂の教育運動)について、「教育の中に伝統的な精神文化を回復させ、それによって消費文化に対抗するためのもの」だと説明している。そこで学んだ人々が、それぞれの地域コミュニティにに戻って、外から押しつけられるグローバル化とは異なる、内発的な地域発展の道筋を模索する。またスラックのもとで働く若いスタッフたちも、遠隔地に出向いてこうしたローカル運動をサポートする。アシュラムをひとつの拠点にして、こうしたよい循環が生み出されている、とヘレナは言う。

ヘレナの話に刺激を受けたぼくは、『いよいよローカルの時代』の出版後間もなくウォンサニット・アシュラムを訪れた。そこで、スラック師にもお会いし、講義を受け、そのお人柄、思想と行動の一端に触れて、感銘を受けた。と同時に、環境運動に関わり、開発という問題についても強い関心を寄せてきたはずのぼく自身が、いまだに欧米的な思想の枠組みにとらわれて、伝統文化の中で育まれた知恵にしっかりと根ざしていないことを痛感させられることにもなった。

この時に買い集めてもち帰ったスラック師の英文著書の中の一冊が、The Wisdom of Sustainability: Buddhist Economics for the 21st Century(Koa Books)であり、本書『しあわせの開発学』はその日本語訳である。二度目に、バンコクでお会いした時には、ぜひこの本を翻訳したいと申し出たぼくに、スラック師は目を細めて喜んでくださった。

原題を直訳すれば、「持続可能性の知恵――21世紀のための仏教経済学」となるわけだが、結局、翻訳版タイトルを『しあわせの開発学――エンゲージド・ブディズム入門』とさせていただくことにした。このタイトルを構成する「しあわせ」「開発」「エンゲージド・ブディズム」という三つの言葉は、本書にとってのキーワードでもある。以下、この三つについて、本文への補足として簡単な説明を添えておきたい。

GNH

先にあげた『いよいよローカルの時代――ヘレナさんの「幸せの経済学」』の中で、ヘレナはこう言っていた。スラックはタイにおけるGNHムーブメントのリーダーでもあり、2006年11月にバンコクで開かれた第3回国際GNH会議で中心的な役割を果たしたのも彼だった、と。

今では国際的に広く知られるようになったGNH(国民総幸福)という言葉は、1970年代にブータンのジグメ・センゲ・ワンチュク国王(当時)による、「GNPよりGNHの方が大事だ」という発言に端を発している。GNHとは、一国の経済的な豊かさを示す指標として使われてきたGNP(国民総生産)をもじったもので、その「H」は「ハピネス=幸せ」の「H」だ。このユーモアあふれるGNHという言葉には、モノやお金の量を最優先の基準にして競争を繰り返す経済優先の社会についての痛烈な批評がこめられていた。

その後GNHはブータンの国是となり、その柱として、生態系の保全、伝統文化や仏教的な精神文化の継承、公正な経済発展、国民本位のよい政治、の4つがあげられた。さらに近年、ブータンは絶対王政から立憲君主制への大転換を成し遂げ、2008年に発効した憲法にさえGNHという言葉が書き込まれるに至った。

GNPが表す経済規模で言えばとるに足らないヒマラヤの小国で生まれ育ったこの言葉は、グローバル経済がつくり出す様々な危機が深刻化する中、次第に世界のあちこちで注目されるようになり、今では世界共通語となりつつある。スラックが率先してタイに招聘したGNH国際会議は、この流れを象徴するものだ。

GNHが、ブータンでは国王に始まる「上から下へ」の運動だったものが、今、タイをはじめ、世界のあちこちで「ボトムアップ」の草の根運動として展開されようとしている。この新しい気運を本書は伝えてくれる。

開発

英文で書かれた原書の中で、スラック師は多くのページを割いて、「デヴェロップメント」について論じている。英語のデヴェロップメントは普通日本語では、「発展(特に経済発展)」、あるいは「開発」と訳される。しかし、著者は本書で、この「デヴェロップメント」という概念そのものに、鋭い批判の目を向けている。そして、この言葉の中に、相対立するふたつの意味を見出す。ひとつは、グローバル化する市場経済における従来の「開発」や「経済発展」という意味のデヴェロップメントであり、もうひとつは、地域の住民による草の根からの社会変革・生活向上・人間性の成長などのプロセスを意味するデヴェロップメントである。

本書では、前者の「開発(かいはつ)」に対して、後者を「開発(かいほつ)」として区別することにした。この開発(かいほつ)という概念はもともと伝統的な仏教思想の中にあったものだそうで、それが近年、タイなどの仏教社会で西洋的な開発概念に替わるものとして意識的に使われるようになったのだという。『仏教・開発{かいほつ}・NGO――タイ開発(かいほつ)僧に学ぶ共生の智慧』(西川潤、野田真里 編、新評論)によると、開発(かいほつ)は仏教用語からの派生概念で、次のように定義すべきものである。

「我々の社会や個人が、その本来のあり方や生き方においてめざめ、自然および他の社会・個人との共生のために、智慧と慈悲をもって人間性を発現していく、物心両面における内発的な変革への実践である」

スラック師もまたこの思想的な系譜に属している。本書の中で彼はこう問いかけている。

人によって、発展や開発という言葉は違う意味で使われます。ぜひ自問してみてください。発展の先にどんな結果を想定しているのか、を。・・・こう、問うてみるべきです。開発や経済発展の成果は、どのように人々の人間性を高め、人間相互の関係を強め、自己についての、そしていのちについての理解を深めることに寄与しうるか、と。

また本書でスラック師は、国際的な融資・援助組織や国内外の大企業が上から押しつけようとする開発や経済発展を「近代化された植民地主義」として批判し、それが地域の自然や社会や人の心にもたらしてきたすさまじい破壊を告発する。その上で、本当の意味での地域の発展を意味する開発(かいほつ)の道筋を示し、それが単に上からの開発(かいはつ)への対抗手段であるだけでなく、文化的・精神的な荒廃から抜け出すための癒しのプロセスでもある、と語っている。

仏教的な考えによれば、開発(かいほつ)とは、まず内面的強さを育てること、次に、他者に対する慈悲と思いやりの心を育てることです。仕事とは、「他人に勝つ」ことではなく、生きるための基本的ニーズを満たすべく、調和の中で、他者と共に働くのを楽しむことです。ダルマ(仏法)が強調するのは、自分自身の発展が、同時に人々を癒し、またそれが社会をよりよいものへと変えていく力にもなる、ということです。

というわけで、本書のタイトル『しあわせの開発学』の「開発」は、実は、「かいほつ」と読んでいただくべきものだ。

なお、「開発」概念をめぐっては、こうした仏教的な観点とはまた違った視角からの、重要な議論がある。例えば、田中優子によれば、江戸時代の開発(かいほつ)という言葉には、「世の中にあるあらゆる動植物の能力を引き出し、人が飢えずに健康に生活できるようにする、という本草学の理念が込められていた」(『未来のための江戸学』、小学館)。また「デヴェロップ」という言葉について、ダグラス・ラミスは、第2次大戦後のアメリカで、本来自動詞だったものが他動詞として政治的に転用された、と論じる(『経済成長がなければ私たちは豊かになれないのだろうか』、平凡社)。この点については『脱「開発」の時代―現代社会を解読するキイワード辞典』(イヴァン・イリッチ他編著、晶文社)を参照していただきたい。

エンゲージド・ブディズム

INEB(エンゲージド・ブディズム国際ネットワーク)の創設者でもあるスラック師は、エンゲージド・ブディズムの指導者として国際的に知られている。その著書である本書の副題を「エンゲージド・ブディズム入門」とした。

そのエンゲージド・ブディズムという言葉は、日本語で、「社会参加する仏教」、「行動する仏教」、「参加し合う仏教」、「闘う仏教」などと訳されてきたが、どれも定訳とは言えない。「社会をつくる仏教」という訳を著書のタイトルとした阿満利麿は、その著書の中で、エンゲージド・ブディズムの名づけ親として知られる、ベトナム人僧侶ティク・ナット・ハン師の思いを代弁するように、こう言っている。

仏教は世界の本質を「苦」と見る。そしてその原因を明らかにし、その原因を克服する方法を提示する。このような道筋をたどることによって「苦」からの解放を実現するのが仏教なのだが、従来の仏教では「苦」の原因はもっぱら個人の内面に巣くう無知や欲望と考えられた。しかし、ベトナムの仏教徒たちは、戦争という現実の苦しみのなかで、「苦」の原因には社会が生み出したものもあるのではないか、と気づきはじめた。そして、「苦」の原因となる社会の矛盾、社会構造の変革に積極的に立ち向かうことになった。(『社会をつくる仏教――エンゲイジド・ブッディズム』)

阿満によれば、社会変革に取り組む仏教徒の動きは、東南アジアから世界へと拡がり、アメリカでは平和運動や環境運動を生み出す要因となっている。阿満はまた、こうした動きが、仏教の伝統の中に深く根ざすものだと指摘している。

「エンゲイジド・ブッディズム」という言葉は新しくとも、その思想や実践は、つまるところ、仏教がそのはじめから目指してきた、「利他」という、わが身をあとにしても、同朋の救済を願う教えに端を発しているとも解釈できる。その意味で、現代日本の状況に即しながら仏教の理想を追っていくと、「エンゲイジド・ブッディズム」という広場に出ることになるであろう。(同上)

阿満の言葉に倣って言えば、スラック師は本書で、現代タイの地域コミュニティ、農村、都市スラムなどの現実に寄り添いながら、仏教の理想を追っていくことで、エンゲージド・ブディズムの広場へと、我々読者を導くのである。

3・11後の糧に

さて、本書が、3月11日の大震災の直後に日本語版として翻訳され、出版されることになったことを銘記したい。何も手につかない日々からようやく抜け出したぼくが最初にやり始めたのは、この本を翻訳する作業だった。「天からのメッセージ」と題された本文第一章の冒頭にはいきなり、シッダールタ王子の出家のきっかけとなる病人、老人、死者、そして放浪する僧侶との出会いのことが書かれている。そして、ブッダは「後になって、あの時目にした4人の姿こそ、天からのメッセージであったと気づくことになるのです」、と。

それ以来、あの震災とそれに続く原発事故が引き起こした惨禍とともに届けられたはずの天からのメッセージとはいったい何だったのか、という問いがぼくのうちに居座ることとなった。

スラック師は数週間後に送ってくれたメールでぼくに、3月11日前後を病床で過ごしていたことに触れて、「どこかで日本とつながっているような気がする」と言った。その時に書き添えてくれた日本へのメッセージを、本書に収録することで、スラック師と日本との「縁」が一層深まったようにぼくには感じられる。

スラック師の日本における最も深い理解者であろう中村尚司さんに寄稿していただけたのもありがたいことだった。ご本人も述べられているように、中村さんはこの文章を、大震災の被災地での忙しい支援活動の合間に書いてくださった。

スラック師をぼくに引き合わせてくれたヘレナ・ノーバーグ・ホッジの映画『幸せの経済学』は、震災後の5月に公開され、人気を博している。それに倣って『しあわせの開発学』と題された本書もまた、ポスト3・11という新しい時代の創り手となる人々によって大いに役立てていただければ幸いだ。

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