イベントレポート

2018年07月12日

レポート:20018/7/6、Bar SLOW~ローカルで紡ぎ出される仕事~

インドブッダガヤの手仕事で作られた洋服を日本で販売しているEthical Fashionブランドnimai-nitai代表の廣中桃子さんと、一緒に働いている夫のカランさんがカフェゆっくり堂に来てくれました。(公式サイトhttp://nimai-nitai.jp/

ブランド名のnimai-nitai(ニマイ-ニタイ)は、ニマイというインドの優しい神様と、その兄のニタイという神様に由来しており、インドと日本が兄弟の様な関係でブランドを創っていこうという事から名付けられたそうです。

今回は起業に至ったきっかけから、現在の心境までを伺いました。

インド最貧困層ブッタガヤの貧困を解決したい
起業に至った最初のきっかけは、高校3年生の時にあったそうです。
政治経済の授業の中で「アフガニスタンの難民問題」を知った時に、自分の事ではあまり頑張れそうにないけど、何か困っている人々の為だったら、とても頑張れる様な気がしたという桃子さん。
その後、フィリピンのスラムを支援している団体でボランティア活動をしていく中で、「本当に人助けをしている人は誰だろう?」と思い、マザーテレサの事を強く意識しだしたと言います。
そしてインドのマザーテレサの施設に行き、自分と同年代の人々の過酷な状況を見て、「なぜ生まれた国が違うだけで、こんなにも境遇が違うのだろうか?」と感じ、「こういう境遇の人達の為に生きていきたい」と強く想ったという。この桃子さんの根底にある想いがnimai-nitaiが生まれるきっかけとなり、「ブッタガヤの女性の仕事を創る」という壮大な夢の下、ブランドが生まれました。

ブランド立ち上げ、そして現地パートナーの裏切り
しかし、必ず実現できると思っていたものの、起業当初は様々な困難があったそうです。
一緒に働いてくれる現地の方々は80人程度とたくさん集まったものの、彼女らには洋裁の技術は全くなく、また言葉が通じず、道具すらも満足にない状況の中で、全てを一から始めていった桃子さん。
それでも苦労して作り上げたタオルやストールは、仕立ては全然駄目だったけど、手紡ぎ手織りの生地は風合いが良く高評価だった為、何とかやりくり出来ていたそうです。
その後、起業支援を獲得して村に長期滞在したり、援助を受けて作業センターを建設したりして、少しづつ前進していった矢先、信頼していた現地パートナーの裏切りが発覚します。そして、このセンターでは働く事ができなくなった為、首都デリーに一旦戻って、自分達の工場を作る事になりました。この時は精神的に非常に辛い時期だったと言います。

再スタート、信頼できるビジネスパートナーとの出会い
また村に戻って、小さな部屋を借りて再スタートした桃子さん。
この時期に夫のカランさんと一緒に働き始めたそうです。
村に入ったきっかけは、足に障害を抱えた仕立屋さんとの出会いでした。
出会った当時の彼は、技術が低く、200円/月程度の稼ぎしかなく、全然やっていけてない状況でしたが、仕事に対する姿勢や人間性が凄く良かった為、依頼する事を決めました。
最初は全然笑ってもくれず、(インドでは当たり前の)チャイの歓迎もなかったそうですが、今では強い信頼関係にあり、一生懸命がんばってくれているそうです。(稼ぎも1万円/月にアップし生活も豊かになったそうです)

現在の想い、起業時からの心境の変化、村人との関係性
最初はインドの人が貧しくて可哀そうだと思っていたので、作られた製品に対して、出来るだけ良い価格で取引していたが、作業者が怠けてしまって、品質が全く上がらなかった。
ただの施しになってしまっている状況だった。
その時にサティクマールさんとの出会いがあり、相談したところ、「君がまだ凄く上から目線で見ているからだ。やるべき事はガンジーに学んで、村で同じ様な生活を送って、全ての行動を村人と一緒にしなさい。」と助言を貰ったそうです。
それから私情は挟まず、完全にビジネスとして割り切るようになったという桃子さん。
夫の協力もあり、村人との距離が徐々に近くなっていった事で、同情する事はなくなり、今では同じ目線で物事を見れる様になってきたと言います。

辻さんとの出会い、そしてブータンへ
ここでカフェゆっくり堂店主の辻さんから、ブータンで実施しているコットン再生プロジェクトの話がありました。
かつてブータンは衣食住全て100%自給で、地産地消でやっていた。
その中でも衣を最も大切にしていて、お金がない人でも凄い服装をしていた。
ところが、今から35~40年前に、インドから安い工業製品が大量に入ってきた為、完全に衣服の製造を止めてしまった。(この現象は日本でも同じこと)。
世界中、食糧の自給率はある程度残るけど、衣服に関しては完全に0%になる。
そこで失われた衣の文化を復活させる為、ブータンでコットンの再生プロジェクトを始めた。
幸運にも種子が見つかり、またノウハウも村の年配者が持っていた為、35~40年ぶりに復活させる事ができた。
そして、このブータンの生地を使用した商品開発を桃子さんに依頼した。
実際に現地にも訪れた桃子さんは、生地を受け取り、試行錯誤の末、ようやくバックを完成させたと言います。

ガンジーの糸紡ぎ運動
観客として来ていた極楽寺のスパイス商アナンさんからも素敵なメッセージを貰いました。
100年前を考えてみて欲しい。
イギリス留学から帰ってきたガンジーは考えた。
「どうやってイギリスはインドを楽々と植民地化できたのか?」
それは決して軍事力ではなく、衣によってだった。
かつてイギリスの貿易は2%に満たなかったが、糸の貿易で拡大していった。
当時インドの人々が着ていたものは、全てイギリスの工業製品だった。
インドではコットンは育てるだけになっていた為、種を外したり、糸を紡ぐ事ができなくなっていた。かつては皆できた事なのに、若い世代は何も分からなくなってしまっていた。
それでガンジーは糸を紡ぐ運動を開始した。
そしてこれがインド独立の最も大きな力になっていった。
そういう意味じゃ、桃子さんが今やっている事や、ブータンのコットン再生プロジェクトも、100年前にガンジーがやっていた事と同じ事なので、とても素晴らしい事だと思う。

本当の意味でのフェアトレード
イベントの最後に、聞き手のカフェゆっくり堂店主の辻さんより、感想を頂きました。
一番感動的だったのは、ビジネスパートナーである足の悪い仕立屋の表情が変わったこと。
これは決して、お金に余裕が出来たからではなく、生きる意味を取り戻したからではないだろうか?
お金だけのフェアトレードはとても一面的なもの。
最も重要な事はこういった事ではないだろうか。

かつて釈迦が悟りを開いた地ブッダガヤで、今日も手紡ぎ手織りで作られた素敵な洋服が作られてます。

2016年08月05日

レポート:7/7、七夕の夜に平和を願う アンニャ・ライト トーク&ライブ

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(撮影:パルシステム東京)

ナマケモノ倶楽部共同代表のアンニャが、家族でのスローでシンプルでスモールな暮らしを生きるツアー、Slow Safariツアーのファイナルイベントが、パルシステム東京本部にて行われました。

>>イベント詳細はこちら。
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2016年06月02日

【レポート】5/8、セヴァン・スズキのBe the Changeツアー2016 @東京

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東京を皮切りに、京都、岡山、福岡、北九州と5か所でのトークイベントに参加した、世界を代表する環境文化活動家、セヴァン・カリス=スズキさん。「Be the Changeツアー2016~ミライノセンタク」と題された今回のツアーのキックオフに当たるイベントを、東京で担当させていただきました。
>>ツアー公式HP http://www.severn2016.com/
(さらに…)

2015年12月09日

【レポート】エクアドルカフェ Vol. 6

11月11日、渋谷で行われたエクアドルカフェの6回目。参加者の方から感想をいただいたので共有します。

エクアドルカフェVol.6


ナマクラの勉強会に参加してきました。エクアドルの鉱山開発による環境破壊について、というととても遠い話に聞こえるかもしれませんが。私も講演を聞くまでは、何が問題なのか分かっていませんでした。

私たちのこの「豊かで便利な」生活を支えるため、遠い国々では環境破壊、汚染をしながら鉱物が採掘されています。そこに住む人たちを巻き添えにしながら。

今回の講座の、エクアドルのインタグ地方もその一つです。

現在鉱物の原産地を明らかにしようとする動きがあり、日本の中小企業にも、アメリカ側から鉱物原産地の明記を求められ始めているそうです。

いずれ消費者が、悪質な採掘環境下の鉱物を使った製品は買わないという選択が可能となるのかもしれません。

ナマクラでの催しには、誘われて時折参加させていただいていますが、都度新たな視点をもらっています。

今回の講座も、私のこれからを変えるのだろうなあと思っているところです。


 

2015年12月09日

【レポート】グローバルフェスタ2015

10月3、4日にお台場で行われたグローバルフェスタ。ブースのお手伝いに来てくださった森岡さんからのレポートです。


今回はじめてグローバルフェスタでがっつりナマケモノブースのお手伝いをさせていただきました。毎年、グローバルフェスタでは、他団体のブースを手伝わせていただくことが多く、ナマケモノ倶楽部のブースではゆっくり腰を落ち着かせてお手伝いをさせていただく機会を作ることがなかなかできませんでした。ケニアから帰国し、丸3年が経ちましたが、帰国後の今の方がケニアに行く前よりもfastなライフスタイルになりつつある自分をもう一度一から見直してみたくなり、都合をつけて参加させていただきました。

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エクアドルの鉱山開発に関しては、これまでメーリングリストなどを通じて知ることができていましたが、日々の忙しい生活の中でその情報を何気なく聞き流していた感は否めません。しかし、今回ブースをお手伝いさせていただくことによって、人に伝えるため、知ってもらうために、自分自身が理解を深めることが必要になりました。そのため、私自身がブースを運営する宇野さんや参加者の方々のお話に、今まで以上に真剣に耳を傾けていたように思います。今後も、このような機会に恵まれたときは、またお手伝いをさせていただきたいと思います。

森岡知宏(Benzo)


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